表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

15.ルーファスの婚約者としての夜会

バトラントの建国記念日がやってきた。この日に合わせて各国からは大勢の賓客が訪れており、その中にはチェズニ皇も含まれていた。

式典の後の夜会、アリシアはバトラントの公爵令嬢としてではなく、フリエール王太子ルーファスの婚約者として出席することになった。

王宮に到着したアリシアは兄アシュリーの手を借りて馬車を降り、会場の入り口でその身をルーファスに引き渡された。

「妹を、お任せします」

アシュリーはそう言いながらもアリシアの手を離そうとはせず、ルーファスを厳しい目で見つめている。

ルーファス、ユーリェ、そしてアリシアの三角関係は社交界を賑わせており、アシュリーが言うところの『くだらない話題』に分類されるこの噂も、さすがに彼の耳に届いていた。チェズニ皇女を穏便に退けることが難しいというのはアシュリーにも充分すぎるほどわかっていた。だとしても大切な妹が矢面に立たされているこの状況を、彼は許せないのだ。

「わたしがアリシア以外を愛することはありません」

ルーファスはアシュリーの怒れる視線に臆することなくそう言った。それは貴族にとってなんの価値もない愛を語ったに過ぎず、それでは大国チェズニからアリシアを守ることはできない。だとしても今、この状況でルーファスがアリシアに与えられる唯一のものであり、何よりもユーリェが欲しがっているものでもあった。

アシュリーは暫く瞑目していたがやがてアリシアの手を離し、ルーファスに彼女を預けると、自分は先に会場へと入っていった。


「フリエール王国ルーファス王太子殿下、並びに、ご婚約者ノーマン公爵令嬢アリシア様のご入場です」

高らかな呼び出しの声で人々の注目が集まる中、ふたりは会場に入る。真っ先にアリシアの目に飛び込んできたのは上座にいるチェズニ皇とその隣に佇むユーリェであった。

彼女は明らかに面白くない顔をしている、方やチェズニ皇はなんの感情も読み取れない顔、いや、やや口元が笑っているようにも見える顔をしていた。


ルーファスはバトラントの王に祝いの言葉を述べ、それから各国の首脳陣と挨拶を交わす。

「ルーファス王太子殿下、お久しぶりでございます」

彼に声をかけてきたのは、フリエールと貿易上の関わりが深い国の王弟である。

「お久しぶりです、今年は豊作が予想されているそうですね」

「おかげさまで天候に恵まれまして、貴国への輸出量は確約いたします」

「それはありがたい、陛下にもそう伝えましょう」

「ところで、そちらのご令嬢は?」

そこで話題がアリシアへと移った。いや、彼の狙いは最初からこれだったのだろう。今、アリシアは図らずも時の人だ。

「わたしの婚約者、アリシア・ノーマンです」

ルーファスの紹介を受け、アリシアは淑女の礼をする。

「ノーマン公爵が娘、アリシアでございます。以後、お見知りおきを」

アリシアは彼らと同じく国際的な標準語で応じてみせた。このような公式の場では、国家間の優劣をつけさせない為、日常の言語とは違う、特別な言葉を話すことがマナーとされている。

この言葉は公の場で、しかも限られた人たちの間でしか使用しない為、学ぶには向いていないものであった。王家に属するのであれば、この言語は必須であるのだが、これを自在に操れる貴族は高位の中にもそれほどの数はいない。アリシア自身は下位貴族との婚姻を望んではいたが、公爵令嬢の義務として彼女はこの言語を習得していた。

ルーファスがアリシアに目を付けたのはこの言語の存在も大きかった。出会った頃のアリシアは完璧ではなかったが、このまま学習を続けていけばものになるだろうという予測は簡単につくほどのレベルだった。

各国の王族が相手探しに苦戦する理由の一つにこの言語を挙げるほどの難解な代物を、ほぼ使いこなしている、しかも自分と年齢も家格も釣り合うアリシア。

意外にロマンチストなルーファスは、彼女との出会いを運命だと感じ、アリシア・ノーマンを自分の妃にすると決めたのであった。


王弟は、アリシアの完璧な発音に少しばかり目を見開き、それからルーファスに向かって、

「良縁に恵まれたのですね、羨ましい限りです」

と、目を細めた。

「シアはわたしにとってかけがえのない存在です、きっと幸せにしてみせます」

ルーファスはそう言ってアリシアにとろけるような視線を送り、彼女の手を取ると指先に口づけをした。

今までのアリシアならば、ルーファスの愛情表現に恥じらいを見せ、逃げ出そうとしただろうが、彼との永遠を誓った今はしっかりとそれを受け止めた。

「いつまでもエゼル様のお傍においてくださいませ」

少し顔を赤らめながらもそう口にするアリシアは、ルーファスの愛を受け、眩いばかりに輝いている。

社交界の人々は、その様子に様々な憶測を囁きあった。


その後の夜会は何事もなく進み、ダンスの時間となった。アリシアとルーファスは婚約者らしく数曲のダンスを披露し、それは練習したわけでもないのにぴったりと息があっていて、見るものを感嘆させるほどであった。

「少しヘアスタイルが乱れてしまったわ。控室で直してきます」

ダンスを終え、アリシアはルーファスにそう言って会場から離れた。

女性がくつろげる専用スペースとして作られた控室には多くの人が訪れていた。アリシアがその部屋に入るとすぐ、公爵家の侍女が進み出てくる。

「お嬢様、あちらに飲み物をご用意してございますよ」

アリシアは侍女に案内されたソファに座りながら、

「髪飾りがずれてしまった気がするの。直してくれる?」

と言い、侍女は、かしこまりました、と請け負った。

髪を直してもらっている間、アリシアは扇を広げ、小声で侍女に尋ねた。

「様子はどうかしら?」

アリシアが言っているのは社交界の反応だ。ユーリェがルーファスに熱を上げていることは周知の事実だ。しかし、ルーファスはアリシアに夢中で、そのアリシアもこの夜会で初めて、自身も彼を想っていることを全面に出した。それに対して社交界がどう反応したか、アリシアはそこが気がかりだったのだ。

侍女は周囲に悟られぬよう涼しい顔をしながらも、言いにくそうに語った。

「アリシア様はユーリェ様に遠慮すべきだ、という声が聞かれました。ですが、ルーファス殿下のお心は決まっているのだから、むしろユーリェ様が引くべきだという意見も出ております」

「つまり勝負は五分五分というわけね」

ユーリェを強硬手段に出させてしまった原因は自分にもある、とアリシアは思っている。アリシアがルーファスへの態度をはっきりさせなかったせいで、彼女は勝機を見出してしまったのだろう。これについては言い訳のしようもない。アリシアがルーファスへの想いを自覚するのが遅すぎたのだ。

彼は最初からアシリアに愛を誓い、求婚をしてくれた。それを湾曲して受け取り、気づかないふりをし続けた自分が悪いのだ。その結果、チェズニ皇女という誰よりも高貴な女性を醜聞に走らせてしまった。これ以上ルーファスを追いかけさせてはユーリェの名誉が傷つくだけだと思い、アリシアもまたルーファスを慕っているのだと示してみせた。

沈んだ眼をしていたユーリェに申し訳なく思うアリシアであったが、自らの想いを自覚した今となってはルーファスから離れることなどできない。

アリシアは人知れずため息をつき、侍女の用意した飲み物をそっと口にした。


身なりを整えたアリシアが会場に戻ると、約束した場所にルーファスの姿はなく、彼の従者が待っていた。

アリシアに気づいた彼は礼儀正しく一礼をし、

「僭越ながら、殿下がお戻りになるまでの間、ノーマン公爵令嬢のエスコート役をお引き受けいたします」

と言った。

彼は王太子の従者というだけあって、そこそこに高い身分を持っているはずだ。このような国際的な夜会は非常に珍しく、他国の令嬢と縁付ける数少ないチャンスである。

アリシアの相手をしていて大丈夫なのかと心配になり、それを言葉にすると従者は、

「わたしはもう婚約しておりますので」

と笑った。

「婚約者がいらっしゃるのなら、なおさら申し訳ないわ」

「では、三人で殿下のお戻りを待ちましょう」

と言い、ちょうどそこへ彼の婚約者の令嬢が合流した。

「殿下より、アリシア様のお側を離れないように厳命されております。我々がお守りいたします」

従者の言葉に彼の婚約者だという令嬢も頷いた。

「ありがとうございます、でもせっかくの夜会ですから、楽しみましょう?」

アリシアは固くなった空気を紛らわせるかのようにおどけて言ってみせ、軽食を取るためにテーブルへと移動した。


三人は軽食をつまみながらフリエールの話に花を咲かせた。

「ノーマン公爵令嬢はフリエールにお見えになられたことはございますか?」

「小さいころに一度だけ、家族で訪れたことがございますわ。あまりよく覚えていないのですけれど、とても大きな時計塔が印象的でした」

アリシアの言葉にふたりは笑った。

「きっとお小さかったから大きく見えたのですね。高台にありますから高くは見えますが、実際はそれほどでもありませんよ」

「まぁそうですの?」

「ですが、おっしゃるようにあれは街のシンボルです。どこからでも見えるし、迷子になったとき、助けてくれます」

アリシアはそれにバツが悪そうな顔をしてみせる。

「そうなの、実は迷子になってしまって。あの時計塔のおかげで宿に戻れたの」

それを聞き、婚約者の令嬢は目を輝かせ、

「わたくしも同じことをしました」

と言い、それに従者がため息をついた。

「今、思い出しても肝が冷えるよ。あのときは君が誘拐でもされたかと大騒ぎになった」

「だって、珍しい外国の船があったから。つい夢中になってしまって」

ふたりの様子にアリシアは、

「おふたりは幼馴染でしょうか?」

と尋ねた。すると、従者のほうは少し照れくさそうな顔をして、

「えぇ、まぁ。彼女とは五歳のころからの付き合いです」

「そんなに?」

「付き合いが長いだけあって、思い出だけはたくさんありますわ」

婚約者の言葉に従者は甘い微笑みで彼女を見つめている。

そこへルーファスが戻ってきた。

「アリシアを守れとは言ったが、惚気を聞かせろとはひとことも言ってないぞ」

ルーファスの苦笑にふたりは顔を赤らめ、申し訳ございません、と言っている。

「謝らないでくださいな、とても楽しい時間でしたわ。また是非、お話しましょう」

アリシアの提案にふたりは嬉しそうな顔をし、ルーファスも、しょうがないな、と笑いながら承諾をした。


ルーファスはエスコートの為、アリシアの手を自らの腕に絡めさせながら言った。

「遅くなってごめんね」

「いいえ、何かございましたか?」

アリシアの問いにルーファスは少し声を落として、ちょっとね、とだけ言った。

「用事も済んだし、そろそろお暇しようか」

「はい」


フリエールの紋のついた馬車は、王宮を出て、街を軽快に進んでいく。

その途中、アリシアは馬車が公爵邸ではない方角に向かっていることに気が付いた。夜会は予定より早く辞してきた、そしてルーファスは黙っていてなにも話さない。

アリシアに聞かせたい内密な話があるのだろうと察した彼女は、それがあまり良い話ではないのだろうと嘆息した。

お読みいただきありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ