十七
「…ごめんなさい、あなたも疲れてるのに、振り回して。でもこれが私だから、私自身だから」「…でもさ、もう疲れてるからあんまり話せないよ私は、今度にしようよ」「それはできない」「なんで」「私は…今しか言えないから、大丈夫、そんなに時間はかけない、すぐ終わるから、安心して」「…うん」「…C君はあなたのこと好きなんだって」「…そうなの?」「本人から聞いた」「聞いちゃったんだ」「うん」「そっか」「…私は、あなたに対して恋愛感情を抱いてるわけじゃなかった。私のこの気持ちは恋愛じゃないけどでも友情でもない、言葉にできないもので、だから私にはあなたの恋愛を邪魔する権利なんてないし邪魔しようとも思ってなかった」「…うん」「でもC君の存在は、その存在が許せなくて、ずっとあいつを憎んでた、この世にいちゃいけないものだと思ってた」「…うん」「でも本当はそうじゃない、本当に存在しちゃいけないのは…私自身なのかもしれないって、今は思える」「そんなことないよ、存在しちゃいけない人なんて誰もいないよ、みんな大切だよ」「…でも私は…辛いから。私自身が辛いから。あなたには幸せになってほしいしせっかく両思いなんだからC君と付き合ったりなんかしてもいいと思う、でも私はそれを見た時に耐えられない。私は…あなたとC君が話してるのを見るだけで死にたくなる、生きていたくなくなる。そう、あなたにとっての私がなんであろうが存在しちゃいけなかろうが存在してもよかろうがそんなことどうでもよくて、本当は、存在したくなかった。私自身が。私自身の気持ちとして。この世界に」「…」「大袈裟だと思うかもしれないけど、でも、私にとってのあなたは全てだったから。何もできないし自分のことが嫌いで嫌いで仕方がなかった私にとってあなたは私の唯一の希望だった。あなたが存在してるだけで私は嬉しかった。あなたは自分が嫌いなんて言ってたけど、私はあなたを本当に愛してたしあなたのいない世界なんて考えられないほどに想ってた。だからあなたにとっての私がただの憧れで友達でも、人生のほんの一部分でしかなくても、私は…私にとってはあなたが全てだった。だからあなたには幸せになってほしい、そのためには私が邪魔だから。私は結局人のためにしか生きられない、だからあなたのためにも私はいなくなるしかない」「…どうして、どうしてそんなに…どうして自分を卑下するの?私なんかをさ、そんな風に思ってくれて…Aさんは本当はすごいのに、どうして私なんかをさ…私なんかをそんなに大切に思ってくれるの?」「理由なんてない。愛に理由なんていらないから、キザっぽいけどそれが本心。憧れには理由があっても嫉妬には理由があっても、この感情には理由なんて必要じゃない」「…嬉しいよ、そう言ってくれて。私は嬉しい、実はね、ちょっと怖かったんだ、昨日までは、Aさんのこと。ずっと友達だと思ってたのにあんなこと思われてたっていうのが怖くて、怖くて怖くて誰も信じられなくなりそうだったけど、でも、一晩寝ずに考えて、それでさ、もう見て見ぬ振りしようかなって思ったんだ。私はやっぱり、あなたを失いたくなくて、友達としてのAさんをね、だから全部無かったことにしてさ、現状維持しようかなって、そう思って、でもそれでAさんをまた傷つけて…でも今はもう怖くなんかない。ただ私のことをそこまで思ってくれる人がいたっていうことが、それが嬉しいよ」「…本心で言ってるの、それは」「本心だよ、私は、信じて、友達でしょ」「本当に?」「信じてよ、だって…だって友達だから」あなたは急に私に縋って、「…友達だからさ、ずっと、私ってさ、意外と人に嫌われててさ、なんかぶりっ子とか言われたりなんかしてさ、中学入ってからも周りに誰も知り合いなんていなくてさ、他の友達もみんな表面上私と関わってくれてても結局さ、中には裏じゃ私をバカにしてたりする人もいて、周りからは優等生であることを求められててさ、男子とちょっと喋っただけでもあいつら付き合ってるんじゃないのとか言われたりしてさ、ずっと人が怖かった、そんな風に見えないかもしれないけど、ずっとみんなが怖くて、でもそんな中でAさんだけはさ、あの唯一私の味方でいてくれて、表向きはなんか刺々しくても私に対してさ、包み隠さず接してくれててさ、それが嬉しくて、ずっと友達でいてほしかったのに、だから友達であることをことさらに強調してみたりもしたのに、それなのに、あなたまで私のさ、友達じゃなかったって、そう言われて、それで怖くて、誰も信じられなくなったから、だからあなたにだけは友達でいて欲しかったから」「…そんな風に思ってくれてたの?私なんかを、そこまで…」「…でもね、私ってさ、嫌な人なんだよね、ちょっとさ、優越感、みたいなのも感じてた、Aさんに。ただの友達じゃなくて憧れだったから、だからAさんより優位に立ちたいとか思うこともあって、実際そんな感じになってきてる自分が嬉しかったりもして、だからずっと…ごめんね、ごめん、こんな人でごめん、…私なんかでごめん」「…気にしてない。実際あなたは私よりも優れてるから。気になんかしない」「ごめんね、でもAさんは、私なんかより本当はすごいんだよ」「…すごいはずがない、本当にすごいんだったらこんなに…こんなに悩むわけがないから。…ねえBさん」「何?」「…嫌いって言って」「えっ?」「私のことを嫌いって、あなたは存在しちゃいけないって、言って」「どうして」「…もう私は十分幸せだから。あなたにここまで思われてたってわかって、思い残すことなんてない。今はまだこれでいいかもしれないけど、いずれあなたは私のせいで不幸になる。私はずっと自分を好きになれない、ずっとあなたを諦められない。あなたがいずれ私を忘れても私はあなたを忘れられない。だから嫌いって言って、私のことを、嫌いって言って、お願いだから、私を否定して。私を人生最後に否定したのがC君であることが許せないから、やっぱりあなたに否定されて終わりたいから、嫌いって言って。存在意義はないって、お前の小説はクソだって、才能なんてないって、言って、そうすればあなたの私より優位に立ちたい欲求だって満たされるだろうし、言って」「…そんなこと言えない」「どうして、私の最後の頼みだから、聞いてほしいのに。もう修学旅行が終わったらあなたと話す機会なんてないから、これで最後だから」「…自己中だよ」「…」「私はさ、あなたに憧れてたって散々言っててさ、唯一の友達だったって、そう言ってるのに…どうして、どうして私の気持ちはさ、考えてくれないの、私のために生きてるつもりかもしれないけど、でも全然私のことわかってないよ。私にはあなたが必要なんだよ。存在意義がないなんて絶対に言えない、あなたがいることが幸せだから、だからさ、ずっと一緒にいようよ。私はあなたに生きていてほしいから。他の誰があなたを否定してもさ、私だけは否定しない、だってできないから、才能がなくたって小説書けなくたって数学で27点取ってたって冷笑家だって関係ない、私にはあなたが必要なんだよ、だから、生きていてほしい、私のために」「…そんなこと言われたら、私はもう、本当にあなたがいなきゃ生きていけなくなる、ずっと一緒にいるなんて不可能なのに、もうあなたのことしか考えられなくなる」「それでいいよ、もうそれでいいから、それも受け入れるから、だから生きてよ、どうして、どうして自分を大事にしてあげられないの」「…それでもやっぱり、私はそうはできない。自分を大切にしたい。自分を大切にしたいからこそ自分を終わらせるんだから、だからごめんなさい、でも私はこれからの人生を生きていける自信がないから、これからずっと長い人生を生きていけるほどの力を自分に見出せないから、やっぱりあなたを裏切ることになる。今度は自分のためだけにそう思えるようになったから。だから、言ってほしい、私をそこまで思ってくれてるなら言ってほしい、嫌いって、私を否定して」「…嫌だよそんなこと」「…私のために」「…言えない」「どうして」「…だってそれって…都合のいい自殺の理由をさ、私に求めてるだけじゃん、私は…私は偶像じゃない、私を見てよ」「…」「私の目を見て、私の目をちゃんと見て、私自身をさ、見てよ、私は偶像じゃない、私は人間だから、あなたの全てじゃない、私は私、あなたはあなただから、だからもうやめて、私なんか好きにならないで、もうあなたは自分をもっと大事にして自分のやりたいことやって自分の思い通りに生きなよ、なんで私なんかに縛られなきゃいけないの、私なんか、私なんかもうどうでもいいって思ってよ、どうでもいいって言ってよ、私のことなんてなんでもよくて自分は自分だってさ、そう思って、それで生きてよ、私のためにも、自分のためにも、生きてよ、なんでそんな自己中なことしか言えないの、バカ、Aさんのバカ」「…」「…」「…生きてていいの?私は、こんな私は、この世界に、生きてていいの?」「生きてていいんだよ、生きてていいから、あなたが存在してる世界が私にとっても幸せなんだよ、だから生きててよ」「…ありがとう、私なんかにそんな風に思ってくれて、そう言ってくれて、ありがとう、私の…」「もういいから、もう明日からさ、また一緒に過ごしてさ、それでさ、また一緒に暮らそうよ、卒業してからも連絡取ったりなんかして、そうすればもう一生離れることなんてないでしょ、そうしようよ、私が…私がさ、唯一本心を明かせる他人はさ、あなたしかいないんだから、優等生なんかじゃない、本当の私をわかってくれて、私と一番似ていて、私の気持ちもわかってくれるのは、あなたしかいないから、あなたのことは、あなたのことは私が一番わかってるから」「…ありがとう、そう言ってくれて、私は…私はもうこの上何もいらない、私はあなたがそう言ってくれて、もう何もいらない、ありがとう、さよなら」「どうして、どこいくの、待ってよ、ねえ、私の話聞いてよ、なんで、なんでそんなこと」「私は…あなたと生きていたい。あなたの顔をまた明日から見て、あなたと一緒に生きていたい。あなたと…だから私は死にたくない」「じゃあそうしようよ、なんで私の話聞いてくれないの」「私は…私のために生きるから。私のために生きるから、だからそうする、私のために生きるってことは自分を終わらせることだから。私に将来の希望なんてない、やりたいことなんて何もない。実はあれからまた小説なんか書いたりもしてみたけど、でも自分で読んでて碌なもんじゃないなって思える。やたら文体を手を替え品を替えしてるだけの駄文、それでしかない。もう私に生きる意義なんてないから、だから最後の我儘で、あなたを裏切ることになる」「じゃあ私のためだけに生きてよ!自分のために生きたらそうなるんだったらさ、私のためだけに生きてよ、私はあなたが死んだら生きていけない、私はあなたのために生きていたいから、だからあなたも私のために生きてよ、だから、お願いだから、私がこんなに頼んでるんだから、そうして、もう自分を卑下しないで、私のためだけに生きて、私とずっと一緒にいて、私のものでいて」「…そんなこと、そんなこと言われたら、私はもう…私はもう、もうダメだから、ごめん、ごめんなさい、傷つけてごめんなさい、そんな風に思われてたらもう私は…私はもう…」言葉が出ないくらいの気持ちになって、あなたに抱きついてしまった。「もう、いいよ、もう言わなくたってわかるよ、Aさんの気持ちは、もう、だからさ、生きてよ、お願いだから、私のために」「…ありがとう、そんなこと言ってくれて…夢を見てるみたい、私は今すごく幸せ、あなたが…あなたがそんな風に思ってくれてて幸せだから、もう…もう他に何も望まない、あなた以外にもう何も望まない」「うん、そうだね、私は…嬉しいよ、Aさんがさ、自分の思ってること全部言ってくれたのが、これで本当に、本当にあなたのことをわかった気がする」「…」
しばらくして私たちは再び部屋へ帰り、やがて今度は本当に安らかに寝ることができた。
ああ、ずっとこんなことの繰り返しならどんなに良かったことか、とりとめのない言葉をあなたと交わして次第にすれ違ってぶつかって苦しんでしばらくした後に泣きながらお互いの気持ちを吐露して仲直りする、また前と同じパターン。こんなことじゃ、こんなことじゃいけない、こんなことであなたが幸せになれるはずがない。私が存在していて、このまま同じようなストーリーをいくらでも増産し続けて、あなたが幸せであるはずがないのに、こんなものは、もう終わらせなきゃいけない。あなたも、それを知っているはずだから、知っていて見て見ぬふりをしている、そうでしょう、私は、私は幸せになったらいけない。あなたのために、私は幸せになってはいけない。だから、私はどうしても終わらせなきゃいけない、全てを、全てを私自身の手で、この手で。




