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異世界からの俄冒険者は、魔獣の御馳走

 部屋の中には無香料の消臭剤がいっぱい置いてある。

「何時でも腐ってますさかい、気にせんといてなぁー」

 振袖姿で顔立ちは整っている。

 とても綺麗なんだけど、半身腐っているのが彼女のコンプレックスになっている。

 大丈夫なのか。

 なんだったら防腐剤プレゼントしようか。


 ここでヘルから教わったのは、死者を蘇らせる魔術ではなかった。

 地獄で味わう程度の軟弱な苦しみではなくい。

 もっと過激な苦痛を、拷問のように延々と与える続ける為の術式だった。

 身の毛もよだつ【地獄の拷問】という魔術。

「言葉では言い表せへん程の苦痛を自分の身に向けて発し、無限とも思える苦しみの中でも、この者を救いたいとの願いを絶やさなければええだけどす」

 ‥‥‥つまり、地獄の拷問を自分に向けて発した後、その苦しみを耐えぬいてから、救いたい者の為に命の結界を破りなさいと言いたいのね。


 嫌だ‼ 私は絶対に嫌だ。


 でも、ルシファーは違っていた。

「そんな事で死者を蘇らせられるのですか」

 さすがに悪魔。

 地獄での暴れ放題生活が、無駄に長かったのではない。

 君だけに、この魔法の使用を許可しよう。


 使うとなったら死ぬより恐ろしい苦しみが伴うけど、術式を教わるのは本当に簡単だった。

 ヘルの言ったように、苦もなく死者蘇生魔術を会得して宴席に戻った。


 宴席で元気に手を挙げて「ねえ、明日からは精霊界に行ってみない」ティンクは久しぶりに、自分の国に帰ってみたいようだ。

「私は行っても良いわよ。皆はどう」

 ここは、生ビールの提供者である私の一言で決定だろうな。

「自分は行くっす」

「僕も行きます」

 ベルゼは、ここに来る前に「自分ー、明日から魔界のフェンリル様の所に行くんですけど、一緒に行きませんか」と、【から】を付けていた。

 数日は滞在する風にしていたはずだが、気が変わったか?

 まあ、それはそれとして、双頭のサタンは素直で宜しい。


「わしも行くぞ」

 フェンリルは御飯の時だけ一緒で、あとは自由奔放だろ。

 同行しなくても良いでしょ。

 時々うっとうしくなるし、来なくていいから。

「フェンリル様も御一緒ならば安心ですわね」

 エポナさんが余計な事を言い出した。

「そうだね。本当はね、精霊界の魔獣が異常に増えて困っているんだって。討伐に行ってあげようと思ってるんだよ」

 つまり、そのなんだ。

 私達を観光で釣って、異常繁殖した精霊界の魔獣退治に駆り出すつもりだった。

 で、良いのかな?


「精霊界の魔獣となると、魔界からの流れ者となるわねぇ。まんざら関係のあらへん話でもなさそうどすえ。なにがあって魔獣が異常繁殖したんどすか」

 ヘルが不思議そうな表情でティンクに聞く。

「人間界へ観光に来た異世界の人間が、実力もないのに冒険者気取りで精霊界の魔獣退治に行くのが流行っているんだよ。そいつらが、みーんな栄養たっぷりの餌になってるんだ。だから魔獣が増えてるんだって」

 人間食って増えてますって、それは明らかに事件ですよ。

「その冒険者って、どうしてそんなに魔獣退治したがるの?」

 命がかかっているのだ、よほど魅力的な何かが裏で動いているに違いない。

「最近、人間界では魔獣グッズとか食用肉が流行ってるんだって、魔界からの輸入分だけじゃ足りなくなってるんだよ」

「それに加えて、魔界から魔獣を持ち出すには許可証が必要ですし関税もかかりますの。その点、精霊界では一切の手続きがいりませんし、税金も免除されていますわ。観光気分で、未熟な冒険者の方が流れて行ってますの」

 エポナさんも事情を知っていた。

「元々、精霊界は家畜も魔獣も多くは必要としない世界だったのですよ。結界もはってありませんの。ですから、狩られる前に魔界から逃げ出した魔獣が、精霊界に隠れ住むのは昔からよくある事でしたの」

 魔獣ブームが来なければ問題は無かったって所なんだね。


 ティンクが精霊界の事情を話してくれる。

「良質な魔素が豊富だから、逃げ込んだ魔獣の活動は超活発になるんだ。今までだって、異常繁殖する事はあったんだけどね。個体が適当な数で落ち着いていれば、魔獣同士が殺し合いったりして食べちゃうから、あたし達にはあまり関係なかったんだー」

 それが、どうしてこんな騒ぎになったのか、エポナさんが教えてくれた。

「精霊特有の性格とでも言いましょうかね、身の回りで起きている現象に無関心ですので、精霊界では食用にする以外の魔獣は退治しないで野放し状態が続いていましたの。これには限界がありましてね、増え過ぎてしまった魔獣は、精霊達の家や自然を壊したり、精霊に危害を加えたりする事もありますの。こういった面で、精霊界では魔獣の異常繁殖を歓迎していませんのよ」


 歓迎はしていないけど、退治はしない。

 自然がいっぱいだなー。

 ティンクが、今回の問題点を指摘する。

「増え過ぎた魔獣は、人間界の冒険者ギルドや魔界のハンターに手配して、資格のある者が退治してきたんだ。絶対数を調整してきたから、これまでは何の問題もなく魔獣を管理できていたんだよ。それがさー、最近になって商業ギルドの宣伝効果がすんごいんだ。観光用に加工した魔獣肉製品がバカ売しちゃって、肉屋の魔獣肉がたりなくなっちゃったんだ。観光土産の魔獣関連グッズも、魔獣肉ブームの波に乗って、バカ売れ状態が続いているんだよ。精霊界は嬉しい悲鳴だけど、どこでも品薄になって来ているのねー」

 ヘルが気付いた事を話し出す。

「となると、人間界で不足がちの魔獣を確保する為には、出入国無検問の精霊界へいきたがるわな」

「そうなんだよ。人間界で魔獣の肉や革なんかをを扱っている商人ギルドの会長と、冒険者ギルドの会長が、他所からいっぱい人を集めてるんだよ」

 ティンクがちょっと怒っている。


 珍しくフェンリルが会話に混じってきた。

「関税がない精霊界からの輸入となると、商人にとってはこの上ない魅力的な取引であろうなー」

「そうですの、好条件に加えて、ハンティング資格の有無が、魔獣狩りの条件にされていませんのよ。通りすがりの異世界冒険者に捕獲を任せられる仕組みですの」

 エポナさんの応えに、フェンリルも憤慨している。

「魔界の検閲を通さず安価で魔獣が手に入るとなると、魔界の魔獣が増え始めているのもうなずけるの。ヘル、どうしたものかのー」

「最近の輸出減少から薄々分かってましたけど、無資格で精霊界の魔獣狩りを取り締まる権限、魔界にはあらしまへんさかい、魔界の狩猟ギルドだけでは人で不足で、どないする事もできしまへん」


 異世界からの冒険者が、精霊界で狩った魔獣の買い付け量は、今や魔界からの輸入量を上回る勢いで伸びているらしい。

「今までより確実に利益多う出る魔獣狩りどすさかい、魔界や精霊界で狩りをしとった有資格の冒険者達も、ギルドから依頼があらへんのに、精霊界へ行って狩りをする様になってきてます」

 ヘルが困ったちゃんになっている。

 ティンクがすかさずフォロー。

「本来なら無資格の魔獣狩りは密漁なんだからさー、長い間の慣習から外れた掟破りだよね。人間界の冒険者ギルドが取り締まらなきゃいけないんだよ。利益を優先した冒険者ギルドの会長が黙認させているから、こんな事になっちゃったんだよ。ヘルのせいじゃないよ」


【魔界の魔獣が増えて、魔界のハンターだけでは狩りきれない。

 増えた魔獣は、精霊界へ逃げ込んで行く。

 魔界は精霊界からの討伐依頼に追いつけなくなる】

 困った悪循環が出来上がっているのが見えてきた。

「御金目当ての俄冒険者も増えていますのよ。狩るはずの魔獣から返り討ちに遭うケースが急増していますわ。異世界からの未熟な俄冒険者達が餌となって、この異常繁殖問題が起きているのですわ」

 エポナさんが言っているのが原因の全てじゃないだろうけど、討伐と称した冒険者ギルドの魔獣狩りに、異世界の俄冒険者を送れば送るほど魔獣が増えていく。

 本末転倒もいいところだ。


「討伐した魔獣は、自分達が全部貰っちゃっていいんすかね」

 普段はお馬鹿キャラのベルゼが、現実的且つ生産性が高いと思われる発言で皆を驚かせた。

「当然だよ。あんまり御金がない世界だからちょっとけど、討伐の褒賞金も出るよ」

 この世界では精霊界の職人達が、異世界から来た観光客相手に土産物の工芸品を作って売っている。

 土産物を作っていない職人達も、人間界に出張して技術指導で結構と稼いでいるのは知られている話だ。

 ティンクは少ない褒賞金と言っているが、ティンク自身が国家予算をいじくれる立場にある精霊だ。

 異世界の精霊界とは、台所事情がかなり違っている。

 桁違いの金持ちが言っているちょっとだ。

 この世界の精霊界から出される賞金なら、かなりの金額が期待できる。


「ルシファー様ー、この先、なっちゃん司書団の給料だけじゃ貯金の食いつぶしっす。ここで一稼ぎしましょうよー」

 ベルゼよ、内緒話のつもりだろうが、念話がスピーカーになっている。

 お前が今思っていた事は、全部ダダ洩れだぞ。

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