討伐完了……じゃなかったのかよ
準備をしていると、精霊界からの応援が大勢やってきた。
フェンリルとヘルが、魔獣分布地図を持って飛び出していく。
数分でルシファーとベルゼが持っている地図に、魔獣をボッコボコにして退治済印が浮き出てきた。
これを確認した二人が退治済の魔獣を取りに行って、私達の所へ運んでくる。
大きな平箱の中に瀕死の魔獣を置かれると、ティンクが針剣で頸動脈から大腿動脈といった動脈はもとより、体中の血管に超高速で穴を開けていく。
吹き出す血を魔法で固め、格納庫に私が運び入れる。
ティンクの針剣て、こんな風に血抜きする時に使うものだったんだ。
勿論、それだけの為ではないだろうけど……。
そうこうしている間に、分身も含めた大勢のエポナさんが、抜く手も見せぬ勢いで解体していく。
シェルリル包丁までコピーした分身。
どれが本体でどれが分身なんだ。
一人でもクラーケンをあっという間にさばいてしまう。
そんな達人が、わんさかいる。
凄まじい勢いで、肉と素材の山が出来上がってゆく。
担当を分けた時の話では、解体した魔獣は総て格納庫に収めるようになっていたけど、私の作業が少し減った。
後から合流してきた精霊達が、観光土産や工芸品の材料になる皮や角とか骨なんかを、せっせと何処かへ運んでくれている。
それでも格納作業が遅れ気味で、エポナさんが分身を増やして私の援護に回してくれた。
なんと言っても特筆すべきは、フェンリルとヘルの討伐スピードが異常に早い事だ。
精霊界全体に散らばっている大量の魔獣を、数日で片付けてしまうと思える勢いは、初日の夕方まで衰えることなく続いた。
そんなフェンリルとヘル組の速攻にも負けないで、魔獣を運び続けたルシファーとベルゼも、恐ろしいほどの気迫を維持し続けた。
ティンクが「今日はここまでー」と号令するまで、狩りと運搬が行われ、それから十数分後には私の作業も片付いた。
自分でもおったまげーの気力・体力・持久力。
これ、ひょっとして加護のおかげ?
それとも、黄麒麟さんやフェンリルに無尽蔵とまで言わしめた、魔力量の成せる技か。
誰の顔にも疲れた表情は見られない。
血のりべったりの異様な姿を魔法で綺麗に整えたら、待っているのは楽しい夕飯とさっぱりお風呂。
本日の作業が終了するやいなや、今夜の宴会が始まる。
「おっ疲れー」
「カンパーイ」とりあえず生で勢いをつける。
加護の力で疲れはそんなに感じないけど、空腹感だけはしっかりやってくる。
朝食が軽かった上に、昼食抜きの強行軍だった。
夕餉の食が進む進む。
無限生ビールサーバーも稼働しっぱなしだ。
「この近くに温泉があるからね、後でみんなで行こう」
口一杯に大角蛙の足ヒレを頬張ったティンクが、元気に手をあげて告知する。
「うちは遠慮させていただきますわ」
今まで楽しそうにしていたヘルが、俯き加減で申し訳なさそうだ。
「ヘル様、これを入浴前に腐っている下半身に降りかけてくださいな。そうすれば、皆様と一緒のお風呂でも何の遠慮もいりませんですわよ」
エポナさんが、大きな瓶に入った水薬らしきものをヘルに手渡す。
「何でっしゃろか」
ヘルが首を傾け、瓶を目線まで持ち上げる。
中の水薬とにらめっこ。
「魔石と魔獣の血から作った掛け薬ですわ。一時的に腐敗が消えて、綺麗なおみ足になりますの。呪いの魔法も跳ね除ける魔力効果絶大の防腐剤ですから、何度が使っているうちにヘル様のおみ足は綺麗になりしましてよ」
エポナさん、とってもドヤ顔。
「ほんまどすか、なんてすばらしい薬やろ。さっそく使わしていただきますわ」
エポナさんを見ていると凄い事ばかりやってくれる。
この為に魔獣の血を捨てなかったのね。
医療魔法って凄い。
この夜の入浴を切っ掛けに、ヘルはその足を隠さなくなった。
それが良かったのか悪かったのか、双頭のサタン兄弟はヘルの美脚に見とれてうっとりうっかり。
足を見せる前から美形の顔をチラチラ見ていた二人は、夕餉の時にボーとヘルに見とれている時間が長くなった。
驚異的な勢いで討伐し続けたけど、精霊界全体にはびこっていた魔獣の数は底なし。
大凡退治して終えるのに、三週間もかかってしまった。
一部の魔獣は、ゴブリンやグランガチ等の大型精霊に必要な食料になる。
ティンクに聞いて、必要量の魔獣を残しておく。
魔獣がまったくいなくなってしまうのも、精霊界にとっては困った現象なのだ。
これから冒険者が精霊界に入ってきても、高く売れるような大型魔獣は総て狩り終わっている。
これで、魔獣がらみの返り討ち被害はなくなる。
冒険者には、もう獲物が居なくなった事を出来るだけ早く知らせるべきだけど、ティンクには告知の為に何某かの動きをする様子がない。
討伐中にあった事故で、フェンリルがゴブリンから情報を仕入れているときに、知識の浅い冒険者が二人を魔獣と間違えて攻撃してきたことがあった。
精霊界ではよくある事故で、こういった場合、精霊界の決まりとして正当防衛を認めている。
誤認事故防止の為、精霊界で魔獣狩りをする冒険者には、魔獣鑑定眼が必須条件として要求されている。
これを知らない異世界からの冒険者には、魔獣鑑定眼を持たない者も多い。
返り討ちにあってしまう事案が後を絶たない原因だ。
こんな事故防止の為にも、無能な冒険者を早く追い出すべきなのなのに、どうして何もしないのか不思議。
「どうして魔獣が居なくなったって冒険者に教えてあげないの?」
リーダーであるティンクに聞いても「まだやる事があるんだよ」だけで理由は教えてもらえなかった。
討伐完了とした夜、食事の前にエポナさんとティンクが、今回の報酬について話を切り出した。
「わたくしは、魔石と魔獣のお肉を少しだけいただきます」
エポナさんのお目当ては魔石だったか。
「あたしは、もう運んじゃったけど、お土産用の工芸品に使う材料をもらうよ」
ティンクのお目当ては加工品の素材。
だから精霊達が一生懸命運んでいたのね。
「フェンリル様にはお好きな魔獣のお肉を、適当に見繕ってお持ち帰りいただくでよろしかったですか」
「おお、事の起こりは魔界の不手際、わしは元より報酬など期待しておらんかったからな、実に有難い申し出であるぞ」
エポナさんはフェンリルと既に話をつけてあったのか。
「ヘル様には例のお薬を全部お持ち帰りいただきます。で、よろしかったですわよね」
「うちはあないな素晴らしいお薬を、たーくさんいただけて感激どす」ヘルとも交渉済みってか。
なんて素早い動きを見せつけてくれるんだ。
「ベルゼには残りのお肉の売上金半分と、魔獣討伐の褒賞金だよ。ただし、お肉はもう少し待ってから人間界で大安売りのたたき売り。売る時の絶対条件だからね。本当に雀の涙程度だけど、これが精霊界からの褒賞金」
ティンクが革袋に入った褒賞金をベルゼに手渡す。
「いくら入ってるんすか?」
「小シェルリル貨が二枚」
「えー、二枚だけっすかー。本当に雀の涙っすね」
ベルゼよ、二枚だけじゃなくて二枚もだ。
シェルリル貨の価値を知らないのか。
小二枚で一千万円だぞ。
「ルシファー様と奈都姫様の報酬は、総てが解決してからになります。今しばらくお待ちくださいね」
これで話が終わった。
総てが解決してからって、討伐完了で終わりじゃなかったのかよ。




