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14.決戦のとき

バトラントが誇る王宮のバラの庭園。見ごろには少し早く、つぼみがほころび始めている程度ではあるが、それでも仄かに香るそれは、訪れた者を楽しませるのに一役買っていた。


「この度は、面会の機会を頂戴しまして、ありがとうございます」

アリシアの前でお行儀よく淑女の礼をしているのはユーリェ皇女。

「こちらこそ、招待に応じてくださり感謝致します」

にこやかな微笑みを見せつつも、決して彼女の手を取ろうとしないルーファス。


通常なら、挨拶の一環として、男性は女性の手を取り、その指先に軽く唇を触れるのだ。それをしないのはマナー違反だと指摘したいアリシアであったが、今の彼女はその立場にない。

アリシアは今、王宮のメイドの服を着て給仕をする側としてこの場に臨んでいる。そう、ルーファスの言っていた『わからないようにする』というのは、アリシアをメイドに変装させて同席させることだった。


ルーファスの非礼は予め予測していたのか、ユーリェはがっかりする素振りも見せず、彼の対面の席に着いた。メイドがユーリェとルーファスへの給仕を済ますと、ふたりの対決、もとい、会話が始まった。

「突然、押しかけて申し訳ございません」

「全くです、驚きました。まさか皇女様がこの学園にお入りになられるとは、思ってもみませんでした」

「それはルーファス様が編入されたからですわ」

ユーリェの投げた直球もルーファスはさらりとかわす。

「貴女の行動ひとつひとつがどのような影響を及ぼすか、わからないではないでしょうに」

ルーファスの苦言にユーリェはうつむいた。

「分かっていますわ。でも、なにもしなかったら、あなたは他の女性と結婚してしまうでしょう?」

「わたしはシアをわたしの妃とする為に、この国に来ましたからね」

ルーファスの言葉にアリシアは身を固くする。やはり彼は最初からアリシアが目的で来訪したのだ。それは嬉しくもあり、くすぐったい気分でもある。

「わたくしにもチャンスはくださいませんの?」

ユーリェの言葉にルーファスは首を左右に振った。

「わたしはもうずっと前からシアを望んできました。その為に国内を整備し、準備が整った今、やっと彼女を迎えに来ることができたのです。長く相手を想う気持ちは、皇女様も充分お分かりのはずです」

ルーファスの告白にアリシアは顔を赤らめながらも、残酷だと感じていた。ユーリェは、愛する男性が他の女性を長く想っていたのだという惚気を聞かされているのである。

「だとしても諦めきれません」

固い声で応じるユーリェにルーファスは畳みかける。

「ではどうなさいますか?御父上の威光を利用すれば、わたしの妃になることは可能でしょう」

それはユーリェも考えたことだろう、しかしそんなことをしてもルーファスの心は手に入らない。彼女はルーファスから唯一無二として愛されたいのだ。

「そうね、そして今すぐ閨を強要することだってできるわ。わたくしはチェズニの皇女ですもの」

その発言にアリシアは否が応でも冷静にさせられた。

ルーファスは失敗したのではないか。彼女はチェズニ皇という最悪のカードを切ろうとしている。

ルーファスならば、十三歳の小娘を懐柔し、操ることなど容易いはずだ。もちろん相手も皇族、簡単にはいかないだろうが、年長のルーファスに分があるのは明らか。それなのに彼は敢えてユーリェに厳しく当たり、彼女を怒らせたのだ。

そこでルーファスは少し身をかがめ、彼女になにやら囁いた。ユーリェははっとして顔を上げ、次の瞬間、涙を流した。美しい少女が声もなく涙する姿は見ていられないほどに痛々しく、アリシアを始め、使用人は皆、うつむくしかなかった。


ふと、目の前に誰かの気配を感じ、顔を上げると、そこにはルーファスが立っていた。

「お待たせ、シア」

彼はエスコートの為に手を出し、アリシアがそれに触れるのを待っている。

アリシアの存在に気付いたユーリェははじかれたように立ち上がり、ふたりに駆け寄った。

「貴女、ノーマン公爵令嬢ね?ねぇ、お願い。ルーファス様をわたくしに譲って!」

「皇女様」

戸惑うアリシアにユーリェは言う。

「貴女にだってわかるでしょう?わたくしたちは何もしなければただ売られていくだけなのよ。わたくしは嫌なの、愛されたいの!」

それはユーリェの心からの叫びであった。そうなのだ、アリシアもユーリェも、規模は違えど背負うものは同じ、家や国の為にこの身を捧げる運命だ。

幸いにもルーファスに見いだされたアリシアは、彼からの惜しみない愛によって、愛し愛される歓びを知ることができた。それは高貴な血を引く者にとっては奇跡のような出来事であり、誰もが羨望する愛の形だろう。まだ少女の域を出ないユーリェがそれに夢を見るのは当然のことであった。

しかし、だとしても、アリシアも彼を譲ることなど、もうできはしない。

「申し訳ございません、エゼル様のお心はわたくしが頂戴いたしました。どうしてもとおっしゃるのでしたら、正妃の座は皇女様にお譲りいたします、わたくしは側妃でかまいません。彼の寵愛は約束されているのですから」

そう言ってルーファスに微笑みを向け、彼の差し出した手にそっと己がそれを乗せた。

「失礼します」

ルーファスはユーリェにそう告げ、アリシアと共にその場を辞した。


ふたりは庭園の出口に向かって歩いている。庭師によって水やりが終わったそこは、バラが強く香り、こんな状況でなければそぞろ歩くのにぴったりな場所だっただろう。

「ユーリェ様はどうなさるかしら?」

「彼女が正妃を望むなら受け入れるしかない。だが、わたしの愛は君だけのものだ。彼女と閨を共にすることはないし、公務の場にも君を同行させる」

アリシアはそれに反論しかけて口を閉じた。彼女を傷つけると分かっていても、ルーファスの差し出したこの手に縋ったのはアリシアだ、そして彼はその想いに応えてくれた。

彼が泥をかぶるというのならアリシアも共にあるべきだ、彼の強い拒絶を批判してはならない。

「嬉しいです、エゼル様」

アリシアはそう言って微笑み、ルーファスはそれに応えて、優しい口づけをおくった。

お読みいただきありがとうございます

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