四界への根回し
「おお、なんて素晴らしい輝きなんだー。これ程見事な槍を持てるとは、バアル・ゼブルは果報者っすー」
なにがそんなに嬉しいんだ。
男泣きするほどの一大事なのか。
ところで、バアル・ゼブルって言ってたけど、一体幾つ名前があるの。
しずちゃんの前で自分の名前言っちゃっていいの?
しずちゃんは、ベルゼビュートのお馬鹿加減に呆れたのか、フェンリルとの決着を付けずに帰った。
明日からも館長としての仕事が山積みらしい。
毎日毎日、慣れない御仕事ご苦労さまです。
フェンリルも気分をよくして、千鳥足で帰っていった。
どこへ帰ったのかは不明だ。
翌日からも、ベルゼビューと私達は、戦禍に苦しむ人々の村を回っては大量の信仰エネルギーを集め続けた。
地獄で暴れていてミカエルに捕まった頃より、ベルゼビュートはずっと強くなってきている。
この強大な信仰心力の気配に、ミカエルが気づかないはずがない。
苦境に立たされていた村に救いの奇跡を起こしている時、ミカエルはやって来た。
「どうしてここにベルゼビュートがいる」
ミカエルの表情は怒りそのものだ。
「本格的に御馬鹿だね。こいつを蠅にしちゃったのは御前さんだろ。格子の檻に入れておいて心臓まで取っちゃったら、ちっこい蠅になって逃げられるに決まってるだろう。なっはっはっはー、笑えるー」
ルシファーがミカエルを小馬鹿にしている。
奴を怒らせたいのかよ。
話がややこしくくなるから、やめとけってば。
「お前達はお尋ね者だ。だが、人間界で善行をしているうちは見逃してやる。やりたい事を終えたら、さっさとこの世界から立ち去るがいい」
なんだこいつ、偉そうに。
私、とっても不愉快なんですけど。
「奈都姫様、抑えて、抑えて」
何時でも冷静なエポナさんが、私の暴走を制御しながらも、顔面が引き攣って何時もの綺麗可愛い顔じゃなくなっている。
「はいはい、分かりましたよ。あんたはいつでも正義の味方ですよ。御立派ですよ」
ルシファーが投げやりに答えると、ミカエルは何もせずにこの場から消え去った。
「あっぶねーもん、自分もう殺されたと思ったっす」
ベルゼビュートがビビリバビリブーになっている。
「そろそろ仕掛け時ですわね」
エポナさんが真顔で天を指さす。
「やりますか」
ルシファーが答える。
作戦開始である。
「その前にー、景気づけに一杯やりませんか。村での歓迎会もある事だしー」
ベルゼビュートが緊迫した空気を和ませてくれる。
「いいねー。僕、実は腹ペコだったんだよ」
そうだよルシファー、腹が減っては戦が出来ぬってね。
「うん、うん、そうしようよ。私もお腹減ったー」
ティンクの俊敏な動きを支えるのは、大食である。
体重の数十倍に匹敵する食事量が、毎日の事だから驚ける。
「キュー、キュー」
麒麟‥‥‥黄麒麟さんは人間の姿だから、私が実際に麒麟を見たのはこの子が始めて。
だから、まだまだこの子の事はよく分かっていない。
「大賛成ですわ」
エポナさーん、食べる気満々で宜しい。
何人もの分身を使いこなすには、やはりエネルギー補給ですよね。
ベルゼビュートが、ルシファーが、ティンクが、麒麟の子が、エポナさんが、実は私も同感。
たとえ迷える子羊達の為の善行であろうとも、一時の空腹には勝てないのだよ。
夕方になって火の準備が整うと、この世界では御馳走なんだろうなー的な物がずらり並んだ。
この中で私が食べられるのは、黒毛牛のステーキとワイバーンのたたきとロック鳥の焼き鳥くらいかな。
「奈都姫様、好き嫌いしないで何でも食べないと、もっと大きくなれませんわよ」
そういう次元の問題じゃないと思うんですよ。
魔獣じゃないんだから、今更大きくはならないし。
私、これ以上進化しませんから。
「ははは、そうですよね」と言いつつ、私はゲテを食べない。
「いつになったら麒麟の子に名前を付けてやるのだ。なんならわしが名付け親になってやっても良いのだぞ」
夕食時だけ旅仲間のフェンリルが、名付け親候補としてやけに乗り気だ。
「黄麒麟様が帰って来てから決めますわ。当然、名付け親は黄麒麟様で御座います」
「やはりのー。そうだとは思っておったがのー」
フェンリルの残念そうな顔を始めて見た気がする。
翌日から私達は、今までのんびり楽しくして来たツケを払うかのように、労働基準監督署が業務停止命令を発令するほどの勢いで働いた。
元々、政情不安定な地域として、渡航時要警戒地域に指定されている。
この世界は、私立異世界博物館の常時監視対象になっている。
四界の各界毎に、私立異世界博物館から監視役が派遣されているのだ。
異世界司書団として行動を起こす前に、監視役に協力要請を兼ねて、私達がこれから何をするのか説明して回らなければならない。
ティンクは元精霊界の長だったこともあって、精霊界を監視している青龍に面識があった。
何処の世界に行っても、精霊達には世界とか国といった認識が希薄なので、何につけ一斉連絡や団結してという仕事が進めにくい。
そこで、常日頃から精霊達と連絡しあっている青龍に、作戦決行に伴う精霊界の協力を要請しに行った。
そして、ティンクが訪問した一番の目的は、今回の作戦はあくまでも神界の年会費徴収に関わる行為であり、内政不干渉の原則を破るものではないと説明するためだ。
余談になるけど、精霊界の界内環境はバラバラでまとまりがないの一言に尽きる。
特別な決め事もなく好き勝手に生きている精霊達が、なんとなく集まって生活している。
非常時の備蓄や地域の施設管理は総て個人まかせ。
お金に対しては、まったく無頓着な者達ばかりだ。
そもそも、国家という考え方がないに等しい。
お金はなくとも何となく生活できてしまうので、お金の為にがむしゃら働く必要もない。
そんなこんなの事情を鑑みて、どの世界でも精霊界は界全体で一つの国家として勘定されている。
年会費も一国分だ。
まとまりがない上に金銭感覚零の世界で、会費はどのようにして集めているのか、気になってティンクに聞いた事がある。
「だいたいは御賽銭かな。精霊界にある社に神界からの集金は来ないから」
賽銭泥棒かよ。
「それとね、人間界の悪い子から、悪い事したときに罰金徴収」
かつあげだろ。
「他に多いのは、森とか道に落ちている御金を拾ってくるの」
猫糞を決め込んでいやがる。
これらの集金は、総て気まぐれなボランティアに頼り切っているのが現状。
と言う訳で、精霊界は順調に準備が進んでいる…‥‥‥でいいのかな?
エポナさんは、神界の監視をしている朱雀に協力を御願いしに行った。
天界戦争の時には、中立の立場で看護活動に参加していたので、朱雀はエポナさんに対して好意的だ。
エポナさん曰く
「神界では集団になる習慣がなくて、国そのものが存在していませんの。それぞれ主義主張が違っていますから、神一柱を国一つとして考えていますわ。元々御金を必要としない筈の神なのですが、他世界や異世界の影響を受けて、貯えを持つ神も少なくないのです。とは言うものの、上級神は信者が多くて御金を集められますが、低級神には信者も少なく御金には縁がありません。ですから、私立異世界博物館では、どの世界の神界に対しても、上級神の数で世界の数とし、低級神の年会費は免除していますわ」




