ザリガタンは豊漁の女神か?
端から端まで三百メートルの巨体。
甲羅の高さは、海面から出ているだけでも二十メートル以上ある。
これを見た軍艦の上は、ちょっとした騒ぎになっている。
出撃の準備で兵隊さんが右往左往。
出現は確認できたし、位置だって監視していれば見逃すことはない。
背中から離れ、上空に集まって緊急会議。
私が議題を出す。
「海軍に余計な事されたくないわよね。会議を始めます」
「議長」
フェンリルが発言の許可を待つ。
「フェンリル君」
「わしが一声発して、静まらせるというのでよかろう」
エポナさんがいち早く気づいて、私達を結界の中に入れた。
「防音結界ですわ。こんなに近くでフェンリル様の大声を聞くとなりますと、音が小さくなって聞こえる程度の軟弱ものですけど」
フェンリルが大きく息を吸う。
「静まれー!」
声の力で海面が持ちあがった。
軍艦の上でバタついていた海兵の動きが止まった。
「人間どもよ、あの海獣はわしらが捕獲する。何もせずに黙って見ておれ」
船の上では両耳を押さえている者もいる。
「・・・・・・・・・・・・・」
フェンリルが外で何か言っているが聞こえない。
エポナさんが結界を切る。
「これで奴らは手出しせんだろう」
たぶんだけど、今の一声で私達が彼らにとって最大の脅威になったかもしれなくてよ。
軍艦は相変らず緊急配備のままだけど、今直ぐ出撃してくる様子はない。
ザリガタンの背中に降りて、遅めの昼食。
風がなくて陽が高い。
気分は夏・夏・夏・夏。
ビーチベットを出して、ビーチパラソルも広げる。
フェンリルとダブル悪魔がヒョイと海に入って、周囲に集まりだした魚を獲っている。
エポナさんが素早くさばくと、焼き網でティンクとリンちゃんがジュウジュウジュウ。
この様子を、戦艦では双眼鏡を使って見ている。
私は千里眼で戦艦を監視中。
戦艦、出て来るなよー。
「生ビールは有るのん」
魔界で飲んだのが美味しかったのね。
ヘルが生ビールを欲しがる。
魔界にもビールはあるが、しずちゃんから貰った無限生ビールサーバーから出されるのは、何時も新鮮出来立てで味は格別と高評価を得ている。
こんな状態で二時間程流され、軍港から一キロの距離まで来てしまった。
潮の流れが変わったのか、ザリガタンは沖に出ていきそうにない。
軍艦の上が忙しくなってきた。
「ようやく海獣が集まりだしたのー」
フェンリルが上空へ移動する。
きっと、これからフェンリルのやろうとしている事を知っているに違いない。
ヘルに生ビールを出しながら聞いてみる。
「何してるんですか?」
兄弟だもの、知っているわよね。
「さあ、わからしまへん」
分からないんかい、困ったものだ。
「そろそろ片付けましょうかね。ザリガタンを捕獲しますわよ」
エポナさんが働きだした。
私の知らないうちに、ヘルも知らないうちに、捕獲作戦が始まっている。
急き立てられて上空へ移動すると、ザリガタンとその周辺の海までそっくり結界の中に閉じ込めるモイラ。
途轍もなく巨大な結界を、エポナさんとティンクとリンちゃんが中空に浮かび上がらせる。
リンちゃん、力づくじゃないみたい?
飛べるようになっていたから、重力系の魔法も使えるようになったのかな。
この結界の下にルシファーとベルゼが、これまた桁違いに大きな網結界を出現させている。
「ザリガタン捕まえた。お家はここだよー。静かな海のお家だよー」
モイラが唱えて結界を解く。
途端に、ザリガタンは広げたモイラ図鑑に取り込まれた。
モイラの結界が壊れると、中に居た海獣と魚が一斉に網結界に落ちる。
待ってましたとばかり、フェンリルが海獣退治始めると、リンちゃんが一頭ずつ海岸へ運ぶ。
リンちゃんだけだと間に合わないみたい。
私とヘルもお手伝い。
運んだ海獣はティンクが何時ものように血抜きして、エポナさんが処理し終えたのから、私が借りっぱなしにしている格納庫へ運び入れる。
網結界の中に残っているのは、魚やイカとかタコなどの魚介類が二トンほど。
これをどうするのか見ていたら、こっちに持ってきた。
エポナさんが分身まで使って下処理を済ませ「海鮮料理は鮮度が命ですわよ」永久保存個にこれでもかというほど詰め込んだ。
それでもまだ半分ばかり残っている。
今度はヘルが、残りを結界に入れてヒョイと持ち上げる。
手の上に結界で乗せているから、持ち上げているように見えるけど、魔法を使わなければ運べる量ではない。
「奈都姫様も一緒にまいりまひょ」
何処へ行くのよと思ったけど、とりあえずあとについていく。
「こらほんの御裾分けどす。みなさんで召し上がっとぉくれやす。中に入るな言われてますさかい、ここで失礼いたします」
軍港の外れまで戦艦の料理長に来てもらい、軍港側に魚の山をホイと投げ入れて結界を解いた。
ビシャー。軍港に魚が散乱する。
「これはご丁寧に、有り難く使わせていただきます」
内心はどうだかな。
「あんな連中にあげる事ないですよ」
親切が過ぎるエポナさんに、ちょっときつく言ってやる。
「あの方達も、国を守れという現王の詭弁に騙され、命を削っている被害者ですわ。労ってあげませんとね」
被害者ですか……。
複雑な心境になってきた。
現王は国外の犯罪組織と組んで 外国人をさらう犯罪組織を支援している。
さらった子供まで兵士や奴隷にして、他国に売りとばしているとの噂もある。
これに飽き足らず、資源や奴隷を得る為、他国に戦争を仕掛けて植民地にしようとしているとの話しも聞いたことがある。
そんな現王に味方している兵士達の殆どか、国を守る為だと洗脳されている。
どうにかしてあげたいのは山々だけど、何もできない自分が情けなくなってくる。
海兵さん達が、こっちに向かって手を振っている。
エポナさんとヘルが投げキスで答える。
今の私達に出来るのは、せいぜいこれくらい。
少しだけ落ち込んだけど、任務完了と大漁で意気揚揚。
気分を切り替え、全員そろって寮に帰った。
ヘルとフェンリルは帰るのを明日の朝に変更した。
魔界の女王が、そんなに不在していていいのかな。
寮の広場に飛び出て、職員の皆さんを集める。
「新鮮な御魚が沢山獲れましたから、祝賀会を兼ねてフェンリルさんとヘルさんの送別会を始めますよー」
ここに来てから、宴会・宴・歓迎会・祝賀会・送別会と、呼び方こそ変わっているが、やっている事は同じ。
飲み会が毎晩だ。
私達には魔力や加護があるから、悪酔いしたりお腹を壊したりしないけど、職員の方々はどうなんだろう。
「御爺さん。皆さん宴会漬けの毎日で飲み疲れとか食べ疲れとかしていませんか?」
「ご心配なく、職員も魔法が使えますじゃ。魔法が使えん者は、他の者に介抱してもらえば、すぐに復活ですわ」
何でもありだね。
送別会の会場は何時ものキャンプ広場。
真ん中の石窯で沢山の魚を焼いて、お刺身も奇麗な船盛になって幾つものテーブルに置かれた。
この世界の人達は船盛を見るのが初めてだ。
豪華な出来栄えを見て、しきりに感心している。
「地球観光した人はいないんですかー。定番料理ですよ」
「前王の影響下にあった者は何時でも警戒されていて、国外に出る事は出来ないんですわ。皆様のような、異世界から来た人との一時は、職員にとって良い気晴らしになっているんですじゃ」
髭爺さんが教えてくれた。




