モイラ図鑑 盗まれる
夜明け前の薄暗い中、寮の前には大勢の冒険者が集まってきている。
「はーい、それではこれから全国一斉魔獣討伐大会を開始しまーす。五人一組に分かれてから、順番に並んでくださーい」
しずちゃんの指示に従って、冒険者達が一列に並ぶ。
「では、なっちゃん。昨日の打ち合わせどうり行きますわよ」
「はーい」
地図に魔獣の位置が示されると、私が千里眼を使って魔獣をテレビ画面に映し出す。
モイラは、この画像を使って魔獣を結界の中に閉じ込めるのが仕事になっている。
封印が済めば危険度はゼロだ。
どんなボンクラでも見張りくらいはできる。
順番に並んでいる冒険者を一組、閉じ込めた魔獣の所に送って周辺警備。
これを三十回繰り返して終わったら、最初に出た魔獣の所から順番にティンクとモイラが飛んで行く。
ティンクは姿を消していて、冒険者には見えないようにしている。
結界の中にモイラが念獣を放つと同時に、ティンクが針剣を使って魔獣に無数の穴を開ける。
一瞬で体中から血が噴き出して、魔獣は御昇天。
冒険者の目には、いかにも念獣が魔獣を倒したように見える仕組みだ。
精霊界の時と同じで、ルシファーとベルゼが、ティンクの攻撃で血抜き完了状態の魔獣を回収して運んでくる。
この時に、冒険者も一緒に転移させて一件捕獲完了。
運ばれてきた魔獣をエポナさんが解体処理して、しずちゃんが超大型格納庫にぶち込む。
この作業を何度か繰り返し、午前中で討伐は終わりにする段取りになっている。
冒険者達はこの後、広場に集まり飲んで食っての昼食会。
討伐の時の様子を皆で話してもらい、記憶の内容に尾ひれをつけさせるのが目的の飲み会だ。
他所で吹聴する時は、念獣の威力が実際に見た光景より凄まじい物になって街に伝わる。
一時になったら、しずちゃんが王都へ解体済みの魔獣を持って行く事になっている。
退治した数を騎士団が確認して、その場でギルドが全部買い上げる約束だ。
経理担当は、この為だけにやって来たシェルティーさん。
夕方には冒険者へ金の配当を渡し終え、昼から続いた宴会に勢いが付いて、いつも通りのチャンチキドンチャカ。
これを聞きつけて近所の人達まで混じってくる。
二百人からの大夕食会になってしまったど、難なく一日目が終了した。
余裕の休憩を入れているけど、一日で三百五十頭を討伐している。
一頭に一分ちょっとのスピード処理は、誰の目にも神業として映ったはずだ。
恐れ入ったかトリプルSの実力。
およそ千頭の魔獣を三日で退治してしまった。
念獣が出てくる図鑑の噂は尾ひれ背びれがついて膨れ上がり、あっという間に国中へ広がっていった。
一部始終が現王の耳にも入ったはずだ。
魔獣討伐完了の夜。
寮の庭で、今回参加した冒険者達と祝いの宴で盛り上がっている。
「モイラちゃん、念獣図鑑貸してね」
しずちゃんは以前、断りなく図鑑を借りるような話しをしていたが、きちんと御願いして持って行った。
直ぐに戻ってきて、一緒にドンチャカ。
何の為。何処へ持って行ったの?
途中からシェルティーさんが来て、ちょっと遅れてズーボラさんとブツクサさんも駆けつけてきた。
宴も佳境に入り、どの顔も誇らしげだ。
国中にはびこって人々の暮らしを脅かしていた魔獣の、一斉討伐に参加した誇りがある。
たとえ見張りだけでも、報酬は結構な金額になっている。
もっと喜ばしいのは、一人の怪我人も出さずに全ての仕事を終えている。
職員と幽霊も混じっての宴会なのに、ティンクも慣れてきた。
私のそばからは離れないけど、クローゼットに引きこもったしなくなった。
この場の雰囲気も楽しんでいる。
「今、御爺さんが出て行ったねー」
幽霊王が、しずちゃんに耳打ちする。
「ティンクちゃん。御願いがあるんだけど、姿を消して魔導士の髭爺さんをつけて行ってくれる。行先は王城なんだけど、御爺さんに誰かが手出ししそうになったら、消えたままで助けてあげてほしいの。よろしくね」
いつもより、とっても優しく御願いするしずちゃん。
「いいよ」
理由も聞かず二つ返事で引き受けると、ロック鳥の唐揚げを一つ持って飛び出していったティンク。
珍しく、リンちゃんをこの場に残している。
「キュィーン」
「あー寂しいねー、ちょっと待っててね。すぐに帰ってくるから」
しずちゃんらしくない。
リンちゃんをなでなでして宥めている。
今日のしずちゃんは妙に優しいし、たいして御酒を飲んでいない。
程なくして、髭爺さんとティンクが一緒に帰ってきた。
「危ない思いさせちゃってごめんなさいね。暫くは牢部屋に住んで貰う事になるけど、不自由はさせないから我慢してね」
髭爺さんの肩に手を置くしずちゃん。
「なあに、何でも有りませんじゃ。この御恩は一生忘れんです。寮の皆さんがよくしてくれましょうぞ」
投獄すると言われているのに、感謝している風に見える。
どうなってんの。
「御爺さん、皆に説明しておいてね。それから牢部屋に入って」
この後直ぐ、しずちゃんは身支度を整えて何処かへ転移して行った。
「何がどうなってんのよ」
髭爺さん、私達に説明する気が有るのか無いのか、ゆったりビールを飲んでいる。
「ねえ、おじい様、説明して頂けません事」
エポナさんがシェルリル包丁を持って、髭爺さんに問いかける。
「あのね、わしがモイラ様の図鑑をね、現王に売ってきたのよ」
「えー! 何しちゃってくれたんだよ。この爺、ぶち殺す」
悪魔の部分が出てきたベルゼ、槍先を髭爺さんの喉元にピタリ止めて構える。
「ベルゼ待て。何か事情があるんだね、しずちゃんは何処に行ったのかな」
ベルゼを制して、ルシファーが髭爺さんに焼き鳥を勧める。
最近二人してはまっている刑事ドラマの、良い刑事と悪い刑事の真似をしたか。
「そんな事をせんでも、初めから全部お話しいたしますじゃ。ちーっとばかし待ってくださいなー。怖い思いをしてきたばかりなんですから」
「そうなんだよー。御爺さん、現王に殺されそうになったんだよ。あたしが行かなかったら危ない所だったんだからー」
ティンクは、現王の命令で襲い掛かってきた剣士を消えたままで倒して、髭爺さんが魔法でその場から消えたようにしていた。
「その件については私が説明致しましょう」
モイラの父上、前王の幽霊が突然現れた。
「ギャイン、急に出てこないでよー」
ティンクに完全な抗体が出来るまでには、まだ時間がかかりそうだ。
「モイラの図鑑を盗ませたのは、しずちゃんなんです」
妃まで出てきた。
「今頃、しずちゃんは近隣諸国を回って、モイラの図鑑が盗まれたと吹聴していましょう。これから博物館の図書回収の為として、現王と諍い始める予定でして、隣国には一切の手出し無用とする為に、単身で隣国に乗り込み交渉しております」
一歩間違えば永久に結界の中へ監禁されかねないのに、随分と思い切った事をするものだ。
「そんな事なら、初めから私達にも言っておいてくれれば良いのに」
またもや蚊帳の外作戦に利用されて、いささか気分が悪い。




