無血開城
「今日中にけりつけて、明日は戴冠式だよ。準備しておいてね」
夕方になって、しずちゃんが寮の職員に指示する。
今まで何も知らされていなかった。
はて、何がこれから起こるんかいなといった表情で、職員の人達がこちらを見る。
明日の準備があるから、モイラは居残り。
リンちゃんもモイラの遊び相手で御残り。
純正異世界司書団だけで王都へ乗り込む。
「御爺さん、皆に説明しておいてね。行ってまいりまーす」
この期に及んでも、私達から緊張感は感じられないのよ。
秘密裏に動いていたおかげで、王都外壁門の検閲はスルー。
冒険者で通っているから、武器を持っていても問題視されない。
ルシファーとベルゼが、城壁の近くで待機する。
王都内の警備兵が城の中に入れないようにする為だ。
先の魔獣一斉討伐の事が幸いして、騎士団も私達には好意的だ。
異世界博物館の館長が直々、現王に謁見を願っていると伝えてもらい、私とエポナさんも城内へ入る。
城門の中に入ってから、私とエポナさんは城内の警備隊長からお城の前で待つよう指示された。
これは騎士団や城内の警備兵が、現王に近寄れなくするのに都合がいい。
ティンクが姿を消して、各所間の偵察と連絡係になっている。
私達は現場にいなかったから、本当は何があったか分からないけど、しずちゃんの酔っ払い話しによると、城内ではこんな取引があった。
「異世界博物館に寄付された図鑑をかっぱらってくれちゃってるみたいだけど、返す気はないわよね」
「かっぱらったとは人聞きの悪い。髭の魔導士より買い受けたもので御座います」
「いいえ、貴方が魔導士の爺さんに言って盗ませたのは、爺さんの証言から分かってるのよ。爺さんは既に逮捕投獄済みよー」
これって、贔屓目に見ても質の悪い言いがかりなんだけど、実際にモイラ図鑑が見つかったら、どうやっても言い逃れできない。
「買い受けました証文も、こちらには御座います」
「見せてごらんなさいよ」
「これでございます」
証文を差し出して見せようとした途端、しずちゃんが魔法で焼却。
買い受けの証拠は灰となって消えた。
現王にとって、卑怯この上ない悪党はしずちゃんだ。
「どこにその買い受け証文とかいうのがあるのかしら、早く見せてもらいましょうか」
こんな事実が世間に知れたら、私立異世界博物館の信用は地に落ちる。
「なんということを、館長殿とはいえ容赦なりません。この者を捕らえよ、手向かう様なら殺してもかまわん」
王命とあらば従わねばならないのが警備兵の性とは言え、異世界司書でさえこの国を捻り潰せる魔力を有しているのを、警備兵が知らないわけない。
その上に立つ館長の威力は、自ずと想像がつく。
誰もしずちゃんに近づこうとしない。
「まあまあ、落ち着いて。図鑑は返していただきますよ」
図鑑に付けた追跡装置と返却装置を作動させれば、あらまあ不思議な事に、しずちゃんの手元に図鑑が飛んでくる。
「そんな馬鹿な。魔法の通らぬ結界の中にあったはずなのに」
現王が驚く顔を見たくて、魔法を使わずに最先端の科学技術を駆使したと威張っていた。
つまらない所に大金を注ぎ込んだものだ。
「それからー、貴方は窃盗罪で緊急逮捕。大人しく捕まらなきゃこの場で処刑するからね。誰も手出すんじゃないよっ!」
動きを見せた警備兵を一喝。
現王を縛り付けるしずちゃん。
「もう一つ、今回の事件の罰金、有り金全部で勘弁したげるわ。外で待ってる二人に渡しなさい。ほら、早くー。もたもたしてたら、あんた達も逮捕しちゃうよ」
私立異世界博物館には特殊刑務所というのが有って、あちこちの世界で重罪を犯した者を収容しているとの噂が流れている。
獄中はまさに地獄絵図そのもの。
死ぬこともできないまま、永久に閉じ込められる。
というのだが、実際にそんな所はない。
単なる脅しに使われているだけなのに、たいていの人は信じている。
こんな時には逮捕の一言が強く効いてくる。
内部から王都の兵士に命令が出せない状態になってから、しずちゃんがルシファーとベルゼを城内に呼び入れた。
「ハーイ、皆さんよく聞いてね。今からこの国に厳戒令を敷きまーす。発令するのは発足したばかりの臨時政府で、つい今しがた軍の最高責任者に就任したばかりの、ルーキフェル・ディアベル君。彼はちょっと前まで異世界で魔王やっていたから、知ってる人も多いと思うけど、決して逆らわないように。これは貴方たちの命の問題だからね。それから、国内の治安維持を担当するのが、同じく発足したばかりの臨時政府で、警察隊の最高責任者に就任したバアル・ゼブル君。彼も以前は地獄の支配者だったから、知ってる人がいますよね。ちょっとした気まぐれで人を地獄送りにする癖があるから、注意して接するようにね。二人合わせて双頭のサタンて言えば、知らない人はいないかしらー」
周囲に居た文官・軍官・神官が一斉に後退りする。
「皆さんに、とーっても大切な御願いなんだけど、この革命は私とはまったく無関係だからね。たまたま、たまたまよ。私が居合わせて、皆に危険が及ばないようにアドバイスしただけだから。革命の首謀者は、先王の娘であるカイクノロス・モイラとカイクノロス・モノラの姉妹だよ。間違わないようにね。変な噂流したら、ただじゃ済まないわよ」
絶対にしずちゃんがやった革命だって思わない人が、この中に一人でも居るだろうか。
「只今より、この国に厳戒令を発令しまーす」
ルシファーが宣言。
直ちに緊急連絡が国中に発せられた。
「えっと。明日、モイラとモノラの戴冠式やるっす。文官と神官は準備してください。二人の警護には騎士団と城内の警備兵がつくように軍官が指示出して。それと、陸海の兵士を一時的に国の警察組織として編成しなおしまっす。陸軍と海軍の大将には連絡済っす。国内に潜伏している外国からの犯罪者一斉逮捕と、国内犯罪組織一斉壊滅の任務についてもらいますっす」
ベルゼも一国の長だったらしい所を見せてくれる。
「余談だけど、異世界司書団は、暫くこの国の寮に滞在する予定なのよ。この国に諸外国が難癖付けてきたら、相談に行ってみると良いかもよ。内政不干渉の原則があるから、司書団が直接手出しする事はできないけど、アドバイスくらいはしてくれると思うの」
その原則を、ギリギリの所で破りまくったのは誰ですかね。
こんな御無体を、しずちゃんが城内で繰り広げている事など露知らず、騎士団の団長さんと世間話をしている私達の所に、大量の金貨や財宝が運ばれてきた。
私達が驚いたのは当然で、一緒にいた団長が慌てて運んできた警備兵を質問攻めにする。
「私等、全員失業ですかね」
事情を飲み込んで、情けなく聞いてくる団長さん。
「先王の幽霊さんに言っておきますよ。皆さん悪い人じゃないって。その代わり、モイラとモノラの事、しっかり守ってやってくださいよ」
「それはもう、命がけでお守りいたします」
「城内も先王に味方する人達の方が多いようですわね。何かあったら、私立異世界博物館の社員寮に知らせなさい」
エポナさんがにんまりして、団長に名刺を差し出した。
「私達に名刺なんてあったの?」
「徽章を持っているのは奈都姫様だけですので、私達は身分証と名刺を支給されていますの。滅多な事では出しませんけど、今回は特別ですわね」
なんだかなー、私も名刺の交換とかやってみたいんですけど。
欲しいなー。




