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精霊界の御宿は【妖精の森】

 精霊界に流れ住んで繁殖していた魔獣は、粗方退治して終わった。

 やり尽くした感じなんだけど、これ以上何やれっての。

 ティンクとエポナさんが言うには、緊急時以外出勤不要とした特例勤務形態の中の一条件として、暫く精霊界に居残るようになっていた。


 エポナさんの指示で、人間界と精霊界を行き来する街道に面した一角に、ルシファーの簡易城を出した。

「ルシファー様の御城は魔界色が強いですから、少しばかりアレンジさせていただきますわね」

 エポナさんが、今にも吹き出しそうな笑顔で「クルクルパッキーン」おふざけ呪文を唱え、道端で拾った小枝を簡易城に向けて振る。

「うぉー!」

 城主ルシファーが両手をあげて驚いた。

 御城入口の扉上には【異世界からの冒険者様・旅行者様用 格安宿泊所 妖精の森】

 看板がぶら下がっている。

 街道に向けて【宿泊料格安 冒険者様には魔獣のお肉を、旅行者様には工芸品を抽選でプレゼント中 ハズレくじはありません】

 立て看板まで出した。

 城の外観は黒一色からシックな天然色調の石造りに変え、内装はシェルティーさんの遊園地にあった御城に似せてある。

 粗野で問題ばかり起こす異世界の俄冒険者になど、絶対使わせたくない出来栄え。


「こんな所で宿屋やるんすか」

 ベルゼよ、お前の疑問は私のハテナマークでもある、よく言った。

「大丈夫だよー。お手伝いのお姉さん達もいるからねー」

 御手伝いとか、そういう意味じゃなくて聞いたと思うんだけど、ティンクの言い方に妙な含みがある。

 なんだかとーっても危険な予感。

 街道とは言っても、精霊は森の中で生活するのが当たり前。

 整備された道は殆ど使わない。

 今はブームになっている魔獣狩りや精霊界観光。

 異世界からの俄冒険者や日帰り観光客が多く行きかっているけど、それ以外は行商人はいないし役人も通らない道だ。

 一時的に毎日人通りはあるものの、それだって魔獣を退治してしまった事実が知れ渡ったら、異世界からの俄冒険者来訪は途絶えてしまう。

 いくら初期投資が零とはいえ、事業計画自体が無茶苦茶・無鉄砲。

 ヘルとフェンリルは、討伐が終わった宴の翌日には魔界へ帰った。

 気兼ねのないメンバーだけど、未経験の私達に宿屋業で出来る事は何もない。

 精々魔法で薪を割る程度だ。


 そうこう考え事をしていると、街道をそれた森の奥から十人ばかり御姉さんがやって来て、ティンクと親しく話しだした。

「随分と集まったねー」

「ええ、面白そうな話だったので、みんな楽しみにやって来ました」

 こう話す御姉さんの代表らしき人は、とっても綺麗な顔立ち。

 ムッチムチは体脂肪22%と見た。

 他の人達も美形揃いなのさ。

 とってもうらやましいわ。

「彼女達に客室係を手伝っていただきますので、奈都姫様の出番はございませんわね」 

「エポナさんの分身は使わないんですか」

 あんなに人を雇っちゃって、絶対にお給料払えないから。

 赤字になったら誰が穴埋めするの。

「絶対に失敗しますよね。大赤字ですよね」

「その点でしたら大丈夫、心配いりませんわ。開業運転資金はシェルティーさんが総て出してくださいますの」

 金余りの道楽か、ドブに銭を捨てるようなもんだ。

 でも、エポナさんの含み笑い、不気味。


 エポナさんの分身は、もっぱら厨房係に専念。

 看板を掲げた時から準備で慌ただしい。

 お手伝いに、ケット・シーという二足歩行の妖精猫まで動員している。

 ティンクも同様で、ロビーに作る土産物屋の準備やら、宿で使う薪作りだ食材の手配だと、あっちこっちビュンビュン飛び回っている。

 お姉さん達は、観光用に見せ場を作る為だとかで、お城の中で本物の薪を暖炉にくべる段取りをしている。

 魔法でやりくりすればいらないのに、薪も本物を使う仕様になっている。

 庭に鉄篭を置いて、夜のかがり火を焚く場所を決めたり、食事オプションでバーベキューの準備もしている。


 燃料の元となる薪はどうするのかと思っていたら、御姉さん達が通って来た森の奥に通じる道から、斧を持ったゴブリン達が大きな枯木を持って来た。

 これを、ドワーフ達が自慢の薪割りでせっせこせっせこ。

 使いやすい大きさに整えると、あっという間に薪の山を作りだした。

 枯木運びが終わると、ゴブリン達は斧で木を切り倒し、近くの森を切り開き始めた。

 これを監督しているのが、木の精霊ドリュアス。

 ドリュアスも、御姉さん達に負けず劣らずの美形だ。

 残った切株を、大きなグラシュティンが伐根して整地する。

 切った木はその場で魔法を使って乾燥させ、ドワーフがログハウスに組み立てていく。

 宿の離れが、わずか一時間で一棟完成した。

 メイド服に着かえた御姉さん達の働きで、昼前には部屋の準備がすっかり整った。

 彼女達、よく見ればエルフの御嬢様。

 綺麗な訳だよ。


 ロビーに、妖精達の土産物売り場も完成。

 ルシファーとベルゼが着慣れないスーツを着て、喫茶コーナーでワインを飲んでいる。

 仕事は、街道を眺めているだけ。

「エポナさーん、あんな怠慢が許されていいんですかー」

「ええ、あの二人は女性の御客さんを引き入れる為の餌ですわ」

 んー、何となく餌に見えてきた。

 昔はサタン、今は餌。

 三時のオープン前から、悪魔兄弟目当ての女性客がロビーに集まりだした。

 今日の宿泊を希望している人達だ。

 ここら当たりというか、精霊界には今まで宿屋がなかった。

 冒険者も観光客も、野宿が基本だった。

 野宿となると色々不便もあるし、一番の問題は危険が伴う。

 様々な理由から、精霊界へ泊りがけで観光に来る女性客は殆どいない。

 前宣伝なしのオープンだし、今から泊まろうとしている女性の観光客は、人間界の宿屋を急遽キャンセルしての宿泊だ。

 二人の悪魔が、大漁旗を振っている。


 三時になると、客室係の御姉さん達が部屋へ案内を始める。

 三十分ばかりでこの仕事は終わった。

 御姉さん達は、メイド服姿のまま通りに出てビラ配り。

 異世界から来た、通りすがりの俄冒険者がターゲットだ。

 美人の集団に囲まれたら、ビラを受け取らない奴はいない。

 鼻の下を伸ばした助兵衛野郎が、次々と城の中に吸い込まれてくる。

 冒険者が簡単に釣れるのには、もう一つ別の理由がある。

 ビラに書かれた【宿泊の冒険者様には、抽選で魔獣のお肉が当たります。はずれくじなし】の一文だ。

 上手く当たれば、危険な魔獣狩りなどしなくても荒稼ぎできる。

 損得勘定と色仕掛けの二本立てー。


「エポナさんが報酬で貰った魔獣肉って、これに使うんですか」

「そうですわよ」

 搬入する時に格納庫の中で分類したから、エポナさんの物になった魔獣肉の量はかなり正確に覚えている。

 狩った魔獣のお肉は、大型の物だけでも一万と二千三百十二頭分あった。

 この中でも小ぶりの魔獣、二千三百十二頭分をエポナさんが受け取っている。

 小型の魔獣は精霊界の食料として見逃したから、あまり多くなかった。

 狩った分は、フェンリルが持って帰ったのと、宿で出す分としてストックしているので一割程度ははけている。

 それでも残りが数百トンあって、その内の二割がエポナさんの物になっている。

 百トンは優に超える量だ。

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