しずちゃんは、無茶振りと温泉がお好き
「ちょっと熱いみたいですわね。ルシファー様、温泉を一旦小川にしていただけますかー。冷ましてから露天の湯舟に入れるようにしてくださいねー」
「はい、容易いことです」
広い庭のあちこちに散らばっている石や岩が飛んできて、勢いあまる噴泉を囲い込む。
隙間から温泉がワンサカ流れ出てくる。
出た先は石造りの小川にして、適温になった辺りに岩作りの湯舟が出来上がった。
「木がないんすけど、何で建物作りますか」
この前と条件が違うので、ベルゼが困ったちゃんになっている。
「僕が石とか岩を運ぶから、ベルゼは積み上げて脱衣所と塀を作ればいいさ」
ダブル悪魔の共同作業。
瞬く間に立派な温泉施設が完成。
温泉でずぶ濡れになった魔導士の髭爺さんから、満面の笑みが零れ落ちている。
「寮の上から丸見えなんじゃがのー、入浴を見学させてもろてもええんじゃろか」
良い訳ないだろ。
「モイラが目隠し結界を張っておくよ」
感心、感心。
とーっても良い子だこと。
完成した温泉には、職員の人達が喜び勇んで入っている。
しずちゃんは、自分が入りたくて温泉を切望していたのではない。
御希望の温泉が完成したところで、本題である。
「これから先の事って、何ですか!」
皆でしずちゃんに詰め寄る。
「実はね、今回は門外不出指定の本を貸出してこんな事になっちゃったんだけど、他の貸出にも影響が出ちゃうから、今の貸し出し規定を変えるわけにはいかないのよ。だけど、あの現王の事だから、放っておいたら何をするか分からないじゃない。だからね、王様辞めてもらう事にしたの。協力してくれないかな」
王様辞めてもらうって簡単に言うけど、ここは異世界だから私達には手出しできません。
「しずちゃん、私達は内政不干渉の原則に縛られていますの。この世界では、国王の首を挿げ替えられませんわ。御存じでしょ」
私達の中で、しずちゃんに真っ向意見できるのはエポナさんだけだ。
「それは重々承知の上での御願いです。そのために私が来ているのよ。一週間しか居られないけど……」
しずちゃんが遠まわしに、一週間でこの国を乗っ取れと言ったように聞こえた。
きっと、私の空耳だわ。
「一週間では何もできないですよ。現王は隣国の裏社会と表社会の両方と協定を結んでいるから、手出ししたらこの世界全体の問題になってしまいます」
元魔王だっただけの事はある。
ルシファーが世界全体を踏まえた意見を出してきた。
「作戦どうりに事が運べば、隣国の動きは私が抑え込むから、手伝ってー」
どうやって抑え込むのか知らないが、しずちゃんだったら力技を出しかねない。
そうなったら、大量の死傷者が出るのは確実だ。
そんな事態はなんとしても食い止めなければならない。
「力ずくは反則ですよ」
私からは、これが精いっぱいの意見だ。
「その点なら大丈夫。兎に角、立ち話も何だから。串焼き食べながら、ビール飲みながら、温泉に入りながら話そうよ」
どうにかして私達の協力を得ようとしているが、そう簡単に行かない仕事なのは、しずちゃんだって重々承知と言っていた。
「自分も一緒に温泉へ入って会議っすか?」
まだ酒を飲んでもいないのに、ベルゼの顔が赤い。
「お風呂の時は、貴方達いなくていいから」
ベルゼの下心は簡単に却下された。
五件やってみて、図鑑によって召喚された念獣を捕獲するだけならたいした大仕事ではないと分かっていた。
一ヶ月という時間がかかるだけで、忙しい任務でもない。
しかし、今回しずちゃんが追加で持ち込んできた仕事は、どのように繕っても他国の人間が主導する反政府革命でしかない。
それも、一週間の期限付きとあっては、いかに私達がトップクラスの異世界司書団でも、そう容易く熟せるものではない。
寮の職員に聞かれては不味い事柄も、会議の中には多々出てくる。
キャンプ泊と称した屋外会議が、焚火を囲んで始まった。
ベルゼにとってはさぞ喜ばしい事だろう。
「一週間ばかりで、何をどうすれば国王を追い出せるの」
しずちゃん得意の世間話で誤魔化されてしまう前に、ティンクが本題を切り出す。
「そうだよね。まずは、念獣の全てを明日一日で捕獲してほしいの」
御待ち‼
魔素の濃度が関係している。
念獣が出現するのは時間差があるって知ってるのに、無茶言うんだものなー。
「出ていない者は取り押さえようがありませんわよ」
串焼きを出していたエポナさんが、ちょっとだけイラッとしている。
「モイラちゃんはー、自分で作った魔素を結界の中にいっぱい貯められるよね」
しずちゃんが、モイラの頭を撫で撫でして聞く。
「できるよー。何個作ればいいのー」
串焼きに夢中なのに、質問の意味を理解しているのか。
気の抜けた返事をしている。
「この国を百個くらいに分けて、一度に全部作れるかな」
年端もいかないおこちゃまに、超が付く無茶振りだ。
「できるよ」
………。できるのかよ。
「という事で、この国を結界で百に分けて、その中を念獣にとって理想的な魔素で満たせば、召喚された念獣はいっぺんに出現するはずなのよ」
いっぺんに出てこられても、こっちには捕獲する術がない。
「いっぺんに出されても困るっす。念獣をどうやって捕獲すればいいんすか」
「精霊界の魔獣討伐で使った地図で、念獣の位置も確認できるから、出た所からモイラに行ってもらって結界に閉じ込めれば、あとは集めて本に入れて終わりよ」
モイラにこの国を囲む結界と、地域を囲む結界に加えて、念獣を囲う結界、同時に三重の結界を張らせようとしている。
「そんな事したら、モイラちゃんの魔力が持たないんじゃないの」
児童虐待にも思える作戦で、私はどうしても賛成できなかった。
「モイラ、平気だよ。結界なら何重にだってできるもん」
ウルマジオの捕獲で、幾つもの結界を出して成功している。
子供なりに自信が付きまくっている。
危険な兆候だ
でも、本人からこう言われたら、私は引き下がるしかない。
「勿論、緊急事態に備えて、モイラちゃんとエポナさんは同時移動してもらうわ」
医療魔法に長けたエポナさんが一緒なら、少しは危機感が薄れるけど、やはり心配だなー。
残り二十五匹もいるんだから、それを一度に捕獲するだけでも大忙しだよ。
「ということで、明日中にやる事はこれだけだから。温泉に入って、パーとやって休みましようよ」
「温泉っすね。自分も一緒して」
ベルゼが話途中で消えた。
温泉の方から声がする。
「良いっすか。って、ここ何処」
ティンクか、エポナさんか、それともしずちゃんか。
私は奴を飛ばして温泉にぶち込んだりしていません。
この夜、計画の全貌についての説明はなく、質問しても「明日の捕獲が終わってからね」と軽くあしらわれてしまった。
翌朝。
御近所や王都から、私達のお仕事が見られてしまわない様に、郊外にある森の奥で残りの念獣捕獲作戦開始。
モイラが国全体を百ブロックに分ける結界を張る。
同時に、国全体を囲っていた結界を解く。
これで数こそ百だけど、三重ではなく二重の結界で済む。
「モイラが、念獣の大好きな魔素を、いっーぱい食べさせてあげるの」
この国の魔素を念獣に合った魔素に変換すると、モイラの図鑑に出現予告が次々と浮かび上がってきた。




