ネックレスとブレスレット
「エポナさんの尻尾は何でモフモフなのんだろうね。ロバの尻尾って、普通はそんなに毛ないよねー」
ラム酒を樽から木のジョッキに移し、黄麒麟さんが訊ねる。
「この方が可愛いからですわ」
「ほー、それだけ」
「はい、それだけです」
にっこり微笑むエポナさんの顔が、少しだけ引き攣っているように見えたのは気のせいか。
ついでと言ってはなんだけど、私も気になっている事があるのでズーボラさんに訊ねる。
「司書募集の張り紙なんですけど、どうしてあんな所に張ったんですか。誰も見ませんよ、あんな所じゃ」
「その件ですか。あれは、実のところ誰にも見えない張り紙でした。何処に貼っても同じでして、魔力を持った人間。奈都姫さんのような人と出会う為の張り紙だったのです」
黄麒麟さんが話を付け足す。
「こっちの人間界では、既に司書になれる者がいなくなってしまっていてね。ひょっとしたら誰か引っかかってくれるかなーって、一か八かの求人広告だったんだよね」
私は大博打の結果と言う事かよ。
次々と料理が出されてくる。
これをまた軽々と平らげていく。
空が白けて来ると、外の景色が薄っすら見えてきた。
「なっ、何ー」
外にはチスイウサギを山のように積んである。
その脇に置かれたロック鳥のまた大きい事。
「近々実技講習だったね。たしか、この洞窟に巣くっている連中の討伐だったよね」
どれだけ飲めば寝るんだ。
もう朝だというのに、真面目な話を始めやがった。
私はとっても眠いのだよ。
もう勘弁して。
「はい、ここを借りる時に、ヘル様とお約束いたしました」
しずちゃん、そんな話聞いてませんけど。
「一階のチスイウサギは全滅だものね。二階層にいた上下の連中は、食料がなくなってだいぶ荒れてるんじゃないかな」
黄麒麟さん、貴方がやらかした結果ですよ。
一区切りのつもりだろうか、朝食の支度を始めていたエポナさんがこちらに肴を持ってきて「その事でしたら、洞窟の出口を結界で塞いであります。まもなく飢えた者達が醜い争いを始めるでしょう」
にこやかな優しい顔してるけど、とっても冷酷な事やってます。
「上手い事共食いでも始めてくれれば、数が減って戦いの手間が省けるね」
しずちゃん、魔族だけある。
思っていても言えなかった残酷な御意見、ありがとう御座います。
「んー、待つのも一手なんだけどさ、なんだかんだで、この講習早く終わらせたいんだよね」
「と言いますと」
しずちゃんが首をかしげ、黄麒麟さんの方へ前かがみになる。
「ちょっとねー。管理費を滞納している国で問題があってね。呼ばれてんのよ」
「その要請とは、どのような」
「百年程前にね、本が盗まれたって異世界の魔王から連絡があったのさ」
「百年ですか」
「その時は「本が」ってだけだったの。だから、早く探してねって、それで話は終わってたのさ」
百年前の話を緊急事態のように、今更穿り返すんじゃない。
エポナさんが朝食を運んできた。
これ食べたら寝ちゃおうかな。
「当時は地域担当が不在でしたもので、調査もあちら任せになっておりました」
ズーボラさん、随分と古い記憶もしっかりしてるね。
「その本がね、盗まれた後に人間界に売り払われたらしいって、最近になって分ったのさ」
簡単に言うと、なくなった本を捜すのに百年かかっているのよね。
あー、このお味噌汁美味しい。
「どうやら、一連の紛失劇には神界も絡んでいるらしくて、自分が出ていくと世界戦争になってしまうから、どうか助けてくれないかって事なのさ」
「それが、私とどう関係しているのか分からないんだけど」
どう考えても巻き添えを食っているような気がしてならない。
「事件現場が、奈都姫さんの担当区域です」
ズーボラさんが、衝撃的な事実をさり気ななく語ってくれる。
御飯茶碗落としそうになった。
「つまりだ、なっちゃんの初仕事が、この世界の本回収と会費徴収って事で、向こうさん随分と切迫した状態らしいんだよね」
「人間界の連中など一吹きで焼却してしまえばいいのに。何者ですか、その軟弱な魔王は」
しずちゃんが深酒している。
発言が危なっかしくなってきた。
ろくに肴もつままないで、きつい御酒ばかり飲んでばかりいるからだよ。
「君も知っているだろ、ルシファーだよ」
「あのヘタレ」
「今なら君、彼に勝てるよ」
「そうですかねー」
「そうだ。勝負して君が勝ったら館長に昇格するけど、やらない?」
「館長に、私が、いきなり、大抜擢。ズボラは‥‥」
「僕は暫く旅に出るから、黄麒麟局長に就任が決まってるのよ。異世界博物館の百年任期が、もうすぐ切れるしね」
「ひょっとして、このとんでも案件、ズーボラさんが館長になりたての頃からの引き摺り物ですか」
しずちゃんの顔が少し暗くなる。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。何とか御願いしますよ」
ズーボラさんが何時にも増して低姿勢。
朝餉の品々を、しずちゃんの前に並べまくっている。
これを、さも当然と言った態度で食べ始めるしずちゃん。
「奈都姫さんと私だけですか、行くの」
もう、私行くの決定事項になってるしー。
「では、先発メンバーを発表します」
いきなりですか。
前振りしてほしかったー。
「冒険者・物理的攻撃担当。人間界から、異世界司書・菜花奈都姫君‥‥返事は」
ダンマリを決め込んだが、空しい抵抗だった。
「は~い」
「商人・交渉術担当。麒麟界から宇宙の創始者・哨戒亭黄麒麟君。はい」
ここで一杯グビッとやる黄麒麟さん。
もう底なし、蟒蛇かー。
いや、麒麟だったね。
「職人・情報収集及び武具等の管理担当。精霊界より影無き殺戮者・ソロキャンプピクニック君。今はいないけど、近いうちに紹介するよ」
ここでまた一杯。
内臓が全部肝臓ではないかと思われる生物が目の前にいる。
「医師・医療魔法担当。神界からヒラコテリウムの女神・ラビットホースエポナ君」
「はい」
私の世話役で何処までも一緒って言ってた。
当然と言えば当然の配置かな。
「魔術師・攻撃魔法担当。魔界より、酔っ払いのアークデーモン・静君」
「はーい」
「しずちゃんは、あっちでルシファーと対決して勝ったら、今回だけの参加となります。後釜にはルシファーが入ります。これは確認済み事項です」
恐ろしく酒代のかさみそうなメンバーです事。
「この五人でパーティーを組みます」
「ちょっと引っかかるんですけど。今回はどうこうって、このパーティーって続けるんですか。今回限りじゃないんですか」
「なっちゃん。ずーっと一緒だよ」
いつから黄麒麟さんのなっちゃんになった。
絶対に嫌だ。
「それから、皆さんが不安に思うのは、なっちゃんの攻撃力と体力だよねー。まだ終わっていないけど、講習終了の証として、緑・赤・白・黒・黄の麒麟石をあしらったネックレスとブレスレットを授けちゃいます」
こう言って私の首にネックレスを掛けてくれた。
絶対に酔った勢いだ。
後で返してくれなんて言うんじゃない。
「これで物理的戦闘力はマックスになりました。続いてブレスレットの授与だよー」
左腕をとられ、ブレスレットをしっかりはめられた。
「体力無限大ね。すんごいアイテムだから、大切に使ってね。あっそうだ、徽章と一緒で、間違っても失くさないから。その点は心配しなくていいよ。それと、前にも言ったかも知れないけど、なっちゃんの魔法適性を全魔法にまで拡大しておいたから、これでどんな魔法でも使えるよ」
「奈都姫様、これは素晴らしい事でございますわよ」
お玉を持ったエポナさんが誇らしげにしている。
私にはいまいち、この事態がよく飲み込めない。
「そうだよ。私も一つ欲しいなー」
しずちゃんまで嬉しそうにしている。




