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10.ライバル登場!

久しぶりに兄と家族水入らずの朝食を楽しんだアリシアはいつものように登校の支度を整え、屋敷でルーファスの迎えを待っていると、彼の従者のひとりがノーマン邸にやってきた。

「申し訳ございません。本日、殿下はお迎えに来られなくなりましたので、代わりに参上いたしました」

ルーファスと婚約してからこのようなことは一度もなかった、体調不良だろうかと従者に聞いたが、そうではない、と言う。

怪訝に思いながらも、

「わかりました。わたくしはノーマンの馬車で登校しますので、このまま屋敷へお戻りください」

と言ったが、従者は頑なにそれを拒んだ。

「いえ、必ず殿下の馬車でお送りするように、と申しつかっております」

「でも、大丈夫ですから」

アリシアは、再度、断りを入れるが、従者は絶対に首を縦に振らない。結局、アリシアが根負けした形でルーファスの馬車に乗り込むことになった。

本人がいないのにアリシアがこの馬車を使うのはおかしなことだと思ったが、彼の婚約者なのだから、全くの非常識とも言えない状況ではあった。

兄の許可を得た今、ルーファスに一刻も早く自分の気持ちを伝えたかったアリシアであった為、今朝の彼の不在はひどく残念ではあったが、放課後に会えるだろうと気持ちを切り替えた。


学園に到着し、従者の手を借りて馬車を降りたアリシアを出迎えたのは、学生たちからの不躾な視線であった。

いったい何事だろうと思う間もなく、アリシアの前にひとりの女生徒がやってきた。

「ごきげんよう、ノーマン公爵令嬢」

その特徴あるヘアスタイルとイヤリングに、アリシアは相手の正体がわかった。

「ごきげんよう、ユーリェ皇女様」

それはチェズニ皇国の第二皇女ユーリェであった。

「ルーファスの馬車から降りてくるということは、噂は本当なのね」

「噂?」

「貴女がルーファスの婚約者を『演じている』という噂ですわ」

一瞬息が止まりそうになったアリシアであったが、努めてにこやかな笑みを浮かべ、

「おっしゃられている意味がわかりかねますが」

と返事をした。そんなアリシアを値踏みするように見たユーリェは、次の瞬間、同性のアリシアでさえハッとするような美しい笑みを浮かべた。

「ルーファス、どこへ行っていたの?」

先ほどまでのとげとげしさはどこへやら、甘えるような声を出し、アリシアの婚約者の名を遠慮なく呼び捨てしたユーリェは、現れたルーファスに駆け寄った。

それを抱きとめるような形で受け止めたルーファスは彼女になにやら耳打ちし、あとからやってきたユーリェの護衛に引き渡した。

「おはよう、シア。迎えに行けなくてすまなかった」

「おはようございます、エゼル様。どうぞお気遣いなく」

甘く見つめあうふたりを引き裂いたのはユーリェの声だった。

「ルーファス、わたくしを教室まで案内してくださらない?初めて学園に来たのだもの、わからないわ」

婚約者のいる男性にエスコートを頼むことも非常識だし、その婚約者の目の前でせがむのはもっと非常識だ。

しかし、場所がわからないと言っている淑女を置いてけぼりすることも非常識だし、なにより、チェズニ皇国はあらゆる面で世界をけん引している国だ。

その国の皇女をないがしろにするなどフリエールの王太子であるルーファスにできることではなく、婚約者の優先順位が下がるのは当然だ。

ユーリェもそれを計算して言っているのだろう。ルーファスは苦々しい顔をしながらも、アリシアから離れ、エスコートの為、ユーリェに手を差し出した。

するとユーリェは遠慮なく彼の腕に自分の腕を巻き付け、それをアリシアに見せつけるように微笑むと、

「ルーファス、行きましょう」

と、彼を促してその場を立ち去った。

アリシアはしばらくその場に留まっていたが、駆け付けたジャニスとケイシーが彼女を迎えに来て、教室に向かった。


ランチタイム、三人はまた空き教室を占領し、情報交換をしていた。

「お父様に聞いた話ですが」

とジャニスは前置きをした。彼女の父親は外交関連を任されており、各国に顔が広い。

そこから得た情報によると、国際的な社交界では、ライナスの見立て通り、ルーファスがアリシアに夢中になっている、という者が大半を占めているが、アリシアにその気がないのなら気の毒だ、という意見も出ているようだった。

つまりユーリェは、王族に言い寄られて断ることのできない気の毒な令嬢(アリシア)を救いにきた救世主を演じるつもりなのだろう。

ユーリェはルーファスと学園生活を送りたいが為に、猛勉強をし、飛び級を重ねて編入したのだという。その情熱にはさすがのアリシアも脱帽するしかない。


もっともユーリェは十三歳になったばかりで、ようやく婚約者探しを始めてもいい年齢に達したところだ。

「ルーファス殿下の婚約者に立候補したってことは、その」

ケイシーは少し口ごもった。

貴族にとっては子をなすことがもっとも重要な任務である為、女性が社交界にデビューするということは、初潮を迎えているという証でもあった。

ルーファスとの婚約に名乗りをあげたということは、ユーリェも子を産める体になったということである。この世界の平均は十五歳だから、少し早い気もするが、おかしなことではない。

ケイシーの疑問にジャニスは答えた。

「まぁそういうことでしょうね。子供を産めるかどうかもわからないのに、他国に売り込むなんてことをしたら国際問題に発展してもおかしくないもの」

基本的に貴族の離縁はあり得ない。正妻が子を産めなければ第二夫人を迎えるのが通例で、産めないからといって離縁することはない。

しかし、やはり正妻の子がもっとも正当な血筋とされる為、争いごとの種にならないとは言えず、王族は特に側妃を嫌う傾向にあった。

子を授かることができない体だと知りながら婚姻を望むのは、少なくとも対王族にとっては暗黙のルール違反となるし、予めわかっているのであれば、側妃を伴っての婚姻となる。その場合、正妃に都合のいい女性が選定される為、少なくともルーファスの寵愛を受けるアリシアが側妃として選ばれることはありえない。

いくらルーファスにのぼせているユーリェでも、その辺りの事情は頭に入っているはずで、となると、彼女はルーファスのただ一人の正妃になろうとしているとしか考えられない。


ジャニスの回答はそういう諸々を考慮したうえでの推測であった。

「エゼル様は、無下にお断りすることはできないと思うわ」

力なくそう言ったアリシアにジャニスとケイシーは顔を見合わせた。

そうなのだ、ユーリェはあのチェズニ皇国の皇女なのだ。彼女の父であるチェズニ皇の考えはわからないが正式に縁談を持ち込まれたら、ルーファスは正当な理由でそれを退けなければならない。

少なくとも、ルーファスがアリシアを愛している、というのは理由にはならない。

そもそもノーマン公爵令嬢のアリシアを妃として迎えるメリットは、ルーファスにはそれほどない。それでも望んでいるのだからルーファスの愛は本物だと言えるが、政治的局面に愛や恋といった感情は加味されない。

だからといってユーリェを娶ることもまた、メリットばかりではない。

ユーリェと婚姻すれば両国の間にはより強い絆が生まれ、貿易はしやすくなるだろう。しかし、ルーファスはフリエールの第一王子。その妻がチェズニ皇女となると、どうしてもチェズニの属国色が強くなる。それに反発するフリエールの国民も多くいるだろう。

かといって、チェズニ皇国からの縁談を断るなど得策ではない。当たり前ではあるが、断られたほうは顔に泥を塗られたようなもので、チェズニ皇が短絡的な人物であれば即戦争に発展する危険性もある。


こういった機微を考慮するならば、ユーリェの行動は軽率としか言いようがないのであるが、恋する乙女心は年頃の三人だからこそ、わからないではなかった。

皇女であるユーリェは政治の駒としてチェズニに都合の良い相手に嫁がされる運命だ。それに抗うには、非常識な行動もしなければ太刀打ちできないのだろう。

とはいえ、巻き込まれた形のアリシアやルーファスにとっては迷惑でしかない。

しかし、ルーファスが彼女との婚姻を考えているとしたらアリシアの気持ちは打ち明けないほうがいい。無鉄砲に自分の気持ちを押し付けるのでは、ユーリェとなんら変わらないからだ。


兄と朝食を共にしていたあの時は幸せに満ち足りていたのに、ほんの数時間後にこんなことになるとは、思いもよらないアリシアであった。

お読みいただきありがとうございます

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