人食いライオンのマンティコア
「お気に召していただけて光栄でございますわ」
エポナさんがソースの御かわりを差し出す。
「おー、お主は黄麒麟殿の所にいたメイドではないか、懐かしいのー」
今頃気づいたのかい。
「今は、奈都姫様のお世話をさせていただいております」
エポナさんが私の方を向いて紹介してくれた。
「ん、この娘が例の」
フェンリルが、私を近くでまじまじ観察する。
顔、近くて鼻息がくすぐったいんですけど。
「なるほど、恐ろしい魔力量であるなー。せいぜい精進いたせよ」
どれ程の者だか知らないけど、とっても偉そうな態度なのよね。
「はい」
とりあえず返事をしてやった。
「おっ、そこにあるのはカルキノスではないか。わしにもおくれ‥‥ワイバーンのたたきか、ああ、あれはロック鳥の唐揚げではないか。なな何と【わぎゅー】まであるではないか、なんという楽園」
牛さんは私のだからね。
飯だけが目当てでこんな遠くまで来たのか。
凄まじい食欲だな。
「チスイウサギとクックバットもございますわよ」
牛さんからフェンリルの目を、他の食べ物の方に向けてくださいエポナさん。
「全部所望、早く食わせてくれい」
子供じゃないんだから、自分で取れよ。
一通り食べてやっと落ち着いたフェンリル。
胃袋に飼っている怪獣は大人しくなったみたい。
「して、お主等は何をしておるのだ。わしと同じで、イルルヤンカシュを狩りに来たのではあるまい」
ここで始めて、私達はこれまでの経緯をフェンリルに話して聞かせた。
「そうであったか、わしもこの世界の神共にはいささか腹を立てていたところだ。ルシファーの一件があってからというもの、奴等はますます良い気になりおってのー。人間界ばかりか、精霊界や魔界までも支配下に置こうとしておる」
「そこまで落ちましたか」
ルシファーの表情が硬くなる。
「もはや猶予はあるまいな。手に余るようであればわしも助勢しよう。暫くこの世界におるので、頻繁に状況を連絡するがよい」
「はっ、お気遣い感謝いたします」
フェンリルは散々飲み食いして去っていった。
「ねえ、フェンリル程の魔力を持った魔獣がぴょんぴょん瞬間移動を繰り返していたら、ミカエルが警戒しないわけないわ。私達がこの世界にいるのを気づかれるのも時間の問題よね」
まったく、肝心な時に余計な動きをしてくれる奴だ。
「そうですわね。お食事が終わったら片付けて、夜通し移動いたしましょう。そうすれば明日の昼には、ドンビキ村に到着しますわ」
「思い切って瞬間移動してはどうですか」
私は私の意見に一票
「まだ感づかれていると決まったわけではありませんので、それまでは用心して動きましょう」
「僕もエポナさんの考えに賛成です」
ルシファーがエポナさんの意見に一票。
ティンクは寝ている。
急いで出発となっても、片付けるのにたいして時間はかからなかった。
出してあった肉の殆どが、フェンリルの胃袋に収まっていたからだ。
今にも降り出しそうな分厚い雲に隠れて、月明りのない真っ暗闇の道中。
中空に浮いて、道先を照らしてくれるランプの灯りだけが頼りの移動だ。
もっと明るいLEDとか自動車のライトとかステージ照明とか、魔法で如何様にもなりそうなものだ。
あまり明るくしては目立ち過ぎるとかで、ランタンの灯りだけにしている。
車中で、ベルゼビュートについて、ルシファーから詳しい話を聞かせてもらった。
「ベルゼが人の姿でいるとしたら、黒ずくめの衣装でいるはずです。怒らせると狼のように吼える癖がありまして、この時に炎を吐きますから用心が必要ですよ。動物の恰好をしている場合は、眉間に傷のある豹の姿でしょう。眉間の傷は昔、僕と戦った時に出来たものです」
何気に、勝利を自慢してるよね。
轍にできた穴に車輪が落ちる度、ドン・ドンと過激な音がして、車体が大きく揺れる。
これも魔法の力で何とかできないかとエポナさんに言ったけど「目立ち過ぎはあきまへん」の一点張り。
私の願いは簡単に却下されてしまう。
馬車の中では熟睡できない。
明け方には本格的に起きてしまい、妥協なしの睡眠不足だ。
皆に付き合ってないで、クローゼットで眠ればよかった。
馬車が静かに停まった。
いくら夜通しの移動でも、村にはまだ着かないはずだ。
「どうしました」
またまた変な生物でも発見したか、ちょっと心配になる。
「黒毛牛の群れですわ」
こりゃまた、とっても美味しい話になって来た。
大きな声で皆に聞いてみる。
「狩っていきますか」
ここはしっかり私も参加して、貴重な良質タンパク源の確保に励みたい。
「ええ、行く先の村では疫病も出たとか、きっと食料も不足していますから、出来るだけ多くの支援物資を確保していった方が、ベルゼ様の共感も得られるかと」
エポナさんの賛同が得られた。
そうと決まれば話は早い。
瞬時に出撃準備完了。
「お待ちください。近くに魔獣の気配が御座います」
お決まりの魔獣ね。
それって、フェンリルじゃないの?
「あたしが見て来る」
素早くティンクが、牛の群れの周りを飛び回って帰ってくる。
「マンティコアが、風下の草むらで牛達のすきを狙っているよ。あいつは危ないよ」
「それで近くの村人達は牛の群れに手出ししなかったのか」
ルシファーは、村人が牛を狩らない事を疑問に思っていた。
「マンティコアって、そんなに危ないの」
偵察してきたティンクに聞く。
「人食いライオンだからねー」
「ベルゼがまだ村にいるのだろうな」
「なんでそうなるの」
「人の村が近くにあるのに、人食いが人を襲わずに牛を食べようとしていますから、村にはマンティコアが警戒するに足る何者かがいるということですわ」
そういう理論立て、私はとっても苦手です。
「先の事を考えると、マンティコアはここで仕留めておくべきだろうな」
ルシファーが言い終わる前に飛び出していった。
「一人で行っちゃったけど、大丈夫なの」
他人事だけど、何もしない私には後ろめたさがある。
ささいな心配を、大げさな心配の様に聞いてみるのも、参加しているふりとしては良い方法だと思う。
「ルシファー様なら造作もないことですわ」
私以上に心配していないのが、とても明瞭に表情となって現れているエポナさん。
はっきり言ってしまえば、にっこにっこ笑っている。
「あたし見て来る」
もっと心配していない奴がいた。
偵察なんだか野次馬なんだか、ティンクは好奇心と食欲が旺盛でいらっしゃる。
「もう終わっちゃってたよー」
行ったと思った瞬間で帰って来た。
「では、安心して牛さんに御他界願いましょうか」
笑い方が笑顔から満面の笑みに変わった。
エポナさんは料理好きなのか殺戮好きなのか、考えさせられる一瞬である。
「それも全部終わってたよ」
ティンクがとても残念そうにしているのは、牛さんを殺し損ねたからなのか。
私はこの集団の一員として、良心の呵責に耐えきれるだろうか。
この先の旅路が不安になって来た。
私達に残されたのは、牛さんを集める仕事だけだった。
その方が良かった気がしないでもない。
何時ものように、エポナさんとルシファーで牛さんを解体する。
不慣れな私が手伝うより、二人でやった方がずっと早い。
結果を見れば明白だ。
十数頭いた牛さんが、三十分ほどで総て処理済みとなった。




