精霊界の魔獣退治
「楽しそうな企画どすなぁー、うちも御一緒してよろしいやろか」
フェンリルに加え、ヘルまで参加するってか。
精霊界の魔獣を根絶やしにする気満々じゃないか。
「元はと言えば、ハンターの手不足で魔界から魔獣共を精霊界に逃げ込ませてしまったのが事の始まり。ここは一つ協力させてはくれまいか」
フェンリルが何時になく神妙な面持ちで願い出てきた。
魔界の重鎮にここまでされては、無碍に断わる訳にはいかない。
「御助勢賜りたく存じます」
うっわっ! ティンクが使いなれない言葉を使った‥‥‥。
知恵熱出さなきゃいいけど。
この晩、私達は魔獣討伐の準備として、一旦エポナさんの秘密温泉があるキャンプ場へ帰る事にした。
ルシファーとベルゼにとっては、心地よい空間だったろう魔界。
私には地獄とたいして変わらない。
不気味さ満点の空気感。
いくら奇麗な庭やお城でも、魔界の中というだけでとても安眠できそうにないかった。
寝るために帰ったというのが本音だ。
ルシファーとベルゼにも、居心地の良い場所ではなかったらしい。
「帰ってきて正解っすね。感謝はしてるんすけど、あの料理と雰囲気に加えて、魔界の女王ヘル様と上級神だって丸呑みで食っちゃう魔界のローンウルフ・フェンリル様のツーショットですからねー、自分もう緊張しまくりで、ビールもろくに喉を通らなかったっす」
ベルゼが堰切ったように話し出す。
「僕も同感。親切にしてくれるヘル様の笑顔が、かえって不気味で、ひょっとしたら僕はもう既にヘル様によって滅殺されてしまって、ここは夢幻の地獄ではないのかって思った程ですよ」
二人とも、私達と一緒の空間で生活して、エポナさんの美味しい料理を食べている。
もはや、魔界や地獄での生活には戻れない心身状態になってしまったな。
とにもかくにも、精霊界での魔獣討伐中は、ヘルもフェンリルも一緒のパーティー。
変に緊張なんかしていないで、存分に働いてW悪魔の実力を二人に見せつけてもらいたいものだ。
「なっちゃん、温泉に行こう」
今夜はキャンプじゃないから、各自クローゼットに宿泊。
この後の行事で残っているのは、お風呂と睡眠だけだ。
ゆっくり温泉に浸かって英気を養う。
「私も御一緒しますわ」
今日は、エポナさんも仕事がない。
みんなで温泉だー。
悪魔兄弟も着替えを持って、魔界の毒を洗い流すつもりか。
五人で一緒に温泉へ向かう。
「もうすぐ精霊界へ魔獣討伐の遠征ですけど、狩った魔獣は直ぐに血抜きしてくださいね」
道行エポナさんが言い出したのは、魔獣の下処理についての御願いだ。
「全部の血抜きっすか。魔獣をいきなり溶かすとか焼くとかなしで調理っすか」
ベルゼの疑問は最もだ。
血抜きをするには、刀や槍で退治した後でなければ上手くいかない。
焼いたり溶かしたりしてしまうと、体の数か所で一気に血流が途絶えてしまう。
小さな魔獣ならそれでも調理次第で美味しく仕上げられるが、大きな魔獣となると、調理の腕だけでは臭いを消しきれない。
退治した魔獣を食べるにしても売るにしても、血抜きはとっても重要な作業だ。
「抜いた血も使いますので、その場に捨てたりしないでくださいね」
以前、ルシファーの住んでいた世界では、魔界の森で肉以外はその場に捨てて焼いていた。
今度は売る気満々が丸々見え見え作戦でいくようだ。
今更そんなに稼いでどうするつもりだ。
御金は十分持っているのに、そこまで御金に執着する事もないでしょう。
「退治するだけで良いんですよね。食べられるだけお肉を取ったら、後は焼却しちゃっても良いんじゃないんですか」
やっつけっぱなしが一番効率よく思ったので言ってみた。
「観光用の魔獣食肉を人間界に持って行って、私達で大安売りするんだよ」
ティンクまで、そんなに御金要らないでしょう。
「売ったお金は、全部自分達の物でいいんすか」
「はい、私とティンクの分け前はいりませんわ。でも、事後の掛かりがありますので、売上の半分にしてくださいね。それよりもっと良いものを私達はいただきます」
エポナさんには、御金とは別の大それた目的でもあるのか。
牧場に帰った翌々日、何時ものように私の部屋で皆してくつろいでいる。
魔界からヘルとフェンリルの準備が整ったので、すぐに合流したいと連絡が入ってきた。
私達は、異世界博物館や図書室から緊急の呼び出しがあれば、何時でも出発できる心構えが常だ。
魔界には「直ぐに出発できますよ」と返信した。
返信してから五分ほどで、温泉岩の前に魔界の二人が現れた。
フェンリルは相変わらず魔獣の狼だか犬だかの姿のまま。
ヘルはしっかりウエットスーツを着込んでいる。
腐った下半身を隠すのと、返り血を浴びても簡単に洗い流せるようにですと言ってるけど、魔法で返り血は綺麗に消すことが出来る。
私達がお風呂で返り血を落とすのは、戦闘後の緊張感から精神を解きほぐす意味があってやっている。
ヘルがウェットスーツを着ている主な理由は、腐っている自分の足を見られたくないから。
とても可哀想になってくる姿だ。
二人には少しばかりの休憩をさせてあげたかったけど、私の部屋は狭すぎてフェンリルを収容できない。
そのまま、岩の前から精霊界へ飛んだ。
精霊界に着いたは良いが、状況を説明してくれる筈の担当者がどこにも居ない。
「あたしが精霊界の長で、案内役だよーん」
ティンク。ここでも長やってたんかい。
「精霊界の住民は政治に無関心だから、私が長やりますって立候補すれば、それで即決なんだよね。精霊界の長って、とっても御軽い役職なんだよ」
精霊界を創り出した青麒麟の茶飲み友達と言うことで、誰も成り人がなかった長を引き受けたとか。
「魔獣は精霊界のそこら中に散らばっているんだけど、魔法地図に居る場所をリアルタイムで表示していくから、飛んで行って退治してから急いでここへ運んできて、それから血抜きをして解体の順番だよ」
ここではティンクが司令塔だ。
私達は彼女の指示に従って、それぞれの持ち場に就いた。
魔界の女王ヘルは、魔界創造主である黒麒麟の好敵手で、その力量はほぼ互角とされている。
フェンリルとヘルの連合軍を相手にしたら、黒麒麟でも敵わない程の二人に、魔獣の退治を任せる配置だ。
この二人が退治班に抜擢されたのは、魔獣と精霊の見分けを、鑑定眼も使わないで瞬時に出来る特技があるからだ。
退治された魔獣を運ぶのは、ルシファーとベルゼの仕事。
ルシファーの格納スペースは満杯だが、ベルゼのは金貨以外に何も入っていない。
それでも足りないようだったら、ルシファーの簡易城に入れて運ぶ手もある。
この一手、クラーケンを運ぶ時に使って欲しかった。
運ばれてきた魔獣の血抜きをティンクが担当。
その後にエポナさんが素早く解体したら、魔獣の肉や血液・工芸用素材に変身した皮とか角を、一時的に保管する格納庫に私が運び入れる。
この格納庫は、しずちゃんが特別に手配してくれた。
博物館に展示する為に、ジャングル等の自然環境をそっくりそのまま運ぶのに使っている超大容量の優れ物だ。




