モイラもトリプルSのギルドカードなの
「ルシファー様、格納庫の中を瞬間冷凍していただけますか」
地竜の肉を冷凍保存するつもりでいる。
「そんな事して、この国の人達ビックリしませんかね」
ルシファーが買い手の事を気にしている。
悪魔らしからぬ素行が目立ってきた。
このまま天使に逆戻りしたりして。
間違ってもそうなってくれるな。
「大丈夫ですわ、通りの屋台でかき氷を売ってましたわ。この手の魔法には慣れていると思いますの」
だてに街を練り歩いていたのでもなさそう。
冷凍が可能なら、魚も新鮮なのが出回っていても良さそうなのに、理解に苦しむ世界だ。
「冷凍の魔法があるのに、どうして魚を氷で保存しないんですか」
「冷凍魔法を使える方が少ないのだそうですわ。素早く運ぶ為には、転移魔法を使える方も一緒にいないとだめだとかで、新鮮な御魚はとても高価な物になってしまいますの。庶民には手の出せない高級食材ですわ」
「エポナさん、この地竜は何時に成ったら解体するのー」
血抜きを終えたティンクが、結界の上に乗っている地龍をつんつんしている。
「運びきれないので、そのままにしておきましょう」
余裕で運べるのに、見張り役に意地悪しているだけなのね。
最後になって結界の上に乗っていた地龍を解体すると、下敷きだった見張りが慌てて逃げ帰った。
これで完全に現王にばれたし、こっちの素性も知られた。
モイラ図鑑の事も報告されている。
これからどうしよう。
先の事をどんなに考えても、成る様にしかならないと決めつける。 地龍が居なくなって楽園化した無人島で、次の予告が出るまで過ごす事にした。
遊びはルシファー島でやっていたのとたいして変わらないけど、この世界の海は海獣が多くて、島の近くでヒョコヒョコ現れてくれる。
これをチャチャっと退治して冷凍保存したり、近くの島から泳いでやってくる魔獣を狩ったり。
ハンターには恵まれた環境だ。
お昼に、地竜のステーキとタコ焼きを頂いている。
クラーケンで作るタコ焼きは、食べ応えがあって柔らかく、本物のタコで作るのより美味しい。
海を眺めていたら、沖合いを一隻の軍艦が通っていく。
甲板では海兵が揃って手を振っている。
手旗信号で「御魚美味しかったです」と送ってきた。
軍港にあった船だ。
モイラが捕獲したばかりのカデリーナペンギンを、図鑑から呼び出す。
「大きくなって、御船の人達に手をふってあげるの」
カデリーナペンギンが巨大化した。
船に向かって広げた羽を振って見せる。
なかなか面白い事をしてくれるお子ちゃまだ。
「早めに帰って地竜を売りにいきましょうよー」
銭儲けの虫がうずいて困ったちゃんになったベルゼ、格納庫の中を覗いて白い息を吐いている。
「冷凍保存したので、慌てて売る必要は有りませんわよ」
エポナさんは、今日得た食材を手放す気がない様子。
借りっぱなしになっている格納庫を、返す気もない。
「何時までも此処に居る訳にはいきませんから、とりあえず一旦寮に戻りましょう」
放っておいたらこの地に永住しかねない。
異世界司書団々長として、御願いしてみる。
「何時でも来られますしね。今日の所は引き揚げましょうか」
快諾してくれたエポナさんに逆らったら、後でどんなに不味い飯を食べさせられるか。
ここは聞き分け良く、素早く帰路についた。
寮に戻ると、いきなりキャンプ広場にしずちゃんがいる。
「おかえりなさーい!」無駄に明るい声。
隣町まで響き渡りそうだ。
キャンプの時に使ったままになっていた石積みかまどで、一人串焼きをやりながら生ビールを飲んでいる。
横に置かれたテーブルには、無限生ビ―ルサーバーが置いてある。
いったい幾つ持ってるんだよ。
それより、何の為に居るんだ。
仕事はどうした。
責任ある立場なんだから、しょっちゅう持ち場を離れて遊び歩いていたらあかんやろ。
「どうしたの仕事放り出して、遊びに来たんじゃないですよね」
「違う、違う。このカードを持ってきてあげたのよ。この前、ティンクがシェルリル鋼を取りに来た時に渡せばよかったんだけどね。ついつい忘れちゃって。わざわざ休日返上で持って来てあげたんだよー」
手には虹色に輝くトリプルSのギルドカード。
モイラの為に用意したものだ。
「はい、モイラのカードだよ」
しずちゃんは、革命後もこの寮にあしげく通っていると髭爺さんが言っていた。
モイラとは顔馴染みだ。
「やったー、モイラもトリプルSのギルドカード。皆と同じになったの。自慢するよ」
トリプルSのギルドカードを、まだ十歳の子供にあげるなんて、そんなに安易に配りまくって良い代物だったのか。
躍起になってレベルアップしているギルドの人達に、とっても申し訳ない気がするのよ。
「この子にはまだ早いのではないでしょうか」
エポナさんが意見とも思える質問をする。
「なんだけど、これから先の事を考えると、この子の素性を現王に知られたくないのよ。だから、モイラは皆と同じ世界の住人、この国で育ったけど、生まれは麒麟界という事にしておいてほしいの。身分証みたいな物よ」
身分証にしては、迫力あり過ぎ。
しずちゃんは、この世界でのトリプルSギルドカードが持つ威力を、全く認識していない。
知らないなら知らないで問題ないし、モイラも喜んでいるから良しとしようか。
しかしながら「これから先の事を考えると」の文言がどうも引っ掛かる。
「しずちゃんは、これからモイラ絡みで何かをやらかそうとしてるのかな。もしそうなら、私達にも事情とか計画の内容とか教えてほしいんですけど」
精霊界の魔獣退治のように、蚊帳の外で踊らされるのは一度だけで沢山だ。
「そうだわよねー。その事もあって来たんだけど、帰ったばかりで疲れてるでしょ。とりあえず温泉に入って、精神を休めて、生ビール飲んで、久しぶりなんだからドンチャンやりましょうよ」
その事もあってのその事がいつの間にかなくなって、ドンチャンだけが残っている。
久しぶりに会うのでもなければ、加護があるからそんなに疲れていない。
一番大事な温泉が、ここにはない。
本当は私達の仲間になって、宴会騒ぎしたいだけなんじゃないかー。
「しずちゃん、とりあえず温泉とおっしゃいますけど、ここに温泉はありません事よ」
私でさえ薄々感づいていた。
当のエポナさんが気づかないはずはない。
「それって、あたし達に温泉掘ってって言ってる? 素直に御願いするなら掘ってあげてもいいよ」
ティンクも気づいた。
「御願いします。エポナ様、ティンク様。寮の庭に温泉掘ってください」
しずちゃんが素直に土下座して頼み込む。
こうまでされると断り切れない二人。
「ルシファーは湯舟作ってね」
「ベルゼ様は脱衣所と塀の担当ですわよ」
ルシファー島の時の分担そのまま、ティンク&エポナの温泉開発が始動した。
大勢のエポナさんが寮の庭に散らばって、温泉の匂い探しを始める。
何事が始まったのかと、寮の窓から庭を眺める職員達。
直ぐに一人のエポナさんが手を上げて、大きくフリフリした。
ティンクが飛んでいき、勢いよく地面にズボッと突っ込む。
あれよあれよと言う間の掘削は、地下から泥が噴き出したかと思ったら、次の瞬間には熱湯が噴き出した。
水蒸気と同時に十数メートルもの湯柱となって、辺り一面に降り注ぐ。
「あっつー」
庭先で、この様子をボーと見ていた髭爺さんにかかって、ピョンピョン飛び跳ねている。




