四
・「駄目だよ君、これはとても駄目だ」
・小説を読んだ副校長にそう言われる
・「第一、何を言うのか全く分かりはしないじゃないか、何かい、シンデレラがどうこうとかいう話のようだね、しかし文章があまりに分かりづらすぎて話も何も入ってきやしない」
・想定外の不評にたじろぐ
・「雅文調でやるというがこれは雅文調じゃない、雅文調の劣化コピーだ。それに噺家講談師を本当に聞いたことがあるのかね君は、一度聞いてみればわかると思うがこれはあれらとあまりにもかけ離れているよ、口に出して読んでみたところであまり小気味のいい文章というわけでもない、あの手の人たちのパロディとして機能していないんだ」
・この副校長にしてそこまでの小説評価能力が備わっていたのかと驚くと同時に言ってること自体はごもっともだとも思い、やはり評価の能力と実際に書く能力というのは別のところにあるのだということを改めて感じる
・「文章が分かりづらすぎてストーリーなんぞ分からん、君、この紙の裏にでも箇条書きで粗筋を書き出してみたらどうだね」
・そこまで分かりづらいとは思っていなかったので流石に驚く。あと箇条書きと言われたのがお前には普通の文章で粗筋を書く力などない箇条書きがお似合いだと言われたようで被害妄想に近いのは分かっているが腹が立つ
・しかし箇条書きで書く
・「そう、こういうことか。こうして見ると話の出来もそこまで大したものではないようだ。つまらなくはないが面白くもない、普通だね」
・お前なんかに言われたくないと思う
・「あとは文体だね、さっきも言ったがこれは雅文調でも噺家でも何でもない、口は悪いがただの訳のわからない駄文だ。読んでいて扇子の音でも聞こえてくるならまだしもだがそれも聞こえてきはしない、こんなものは例えるならフリースタイルラッパーの域だよ。韻を踏んだだけの俗悪な文章、他人をコケにすることと悪童自慢をすることばかりに快感を見出している彼らと同じ。そう、フリースタイルラッパーだ。フリースタイルラッパー」
・自分だって碌な作品書けない癖に御大層なことを言うなと思った。自分より未熟なものをこき下ろして悦に浸っているのかとさえ思った
・「とにかく、君には研鑽が必要だね。もっとも、こんな文章では研鑽したところで100年経っても上達はしない。いやありていに言おうか、こういう小説を書くことは、もうやめたほうがいい。君には向いていないよ。君にそういう才能はない。噺家や講談師の実際の音源でも聴いて勉強すれば多少マシになるだろうがどうせやらないだろう。こんなものはやめて普通の小説でも書くがいい。それが身のためだ」
・副校長が生徒にここまで言っていいのかと思った。また噺家や講談師の実際の音源を私がどうせ聞かないだろうとあらかじめ決めつけているのが癪に触る、私という人間がいかなるものか知りもしないくせに図に乗るなと思った
・「まあ君はまだ若い、上達の余地ならいくらでもあるだろう。これからも創作を続けて、困った時はいつでも私に相談しにきたまえ。私でも助言できるだろうから」
・そこで副校長と別れた。あんな奴に相談してたまるかと思った
・そこへ突然後ろから「何、お前なんで怒られてんの?」と声をかけられた
・振り返ってみるととある男子生徒がいた
・副校長のクソ野郎に私が怒られていると勘違いしたらしかった
・「別に…」と言って通り過ぎようとした
・彼は副校長の小脇に抱えた作文用紙を見て「何あれお前が書いたの?副校長に読ませたわけ?」と言った
・「まあ…」
・「へえ、今度俺にも読ませてくださいよ」
・「無理」
・「そう言わずに」
・「いやちょっと…」
・「そういえばなんかさっき“フリースタイルラッパー“って言ってたけど、ラッパーにでもなんの?A」
・「いや違うけど」
・「でもいいんじゃないですか、ラッパー、陽キャデビューで友達も増えるし恋人もできるし」
・「…」
・「あっ拗ねてる?恋人とか言っちゃまずかったかな?まあとにかくラッパー目指してるんだったら応援するから、頑張れよ」
・あえて彼が私をおちょくっていることには気がついている
・私は陰キャである。表向きは優等生として持て囃されているが裏では陰口を言われていたことも知っている
・私はその場から無言で立ち去る
・数時間後、副校長先生が国語教諭のうちの一人と話しているのを見かけ、彼の話に「フリースタイルラッパー」という語が混じっているのを発見する
・国語教諭は笑っている
・次の日から、一部の教員が私を奇異な目線で見る
・恐らくはフリースタイルラッパーとしてバカにされているのだろう
・また数日後に国語で小論文を書く時間があり、私の書いたものを読んだ国語教諭が「物語でさえなければいい文章書けるんだけどね、Aさん」と言う
・一部の生徒がそれを聞いて笑う
・フリースタイルラッパーが生徒にまで広まっていたことに驚く
・音楽の時間にも例の男子生徒から「Aさんは歌とか楽器よりラップの方が得意だから」と弄られる
・それでもごく一部の教員は私を蔑視せず、とある人が私と廊下で会った時「君の小説、割と良かったよ。今はまだ駄目でも練習すれば本当に素晴らしいものが書けるようになると思う」と言ってくれる
・しかしそれ以外の教員及び一部の生徒は私を否定している
・正直自分の才能に確信が持てなくなる
・例の小説がひどいものであったことも十分自覚していて、その上で彼らに逆恨みする
・自分を馬鹿にしている奴らを全員ぶっ殺してやりたくなる
・最後に全てを無かったことにしたくなるほどの苦しみが訪れる