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これまでの俺

 自慢ではない。

 昔から勉強や運動、それ以外にも音楽や家事など人より頭一つ二つといわず、三つ四つくらい抜きんでていた。

 どうしてかはいまいち自分自身でも理解できていないが、勉強は授業を受ける前に教科書をみれば大体理解できたし、運動なども誰よりも動くことができたので学生の頃は運動部の奴らによく勧誘されたものだ。


 音楽は楽器も教えてもらえば大体演奏できたし、家事なども幼い頃からほぼ一人暮らしのようなものだったからできた。

 見た目も悪くないどころか美形の部類だろう。

 背もそこそこ高く、涼やかなアイスブルーの瞳とアッシュブラウンの柔らかい髪。


 ここまで言うと、本当にただの自慢にしか聞こえないが事実であるので訂正はしない。




 だが、一見神様の恩恵まみれに見えるであろう俺は、人に恵まれることに関しては世界一底辺であると言える。












「ねえねえ、キョウちゃんお願いだよー」


「嫌だと言っている。いい加減に付きまとうのはやめてくれ」



 あと俺の名前はキョウではない。


 (かなどめ) 凛太郎。


 これが俺の名前。

 中学の頃、誰が言い始めたかは知らないがどこからともなく出てきたその呼び名。

 大学生になってまで周りで俺のことをそう呼ぶ奴が多い。

 むしろそれしか呼ばれてないかもしれない。


 いつからかそう呼ばれ始めたその呼び名は、俺は死ぬほど大っ嫌いで。

 何故なら、その呼び名は決して愛称とは言えないからだ。



「いいでしょー? ちょっとだけだから!」


「何度言われても飲み会には参加しない。いい加減迷惑だ」


「……っち、お高くとまってんじゃねーぞ」



 友人でも何でもない男が、そう捨て台詞を吐き捨てて何処かへ去っていく。

 大学に入ってから初めてではなく、何度もこういう類の誘い言葉を声掛けられてきたが、毎回断っている。

 誘ってくる奴は完全に俺の顔か身体が目当てか、俺を利用して女を集めたいだけだからだ。









 昔から、俺は人に恵まれなかった。

 まずは両親。


 両親ともに日本人で黒髪黒目なのに、俺はそんな両親と違う色を持って生まれてきてしまった。


 明るいアッシュブラウンの髪にアイスブルーの瞳。


 まず最初に、父は母の浮気を疑ったという。

 両親が大喧嘩の末、俺の遺伝子調査をしたところ俺は完全に両親の子供であった。


 どうやら母方の祖母、つまりは俺の曾祖母が外人で綺麗なブロンドとブルーの瞳をしていたそうで、俺は隔世遺伝らしい。

 これで一件落着かと思われたが、そうはいかず。

 その大喧嘩がきっかけで、両親の仲に溝ができてしまったのだ。


 両親は俺が生まれるまでは、それこそ大きな喧嘩も小さな喧嘩もしたことがないくらい仲が良かったらしいのだが。その大喧嘩の際の態度や話し方がお互い許しきれないものがあったらしく、それ以降は小さなことでもいざこざが絶えなくなってしまうほどで。


 それに加えて、俺が成長するにつれて周りとは違う異常な成長をしていったことが、両親の仲にできてしまった溝を深くした。


 父は、喧嘩が絶えなくなってしまった母に愛想を尽かし。

 自分にも、母にも似つかない周りと異なる成長をする俺が気味が悪くなったのもあるのかもしれない。

 遺伝子検査ではっきりと俺が自分の子供だと解ったはずなのに、やはり自分の子ではないのではないのかと不信感を抱いたことにより、俺が三歳になる頃には家を出ていった。


 まあ、というのは建前でよそで愛人ができたから出ていったと聞いている。


 母は、最初は俺のことを可愛がってくれたと思う。

 しかし、俺が周りとどんどん異なっていくことに、父と同じで気味が悪くなっていった母は俺のことを嫌厭した。

 そうして、俺が小学校二年目になる頃には、母も俺を育てることを放棄したのだ。

 母にも、今は別の男がいるらしい。

 そうなれば、離婚でもなんでもすればいいと、普通であればだいたいの人間がそう思うだろう。

 だが、父と母は俗にいう政略結婚というやつで、両親や親戚連中は世間体を気にしてそれをよしとはしなかった。


 俺は小学二年生にして、世話役のばあやや送り迎えをしてくれる運転手を除いて、一人でだだっ広い家に暮すことになったのだ。


 両親は、というより特に父が世間体を気にして、俺が今年で十九歳になるこれまでの生活費や大学までの学費など、金銭面で必要なことは与えてくれた。そこはたとえ身近で育ててくれていないとはいえ、感謝すべき点だと普通なら思うだろうが。

 俺からしてみたら父の顔はほぼ覚えていないし、母の顔も朧気なので、俺は両親がいないものと思っていて感謝の気持ちなんてものはあまり湧いてこない。

 とても、薄情で親不孝な子供に育った自覚はある。

 でも、生まれてから今までの環境が俺をそうさせてしまった。








 じゃあそれ以外の周りの人間はどうなのかというと、俺は見た目が良かったので小さい頃から女子にも男子にも、それはそれは良くモテた。

 これを聞くと、それは人に恵まれていないとは言えないのではないか。と思われるであろうが、そうではないと言っておく。


 好かれると言っても、いい事ばかりではない。

 例えば、まだ俺が小さな幼稚園の子供だった頃。同年代の子供達はよく俺をめぐって言い争いを始め、挙句の果てには手や足を出してしまう事がしょっちゅうであった。

 幼稚園の先生は、そんな子供達を毎回宥めるのが大変であったであろう。

 そんな中心にいる俺を先生たちは腫物のように扱い、子供達の親はそんな異常な光景をみて自分の子供達をできるだけ俺に近づけないようにしていた。


 俺自身もそんな周りに辟易し、なるべく周りと関わらないようにと、子供の頃から周りから孤立していくのは仕方の無い事で。




 だが、それがいけなかった。






「――君、ひとり?」


「え?」






 それは幼稚園での遠足の時の話。

 普通なら全員が楽しむ遠足だ。

 本当ならば仲良く皆で和気あいあいとするはず。

 だが、お昼のお弁当の時間になると俺と食べたいと、普段俺に近づかないように注意してくる親の目がない子供達は、俺を取り合って争い始めてしまった。


 子供とはいえ醜く争い合うの見た俺は、そんな周りの変貌ぶりが怖くて嫌で、その場から走って逃げ出したのだ。


 先生が離れないようにと、注意する声がその時に聞こえたが、俺は言うことを聞かずに目の前の恐怖から全速力で走り逃げた。

 そうしてしばらく走り、息が切れてきたところで足を止めると、知らない男から声をかけられたというのがその時の状況で。






「……う、うん。みんなが怖くて」


「そうなんだね」






 じゃあ、おじさんの所においで。


 男はそういうと、にやりと気味の悪い笑みを浮かべて俺の手を握り、引っ張りながらどこかへ歩きだしたのだ。

 俺は、その男の笑みや触れられている手が気持ちが悪くてゾッとしたのを今でも覚えている。

 無理やり強めの力で引っ張られながら歩くので、足がもつれて何度もこけそうになるし。

 明らかに、幼稚園の皆と違う方向に向かうその男に恐怖した俺は、大泣きし激しく抵抗した。



「ぅ、うわぁぁあああん!!!!」

「ちっ! 大人しくしろ!」

「凛太郎くん!!」

「くそ!」



 激しく暴れて泣きわめいている俺と、見知らぬ不審な男を見つけた幼稚園の先生は、大慌てで駆け付けてくれて。

 不利な状況に陥った不審男は、俺の手をすぐさま離して一人走って逃げていった。

 その後、幼稚園の先生は俺を保護して、すぐに警察に電話したことにより、楽しむはずの遠足は大騒ぎで終わってしまったのだ。


 だが、その事件はすぐには解決とは至らず、不審男は捕まらなかった。

 がしかし、またしばらくして再び俺の周りをうろちょろしているところを、まだ捜査を続けていてくれた警察に捕まったのだ。


 どうやらそいつは、小さな男の子が好きな気色の悪い変態だったらしく、前から俺のことをずっと狙っていたらしい。

 当時の普段の俺は、幼稚園から家まで必ず母の送り迎えがあり、友達という友達もいなかったので一人で出かけることもしなければ家から出ることもしなかった。

 なので、男は俺を攫う機会をずっと遠くから窺っていたが、痺れを切らして近くで様子を窺おうとした所を捕まったというわけだ。

 

 今思っても気持ち悪いにもほどがある。


 それからというもの、何かと攫われそうになったり襲われそうになったりする俺を、その頃はまだ少なからず心配してくれていた母が護衛兼送り迎えの専属運転手を付けたのだ。

 それにより更に俺が一人になることはなくなり、事件に合う回数は減った。








 だが、俺が人に恵まれない度合いはこれだけにとどまらず。

 やはり小学生に入ってからも男女とわずモテていたのは変わらなかったが、今度は妬み嫉みが入り混じった欲望をぶつけられることが多くなっていったのだ。


 その時期からが、虐めと言う名の暴力の始まりで。

 それはもう色々とやられましたとも。

 説明するのがめんどくさくなるくらい。


 虐めが鬱陶しくて、男女の妬み嫉みはもう、うんざりと思った俺は、男子校に通えば女子がいなくなる分、半分くらいは負担が減るかと思い中学高校と男子校に通ったがその選択は考えが甘かった。


 男子校に通ってもモテることは変わらなかったのだ。

 しかもたちが悪いのが、成長して思春期に入り余計な知識をつけた男達は、俺のことをあわよくば抱こうと邪な目で狙ってきた。





「す、好きです! 付き合ってくれ!」

「ごめんけど、俺は君のことを知らないし付き合わない」

「でも、これから知ってもらえれば!」

「知って俺に得するとは思えない」





「君なら僕に相応しいと思うんだ。ぜひとも僕の隣にいてくれないだろうか」

「相応しいも何も俺が先輩の隣にいて何が相応しいのか意味が解らないのでお断りします」

「はは、恥ずかしがっているんだね。恥ずかしがらなくてもいいよ」

「恥ずかしい? そちらの勘違いの方がよっぽど恥ずかしいと思いますけど。用がこれだけならこれで失礼します」





 同級生から告白されるのも、上級生から告白されるのも、後輩から告白されるのも、嫌なことに慣れてしまってきてはいたが。





「はあ、はあ、ねえ解っているんだよ僕は。君が僕のことを熱く見つめていることを」

「気のせいです先生。気持ち悪いです。帰りますね」





 まさかの教師まで言い寄ってくるのは、心底気持ちが悪かった。


 もちろん、その教師は教育委員会に報告させてもらった。


 俺のせいで中学高校の教師は何人か変わったことがあるし、言い寄ってくる生徒はことごとく冷たくあしらった。

 そんな俺の態度に苛立って手を出そうとしてきた奴には、持ち前の運動神経で逃げたり今までの経緯で護身術を習っていたので、それを活かして正当防衛をさせてもらいましたとも。


 そんな俺についたあだ名は『氷の薔薇』。


 一人孤立して誰に対しても冷たく、美しいのに薔薇のように棘を持っており瞳の色も氷のようだということでこのあだ名らしい。

 全くもって気に食わないあだ名である。


 周りの奴らが使う『キョウ』という名はそれの隠語のようなものなので、大嫌いなのである。






 そして現在、大学入学して、俺は今年で十九になる。

 大学に入ってからも男女問わずモテることは変わらず。


 生まれてこの方、両親以外の奴は俺の見た目やステータスなどばかりみて、俺自身の中身と面と向かって向き合ってくれる奴は現れなかったし。

 両親は両親で俺を嫌い家を出ていったし、本当に俺の人生において人に恵まれるということがなかったのは、これまでの話で大体わかってもらえただろう。


 ただ、世話役のばあやと護衛兼運転手だけは俺に比較的普通に接してくれていたと思う。


 ばあやは俺が聞いたわけでもないのに、これまでの俺の生い立ちや両親のことなどをぺらぺらと話して、お喋りと噂好きで口が軽いのが玉に瑕だなのだが。

 そこを見ないふりをすれば、俺の代わりに家のことを尽くしてくれていたし、嫌悪の目などは向けたりしてこなかった。


 護衛兼運転手はとても無口で無愛想だったが、俺に護身術を教えてくれた先生でもあるし、これまたばあやのように嫌悪の目や好色の目など向けてきたことはなかった。


 俺にとってそれだけが救いだったと言える。











「……まだかな」



 大学の門前でいつもの迎えを待っていると、一人二人には声をかけらるのが常なので、声をかけられないように護衛兼運転手にはいつも帰宅時間前には迎えに来てくれるよう頼んでいるのだが……。

 今日は珍しく、いつも待ってくれている車の姿がなかったので俺は門前で待ちぼうけをしていた。

 時計を見ると約束の時間はだいぶ過ぎていて。


 何かあったのだろうか?


 珍しい事態に心配して、内心そわそわしているとそれは聞こえてきた。












 ――――――みつけた。












「……ぇ」












 ――わたくしの愛しい子。












 聞いたことがない、美しい楽器のような声が聞こえたと思ったら、突然目の前に光の粒が降ってきた。

 突然の眩しさに思わず目をつぶったが、瞼を震わせてゆっくりと目を開いてみると、そこにいたのはとても言葉では言い表せられないほど綺麗な人が浮かんでたのだ。


 そう、()()()()たのだ。






「はい?」






 浮いている人なんて見たことがないので、とりあえず頭が真っ白になるしかなかった。

 そんな呆けてる俺をとても慈愛のこもった瞳で見つめる綺麗な人は、口元に弧を浮かべてゆっくりと口を開いて川の流れのように語りだす。














 ――帰りましょう。愛しい子。














 そう言うと、綺麗な人は大きく広げた腕で俺を優しく包み込んだ。

 その腕の暖かさに何故か、すでに枯れたと思っていた涙が出そうになったが、そのことに気づいた時には俺の目の前はぐるりと渦を巻き世界が反転していた。













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