クラーケンを狩るフェンリル
「どうしたものかなー」
一仕事を終えて、ルシファーが人食いライオンの前で考え込んでいる。
ゲゲゲッゲー、近くに人の頭が転がっているよ。
「なにこれ、マンティコアが人を殺して食べてたの」
「違いますよ。これは人の頭に似ているだけで、元はマンティコアの頭ですから」
「どうすんのよこれ、私は絶対に食べないからね」
「奈都姫様、私達もこれは食べませんですよ。ただ、このままですと生き返ったり、他の魔獣を呼び寄せたりしてしまいますの」
調理主任のエポナさんが言うなら、食べないんだろうな。
でも、何て事しちゃてるのかな、後先考えて殺ってよ。
「灰にしてから海に流しますか。幸い近くに海があるようですから」
「それしかなさそうですわね」
私には彼らの行為が海洋汚染に思えてならない。
「そんな事して大丈夫なんですか。海に劇物・薬物・放射性物質・重金属・猛毒を流すようなもんじゃないですか」
「この世界の海には、とっても綺麗好きな妖精が住んでいるの。浄化能力は全宇宙の中でも一際優れているから、これしきの事で環境が悪化したりはしないよ」
さすが、元精霊界の長ティンク。
自信に満ち溢れる回答をありがとうございます。
「ファイヤーボール」
「ディープパープル」
みんなで劫火を浴びせまくる事十数分。
なかなかしぶとかったが、なんとか灰にできた。
海までの枝道は舗装されていないので、できるだけ近くまで馬車で行って、あとは徒歩での移動になる。
手頃な砂浜でルシファーの出したボートに乗り込むと、少しばかり沖に出て灰をまく。
あとで気がついたけど、これって誰かが飛んで行ってポイ捨てでも良かったんだよね。
いきなりルシファーがボートを出すから、乗って行かなきゃいけないものだと思い込んじゃった。
この時、ルシファーは何がしたかったかと言うと、自分のコレクションであるボートを私達に見せたかっただけなのね。
無意味な時間を使ってしまったのさ。
岸に帰って、灰を撒いた海に異状がないか沖を眺める。
「海なんて久しぶりだなー」
私の世界では何日も経っていないけど、こっちの世界では随分になる。
「そうですわねー。初日の出いらいでしょうか」
エポナさんも同じ気持ちなのか、それとも、この世界の海に何等かの思い入れがあるのか、感慨深そうに沖を見ている。
「あたしはしょっちゅう海を見にいくよ。御魚食べたいし」
ティンクは何でも食べ物につなげて考えるのが思考の基本だね。
光速で移動するから、大量のエネルギーを常に必要とする彼女。
食する行為が生活の中心になるのは、当然の事かもしれない。
「そうですねー、魚も漁して行きましょうか。折角ですから」
ルシファーがガレージから地引網を持ち出した。
それもコレクションかい。
何持って歩いてるのよ。
そうこうしていると、沖から巨大な生物がこちらに向かってプカプカやって来る。
「クラーケンかな」
みんなで一斉に千里眼で正体を確認。
「違いますわね。フェンリル様ですわ」
巨大なクラーケンを銜え、此方に泳いでくるフェンリルが確認できる。
よくやるわー。
体をブルブルさせ、海水を切っている所に私達が行くと「おー、お主達であったか。こいつを村まで運びたいのだが、手伝ってはくれまいか」いきなりの助力要請。
困った事があったらいつでも助勢すると言っていたのはフェンリル、貴様だろ。
「私のガレージに入れていきましょう」
ルシファーが申し出た。
お前のガレージは我楽多でいっぱいのはずだ。
「私のガレージもルシファー様のガレージもいっぱいで、もう荷物は入りません」
エポナさんは運ぶ気がない。
「あたしのは精霊の箱庭第二弾の制作中だから立ち入り禁止ー」
ティンクも運ぶ気がない。
皆して私の顔を見ている。
嫌だー。
タコだかイカだか分かんない化け物なんか、私のガレージに入れたくないー。
ここでぬめりをしっかり落としてから、二重結界に包んで私のガレージに入れ、出した後は臭いも含めて綺麗に掃除してもらう約束で引き受けさせられた。
クラーケンを引き上げた海岸から村までは、歩いても楽に行ける距離だ。
馬車を取りに戻ったので少し遠回りになったけど、昼には村に入ることが出来た。
ここまでの道すがら見てきた集落とは違って、この村には海があって、そこからの漁で生活できている。
他の村からここへ非難してきた人達も大勢いる。
私達が村に来る事をベルゼビュートは既に知っていた。
先にここへ着いていたフェンリルが、事情を話してくれていたのだ。
村の広場で、住民がフェンリルの帰りを待っていた。
漁の障害となっていたクラーケンを、退治して獲ってくると約束してあったとか。
すっかり英雄の出迎えムードになっている。
疫病が発生したと聞いていたが、それは疫病を撒いていた蠅をベルゼビュートが退治して解決していた。
ベルゼビュートは、作物を荒らし病害をまき散らす蠅の害から村人を救っていた。
「フェンリルさん、こっちに来てから瞬間移動を何回くらい使いました」
ヘタレの私にとって、これはミカエルに出くわさないために知っておくべき必須情報だ。
「この世界に転送してもらった時意外は、移動に魔法は使っておらん。狩りの醍醐味が薄れてしまうからのー、はっはっはっはー」
そりゃ助かった。
フェンリル偉い。
暇しているからとかで、フェンリルがベルゼビュートの所まで案内すると言ってくれた。
するとエポナさんが「アスタロトは元気ですかー。天界戦争の時は、私とアスタロトをよく間違えていましたけど、今は間違ったりしませんわよねー」
随分と親し気にフェンリルをなでなでする。
「そんなに似てるの」
「アスタロトもロバなんだよ」
「エポナさんは、中立の立場で野戦病院にいたんだよね。白衣だったんじゃないの」
「休憩の時はロバさんになっていたんだ。その方が楽だからね」
きっとこの状況について知っていると思って聞いたが、ティンクの情報量には何時も驚かされるばかりだ。
ベルゼビュートが待機していたのは、村の集会場だった。
「この村はやっと落ち着いた所っす。フェンリル様が沖で暴れていたクラーケンを取ってきてくれたとかで、今夜はお祝いっす。自分も参加しますんで、気兼ねなく楽しんでいってください」
フェンリルからの下話のおかげだろう、たいしてこじれるでもなく、ベルゼビュートはすんなり私達を受け入れてくれた。
ベルゼビュートの申し出を受け、私達も祝いの宴に参加することにした。
準備を手伝うために村の広場へ出ると、村人がクラーケンの調理に苦戦している。
「クラーケンごときに、何を手こずっているのかしら」
傍観していられず、エポナさんが颯爽と調理に参加する。
シェルリル包丁の切れ味さえわたり、あっという間にぶつ切り・薄切り・吸盤・塊・そのまんま頭。
広場の中心にある巨大な切株の上にドン・ドン・ドン。
高速で並べられていく。
見事な早業に、見ていた村人から盛んな拍手が湧く。
これに答えるように、にっこりカーテシーで挨拶するエポナさん。
広場でかがり火を焚き、大きなキャンプファイヤーを囲んで宴が催される。
この世界に来てから始めて、生きた人間による賑やかな催しを見ている。




