喪服のメリーさん
君には無限に広い遊園地が必要なのだよ。
早く気付きたまえ。
広い遊園地を捜すよりも、ずっと君の為になるぞ。
「僕も行けるんですね。その、すんごく芸術的な遊園地に。楽しみだなー」
ルシファーの目が乙女になって、今にも天に昇っていきそう。
行ったらあかん。
あんた、今は悪魔ですから。
「国賓の予定が入ってなくてラッキーでしたね」
私の言葉に、ティンクとエポナさんが笑い出した。
「アハハ! あそこは何時でも予定なしだよー」
「うふふ、そうなのですよ。私立異世界博物館のある麒麟界に国賓として来られる方は、宇宙広しと言えども数える程しかいらっしゃいませんの」
「そんな凄い所っすか。自分、感激っす。嬉しいっす」
無条件に喜んでいるあたり、ベルゼの脳は蠅並みか。
まじ、蠅か。
「僕、魔王やってましたけど、その程度では国賓になれないのでしょうか」
「ルシファー様には申し訳ございませんけど、本来ならば黄麒麟様への拝謁も叶わないレベルですわ。でも、黄麒麟様にとっては数少ない気心知れたお友達ですから、その点では国賓の方々より大切な御仁ですわね」
国賓のレベルって、どうなのよ。
「どんな人が国賓になれるんですか」
「そうですわねー。その世界を統率していらして、尚且つ地域の小宇宙代表として認められている方ですかねー」
そんな奴が居るんかい。
世界征服したくらいじゃ、この世界の国賓として認めてもらえないんかい。
奥行き計り知れず、私立異世界博物館・麒麟界。
「あたし、もう一度温泉に入ってくるー」
随分と飲んでいるだろうに、唐突に温泉を所望するティンク。
ぼやぼやして・のぼせて・溺れて・湯舟に沈んで・ふやけられても困る。
加護があるから間違っても死んじゃったりしないだろうけど、付き添いと言うことで、私も一緒に温泉に入ってやろう。
「ねえ、明日行く遊園地ってどんな感じの所」
私の質問を聞いているのかいないのか、ティンクは相変わらず羽をブンブンピチャピチャやり始めた。
「んとねー、110年前に作られたメリーゴーランドが特に有名だよ。メリーゴーランドじゃなくて【メリーズエルドラド】とか【メリーズユートピア】って呼ばれてるんだけどね。オークションに出た時に、博物館に置く予定で黄麒麟様が入札したんだけど、エポナさんとシェルティーさんも加わってー、シェルティーさんが落札したの。だから遊園地に置いてあるんだよ」
なんて三つ巴なんだ。
いったい幾らで競り落とされたんだか。
どうせ私からしたら天文学的価格だったんだろうな。
バカらしくなるから落札価格は聞くのをやめよう。
「ようするに、一般開放なしになっちゃったのね」
「分かり易く言うとそうなるね。でもその方が良かったのかも。煌びやかな見かけだけど、悲劇的な逸話のある代物だからね」
メリーゴーランドが悲劇的とは、ちょっと気になる。
「そのメリーゴーランドに何があったの?」
「簡単に話すと、地球の日本で第二次世界大戦の後に、子供の頃からとっても苦労してきた娼婦さんと、戦後進駐していた米兵さんが恋仲になってね、いつもあのメリーゴーランドへ一緒に乗ってたの。デートってやつを繰り返して、結婚の約束までしたんだから本物だよね」
おいおい、第二次世界大戦後って、随分と古い話になってきたよ。
「その進駐米兵さんなんだけど、朝鮮戦争が始まったら戦場に行ったきり帰ってこなかったんだよ」
「戦死しちゃったの?」
「うん、戦死しちゃった。それでね、残された娼婦さんは黒いドレスを着て、毎日一人であのメリーゴーランドに乗っていたんだ。娼婦さんは何時もメリーゴーランドに乗っているんで、事情を知っている人達から【喪服のメリーさん】て呼ばれるようになったの」
さわりだけでも悲し気な話に聞ける。
「喪服のメリーさんは、それからどうなったの」
「暫くして突然姿が見えなくなってね、知り合いの人達が長い月日かけて捜したんだけど、それっきり行方知れずになっちゃったみたい。苦労ばかりの人生で、進駐米兵さんと一緒にメリーゴーランドに乗っていた思い出だけが、喪服のメリーさんにとって一番幸せな宝物だったんだね。あのメリーゴーランドは小さな世界だけど、彼女はメリーゴーランドの中に、自分の黄金郷とか理想郷を見ていたんじゃないのかなって思うの」
皆が辛い時代だったから、当時はよくある話だったのだろうけど、今になって聞くと、何で、何が、あんなに荒んだ世界を作り上げてしまったのか。
太平洋戦争を知らない私が言うのも変だけど、悔やんでも悔やみきれない激動の時代だったんだなー。
「娼婦さんを知っている人達の間で、噂みたいにこの話が広まってね、それからあれを【メリーズエルドラド】とか【メリーズユートピア】って呼ぶようになったんだよ」
「そうなんだ」
ちょっと湿っぽくなってきた。
お風呂から出たらバーベキューでもう一杯、景気づけに生ビール行っちゃおうかな。
お風呂から上がると、ルシファーとベルゼはすっかり酔っ払いに仕上がった。
自分のテントで寝袋に入り、ゴロゴログ~グ~。
テント前の焚火も消さないで、テントが火事になって死んじゃっても知らないから。
っと、いかん、私の加護だったな。
ここで間違って二人に何かあったら、それこそ私の経歴に【能力の問題有り】って汚点がついちゃう。
将来的には給料の査定に支障が出かねない。
ここは一つ、水かけて消しておいてやるか。
消火。
指さし確認。
完了。
エポナさんは相変わらず、分身の分まで飲んで食べてをやっている。
物腰は柔らかいけど、その食事量は怪獣並み。
うわばみ以上の飲酒量でもある。
私とティンクは湯上りのお決まり、とりあえず生。
バーべキューが何の肉かは、殆ど気にならなくなってきた。
だけど、蛙の足ヒレという奴だけは、絶対に食べられないので避けた。
「なっちゃん、ヒレ食べないのー? 蛙で一番美味しい所なのに、あたしに頂戴」
ちぎっては食べお酒をちびり、ちぎっては食べお酒をちびっと、つまみは炙った烏賊でいいって雰囲気だけど、眺めは概ねゲテ。
深夜。
月明りに照らされた湖。
カンテラを持って管理棟までフラリユラユラ歩いてみる。
こっちの世界ではもう何か月もたっているのに、自分の世界ではまだ二週間。
私はいったいどっちの世界暦で歳をとれば良いんだろ。
今更何歳になったって、そんなの何の意味もないのは分かっているけど、やはりつまらない事が気になってしまう。
明日は朝から遊園地巡り。
あれやこれや乗ってみたいアトラクションがわんさかある。
はたして、私が乗りたいと思い描いている乗り物と、こっちの遊園地の乗り物の定義に食い違いはあるのかないのか、それがとっても気がかり。
翌朝早く、エポナさんはもっと早起き。
朝食の用意を終えていた。
「ささっとあちらで餌を食べさせてきますから。後はよろしくお願いね」
分身に、私達の世話を御願いしてから、グランピング四天王の所へ餌を食わせに出て行った。
「餌の仕度をしに行くって、向こうは向こうで準備されているんじゃないんですか」
分身に聞くと、意外な答えが帰って来た。
「昨日の約束を、シェルティーさんに確認するための口実ですわ」




