十五
「…ねえ」「何?」「月がさ、綺麗だよね」「そうだね」「夜になってさ、また晴れて良かったよね」「うん」「私さ、前にさ、Aさんと話して、あの日も確か雨降ってたけど、その時にさ、Aさんが言ってくれたこと、覚えてる?」「…」「辛いことがあったらいつでも相談していいから、その代わり私も相談するねってやつ」「…覚えてる」「私さ、Aさんのことを友達だと思ってるから、他の誰にも言えないけど、Aさんにだけ言っちゃうんだけど…」「…」「私ね」「うん」「あのね」「うん」「…」「…」「…私ね…好きな人が、さ、いるんだよね」「…」「それでさ、その人とさ、なんというか…もっと仲良くなるためにさ、どうしたらいいかなって、思ってるんだけど、でね、なんで今こういう話するのかっていうと、これはね、Aさんにも関係のある人のことだからなんだけど」「…」「それでさ、…」「誰?」「えっ?」「誰のこと?」「それは…言いづらいけど」「…」「…あのね、」「うん」「私は…」「うん」「怒らないでね」「うん」「あの」「…」「…C君なんだよね」「…」「…」「…どこが、どこがその…そういう風に思わせるの、あなたを、C君のどこが」「…まずさ、頭が良くて、公立のさ、一番いい高校に行けるくらいらしいし、それにあの…性格も一見すると悪そうだし変だけどでも…本当は優しいんだよ、背も高いし、176とかだし」「…数学は?」「えっ?」「数学できるの、C君は」「…できるんじゃない、97点取ったらしいよ、2年の学年末で」「…そっか」「…なんで泣いちゃうの」「…それを私に聞かせて、聞かせてどうしたいの?」「…あのね、私はAさんと長い付き合いだからわかるんだけどね、Aさんってさ…C君のこと好きなんでしょ」「…」「答えないってことは、そういうことなんだよね」「…」「あのさ、私さ、ずっと薄々気づいててさ、最初はさ、あの私なんかよりAさんの方がC君には合ってると思ったからさ、Aさんに気づかれないままにさ、この気持ちを終わらせようとしたんだけど…でもAさんになんか気づかれちゃったみたいで、最近辛そうにしてるからさ、あと大切な友達に何も言わないっていうのも悪いし、だからもう言うなら今日かなって思ったんだけど」「…何もわかってない」「えっ?」「…前に言ってくれたよね。私に憧れてたって。私の本当の友達になりたいって、でも…何もわかってない」「…何が」「私がC君に対して他と違う感情を抱いてたのは事実だけど、でもそれは嫉妬とかであって恋愛なんかじゃなかった。それは断言できる、あの人に嫉妬したことはあっても恋愛感情を抱いたことなんて一度もないって」「…そうなの?」「私は、恋なんて抱いたことがないから。誰にも、でも…愛してる人なら一人だけいて、でもその人が私に対して何も思ってないっていうのは十分わかってた、そして最近それを再確認して、だからずっと辛かった」「…それはさ、誰なの」「…言えないけど」「…言ってよ、友達じゃん」「…」「…無理に言わなくてもいいけど、じゃあさ、C君のことは本当に何でもよくて、私がさ、C君ともっと仲良くなりたいとか言ったら、応援してくれる?」「それは…できない」「どうして」「だって…」「…私たちさ、友達じゃん、だからあんまりさ、隠し事とかしたくないなって、私は思うんだけど」「…どうしてそんなに友達って言葉を軽く使えるの?」「…えっ?」「すぐ友達友達って…友達を拡大解釈してる。友達っていうのは、そんな言いたいことがなんでも言えるような間柄でもないしそんな風に乱用していい言葉じゃない。それに…私は…あなたを友達だと思ったことはない」「…どうして」「会ったばっかりの頃は確かに友達だったかもしれないけど…でも今はもう、あなたを友達だなんて思ってない。友達だなんて…思えるわけがないでしょ、あなたを」「…それってさ、やっぱり…嘘だったってこと?私をさ、憧れてるとか、仲良くなりたいとか言ってくれたのって…全部嘘だったの?」「違う」「じゃあ何なの、Aさんはさ、今まで私をさ、バカにしてたの?」「そうじゃない」「そうじゃないなら何」「私は…」「うん」「…」「急に抱き付かないでよ、何が言いたいのAさんは、私に」「あなたは…」「うん」「あなたは私の…」「うん」「…」「早く言ってよ」「私は…」「うん」「私はあなたが好きだったから」「…えっ?」「…変な意味じゃないけど…でも言葉に押し込めるなら好きとしか言いようがないような感じで、ずっと好きだったけどあなたが私に対して友達以上の何者をも思っていないことも知っていて、それはずっと弁えてて友達として過ごしていこうと思ってたけど、でもあなたがC君と関わるたび、あなたがC君に対してなんらかの感情を抱いてるんじゃないかと思うたび、ずっと辛くて耐えられなくて、だから…結局耐えきれなかった」「…私のことを、いままで、そういう目で見てたの?」「違う、私はあなたのことを親友だと思ってたから、それとは別のベクトルにこういう感情もあって、知ってる?友情と愛情って、両立できるから」「…そっか、そうなんだよね、実は薄々さ、私もね、ちょっと気づいてはいたんだけど」「そうだったの?」「私に対してAさんが何か重い発言をするたびにさ、もしかしてそうなんじゃないかななんて思ったりして、でもそんなわけないって見て見ぬふりをしてた」「…そっか、バレてたんだ」「…今までずっと辛かったんだね、私が気づいてあげられなかったせいで、ごめんね、本当にごめん」「…」「でも…私は…私は…傷つかないで欲しいんだけど、私は…」「…」「私は、あなたの気持ちには…」「言わなくていい、わかってるから、そんなことわかってる、ずっと知ってるから、お願いだから言わないで」「…でも」「言わないで、それを言われたら私は生きていけない、知ってるけど、でも事実として受け入れられない、あなたが、あなたにそれを言われてしまったら私はもう生きられない、もう死ぬしかないから、言わないで、お願いだから言わないで、本当に、言わないで」「…どうすればいいかわからないよ、私は、だってこんなことさ、初めてだし」「…ごめんね、気持ち悪い事ばっかり言って」「別にいいけど、でも私は…私なんかより、もっといい人がいるよ、世の中には、もっとさ、いるんだよ、私なんかより」「そう。あなたよりいい人なんていくらでもいる。でも私にはあなたしかいない、どんないい人だろうと悪い人だろうと関係なくて、私にはあなたしかいないから」「…でも私には、その気持ちに応えられない。Aさんのその気持ちに、応える力がない」「…どうして言うの?言わないでってあんなに頼んだのに、どうして」「…諦めて欲しいから、私のこと」「できるわけないでしょ、だってもう小さい頃からずっと一緒で思い続けてきたのにそれを諦めろなんて、勝手すぎるから、そんなことできるはずない」「…でももう私なんか好きになったっていいことないんだよ、そんなことじゃAさんが幸せになれないんだよ、私はAさんに幸せでいて欲しいのにさ、私なんか好きでいたら幸せになれない」「…幸せだから」「えっ?」「あなたに私の気持ちに応えてほしいなんて思ったことないから、私があなたと友達でいられて、あなたが幸せに生きられているだけでそれが私にとっての幸せだった。だから今までずっと幸せだったのに」「…私が好きな人なんて明かしたから、幸せじゃなくなっちゃったの?」「違う、別にAさんに好きな人ができようができまいが私は許せた。でも…その相手がC君であることが許せなかった」「どうして」「あいつは…あいつはこの世界に存在しちゃいけない、冷笑ばっかりして人と中身のない言葉で駄弁ることと小馬鹿にすること以外になんの能もない人間の屑が、あんな奴が、あんな奴がこの世の中に存在してちゃいけない、Bさんは誤解してる。あいつはそんなに優れた人間じゃない」「…何もわかってないよ、C君のこと」「わかってる、あいつのことはわかってる、あいつは…私と同じだった。そう、私こそがそれだから。冷笑ばっかりして人と中身のない言葉で駄弁って他人を小馬鹿にしてる存在しちゃいけない人間、それが私。Bさんは私のことをすごいなんて言ってくれたけど全然すごくなんかない。知らないだろうけど、私、数学苦手なんだよね。小学生の頃は好きだったのになんか中学入ったあたりからつまずいちゃって、苦手教科になっちゃった。一回27点とか取ったことあるんだよね、でもC君は違う、あいつは90点台取ってる。それだけじゃない、あいつは私と同系統な人間のくせに全てにおいて私に勝ってて、そして私を小馬鹿にしてる、私はあいつが許せない、あいつがこの世に存在してることが、のうのうと生きてることが、あいつがBさんに好かれてることが、Bさんがあいつを選んだことが、あいつが、あいつの存在そのものが許せない」「…落ち着いて、落ち着いてよ、そんなこと言わないで」「あなただって例外じゃない。私はあなたのことをただ好きなんじゃない。恋なんかじゃない。私はあなたのことも嫌い。私より優れててそれでいて私に似ていて、ずっと私より優位に立ち続けたあなたの存在が許せない、あなたさえ、あなたさえいなければ私は幸せに生きられたのに、あなたさえこの世に存在しなければ」「どうしてそんなこと言うの、どうして」「私さえ…私さえいなければきっとみんなもっと幸せであなただってもっと幸せに生きられてC君と一緒に生きられたんだろうけど、でも私はそれが許せない。あなたがあいつの手に渡ることを考えただけでも吐き気がして、他の人だったらどうとも思わないしむしろ祝福したいけど、でもあいつだけは、あいつだけは許せない、あいつとだけは絶対に認めない、あいつがBさんに対して汚れた目線を向けることが許せない、神聖なあなたを汚すことが許せない、もしあなたが私と縁を切ってまであいつと幸せになることを選択するんだったら私はあいつを殺す、あいつを殺して自分もいなくなる」「…私はさ、Aさんを友達だと思いたいんだよ。Aさんにとっての私がなんであろうと、私にとってあなたは大切な友達なんだ。だから、お願い、そんなこと言わないで。私は、これ以上そんなこと言われたら耐えられないから、もうやめて、お願い」「…ごめん、あなたの気持ちも考えないで自分勝手なことばっかり言って、ごめん、ごめんね、嫌いにならないで、お願いだから嫌いにならないで」「…また友達に戻ろうよ、明日から、私はそうしたいんだよ。Aさんは辛いかもしれないけどでも、私は、友達に戻りたい」「…わかった、ごめんね、変なことばっかり言って、気持ち悪かったよね、ごめん」「…それでさ、C君のことなんだけど」「あいつの名前を口に出さないで!あいつの名前を出されただけで私は、その名前がその口からその声でその喋り方で発せられるだけで死にたくなるから、やめて」「…あの人のことなんだけど、私はやっぱりあの人のことが好きなのには変わりないから、それだけは、それだけは知っていてほしい」「わかった。それは知っておくけどでも認めない、あんな奴認めない、そんなこと認めない、それを認めるくらいなら死んだ方がマシ」「死ぬなんて軽々しく言わないでよ、あなたが死んだら悲しいよ」「嘘つかないで、全然悲しくなんかないくせに、私が死んだら数日は悲しいかもしれないけどそのうち私のことなんか忘れて幸せに生きていくくせに勝手な嘘つかないでよ、そういう嘘つく人が一番嫌い。この世の中であなたが一番嫌い」「だから言わないでって言ってるじゃん、そんな言葉、もうやめようよ、部屋に帰ろうよ」「私は…でもあいつのことが、あなたが幸せになるためにあいつは必要じゃないから」「どうしてそんなこと言えるの?だってさ、私の本当の気持ちなんて知らないじゃん、それなのになんでさ、そんなこと言えるの」「だってあいつを認めたくないから、あいつだけは、あいつだけは認めたくない、あなたには幸せになって欲しいけどでもあいつだけは許せない」「…もう黙って。私だってずっと優しいわけじゃないんだよ。言ったよね、実は結構性格悪いってさ。本当のこと言ってあげようか、あなたに対してさ、結構もう怒ってるんだよ私。これ以上言われたらもう、あなたを友達だと思えなくなる。友達として思えなくなるから、もう黙って、私に甘えないで」「ごめん、ごめんなさい、私が悪かったから、ごめん、甘えちゃって、ごめん、嫌いにならないで、嫌いにならないで私のこと、そんな風に言わないで、やめて、嫌いになられたらもう私は生きていけない、ごめん、謝るから、もう二度とあんなこと言わないから、やめて、嫌いにならないで、お願いだから」「…謝るんじゃなくて口閉じてって言ってるんだよね」「どうして、私は謝ってるのに、どうしてそんなこと、やめて、そんな目で見ないで、嫌いにならないで、お願いだから嫌いにだけはならないで、別に友達でいいから、応えてもらわなくていいから、もう友達じゃなくてもあなたが望む関係性でいいから嫌いにだけは、そんなこと言わないで、私は、私は」「嫌いにならないよ。ならないから、ならないからもう、落ち着いて、落ち着いてよ、部屋に帰ろうよ」「…ごめんなさい。私はやっぱり、この世界に生きてちゃいけない」「いいよもう、いいから、自分を責めないでさ、もっと自分を、好きになってあげなよ、ずっとそう言ってるじゃん、どうして自分を好きになってあげないの、もう落ち着いて、もういいんだよ。もう苦しまなくていいから、私はずっとあなたの味方だから、ずっと友達だから、落ち着いて」「…本当?」「うん、約束する」「そう、嬉しい、そういう風に言ってくれて。ごめんなさい、気を使わせて、甘えてごめんなさい」「もういいよ、ほら、部屋に帰ろう」「…うん、ごめんね」「謝らなくていいよ、もう十分だから」「ごめんなさい」「ほら、明日の朝早いから、もう戻ろう、それでさ、また友達になろう。いつも通り、友達のままで。そうすることがさ、そうすることが私にとっての幸せだから。」




