平原の一夜城
バルコニーに出て外を眺める。
「酷い」
みんなの口から、一様に出てきた言葉だ。
庭園だったであろう庭の緑はなく、水もない。
まるで砂漠。
樹と言う樹の皮は総て剥がされ、一本残らず朽ち果てている。
その向こうに見えるのが王都。
人影はまばらで、子供の姿はまったくない。
且つて市場であったろう通りに屋台はなく、ここにも人通りは見られない
城壁の外も砂漠化していて、枯れた森や砂ばかりの荒野になっている。
緑はどこにも見られない。
山の岩肌が、果て無き無情をさらけ出している。
「これまでの調査で分ったのは、人間が魔導書を盗んで気候変動を起こし、魔界を飢餓に陥れているようだということで御座います」
「はたして、人間だけでそのような事ができるかなー」
ルシファーと黄麒麟さんの会話が、危機感一杯な雰囲気になって来た。
こんな時、私はとっても逃げ出したいと思う。
わがままでしょうか。
「魔導書を盗んだのは内部の者と分っておりまして、既に地下牢に監禁して御座います」
「まずはそやつの話を聞こうか」
「その前に、取り急ぎ御願いが御座います」
「ん、願いとは、申してみよ」
「魔界では、数年間ならば何も食さなくとも生きられます。貯えた魔力のおかげなのですが、今や魔力の貯えが少ない子供や若者から衰弱死していまして、すでに人口の半分が死んでいます。是非、食料の緊急援助を御願い申し上げます」
「半分だとー! 何故もっと早くそれを言わない、馬鹿者が。えーい緊急援助だ、至急ズーボラに連絡。博物館にある支援物資をこちらに送らせろ」
「はい」
しずちゃんが勢いよく返事する。
「四界の麒麟様達にはどのように」
エポナさんが冷静に次の一手を詰めていく。
「人間界からは、あちらも何かとあって無理だろう。精霊界も、人口はあっても皆小さいから備蓄も少ない。あそこからの援助は焼石に水だ。魔界と神界の備蓄を半分こちらに送らせよう」
ほんの数分で準備ができた。
城内を走り回っていたしずちゃんが、こちらにやって来る。
「ルシファー。大量の物資を送ってくるから、一時的に仮置きできる場所はないかって。ズーボラが焦ってる。かなりの量になるわよ」
こんな時、私は何も出来ない。
自分の無力を強く感じる。
「城の中庭へ送ってくれれば、すぐに兵士達が城内へ運び込む」
「了解。ズーボラさん聞こえましたか、座標は分りますか」
「分ってますよ。すぐに送っちゃって大丈夫ですね」
「はい、今直ぐでも」
しずちゃんが言い終わるや否や、中庭半分程の物資が送られてきた。
ルシファーの命令で、兵士達が魔法を使い一気に物資を城の中へ。
これを何度も何度も繰り返す。
この物資を、別動隊が魔界の各国に分配すると、城一杯の物資などものの一時間程で消えてなくなる。
いくら魔法が使えるとはいえ、この作業が何日も続くのは目に見えている。
「物資の件が落ち着いたら、魔界の様子を視察せねばなるまいな。ルシファーよ。城を立てるのに手頃な空地はないか」
「空地で御座いますか。どなたの城を建てるので」
「私の城だ。ここは長くなりそうだからな」
「黄麒麟様の築城となりますと、なかなか」
「いや、仮住まいの城だ。たいして場所はとらない」
「でしたら、王都城壁の向こうに見えます平原はいかがでしょうか。昔は緑が綺麗で花も咲き、小川も流れておりました」
「おお、なかなかよいではないか。あそこにしていいかな」
「はい、もちろんでございます。では築城士を呼びましょうか」
「なに手数はとらせん。持参しておるでの広げるだけじゃ」
「ああ、例のお城ですか」
「そうそう、おぬしと揃いであったな。懐かしいのー」
「はい、あの頃が懐かしう御座います」
旧友か‥‥。
今は、私達のように強い魔力を持った者が、複数で瞬間移動してはいけないとかで、ルシファーの城から紹介された平原へは歩いていく。
途中、目にした王都の状況は惨憺たるものだ。
放置死体こそないものの、今にも息絶えてしまいそうに弱った子供が、家の前で膝を抱えて座っている。
路肩で配給されている鍋の中には、樹の根が入っていた。
魔界で唯一残された緑は魔界の森で、ここに行けば魔物の肉を手に入れられるらしい。
でも、途中には盗賊団がいて、狩りの邪魔をしている。
それに、ここの様子からして、盗賊や魔物と戦うだけの気力・体力が残っている者は既にいない。
「どこが良いかなー」
黄麒麟さんが平原で辺りをぐるり見回す。
「おっ、あそこ、いぐねえ」
ルシファーの前と私達の前での態度に、ギャップがありすぎる。
黄麒麟さんが選んだのは、小川だったらしい溝の向こうで、辺りに比べて少しだけ高くなっている。
場所が決まるとすぐに築城。
来る前からそうだったけど、恐ろしく忙しない。
「出ませい、我が城よ」
黄麒麟さんが、ブルンブルン。
近くに落ちていた枯木を振り回す。
するとどうだろう、瞬時に仮とは思えない立派な黄色い城が現れた。
「黄色か……」
この趣味を良いと思うか悪いと思うか。
個人の自由だけど、私だったら住みたいとは思わない。
「エポナさん、後はよろしく」
こう言って、黄麒麟さんが城の中に入っていく。
「さて、始めますか。ティンクも手伝ってね」
「はーい」
エポナさんが砂漠のような大地に手をあてる。
「大地よ、汝の力、今こそ見せたまえ。わたくしが御助力いたします」
ティンクは城の周りをぐるっと飛んで、金色の粉を振り撒いている。
二分ほどすると、大地に緑が芽吹き花が咲き、小川に水が流れて来た。
金色の粉が大地に吸い込まれると、あちこちに果物の樹が生えて一気に育ち、美味しそうな実を付けはじめる。
「ファンタジーたわー」
これを見ていた王都城壁の門番達。
落ち着いていられる筈がない。
すぐさまルシファーに報告される。
暫くすると、ルシファーが許可したのだろう。
城壁の門が解放された。
中から、家に閉じ籠っていた人達や、王都各所で配給を受けていた人達が、ぞろぞろこちらに向かってやってくる。
すると、今度はこちらの城の中から、数名のメイドや執事が出てきた。
手にはそれぞれ配給物資を持っている。
「奈都姫様も、お手伝いですわよ」
私の初仕事。
本と未払い会費の回収だけで済めば良かったんだけどな。
どうやら、そう簡単な話ではなくなってきてるよね。
エポナさんが炊き出しの大鍋から、木のお椀に暖かなシチューを入れる。
私はこれを、並んでいる人に一つ一つ手渡してあげる。
エポナさんに聞いてみる。
「異世界司書の仕事って、いつもこんな感じなんですか」
「私は異世界司書様への御同行が今回始めてですので、確かな話では御座いませんが、聞いた話ですと、時々このような困り事の解決を頼まれる場合もあるとか」
「厄介ですね」
「とんでもありませんわ。これが異世界司書の貴重な収入源になりますのよ」
「と言うと」
「私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の肩書は、どこの世界でも恐れられておりますの。それはもう崇拝と言ってもいい程で御座います。この御威光をもって解決できない揉め事はなしと信じられておりまして、どこの国でも頼られる存在なのです」
「なんか、ピンときませんね」
「そのうち分りますわよ。それより今は、住民の方々の救済ですわ」
「そうですね」
緑の草原で、炊き出しを頬張る人達の表情に明るさが戻って来た。
炊き出しは、城の周りにかがり火を焚いて夜まで続いた。
私達は時々つまみ食いをしながら、交代でシチューの配給にあたった。
すっかり暗くなって、作り置きのシチューまで綺麗になくなると、今日の炊き出しを終えた。
ると、今日の炊き出しを終えた。




