砂糖の香り
ミレナは朝に強いようだ。
玄嗣は7時頃目が覚めてリビングに向かうとミレナがサングラスとパーカー姿でソファにいた。コーヒーを呑むでもなく、朝食を用意している様子もない。
ただソファに膝を抱えて座り、窓の外を眺めていた。玄嗣が近づくと、気づいたようにぱっと顔を上げ「おはよ」と微笑む。
なにしてたんだと聞こうとした玄嗣より先にミレナは「お腹すいた。朝食作って」と言い放つ。
「腹が減ったなら自分で作って食えばいい」
そう言いながらキッチンの冷たい床に足を運びながら何を作るか考える。
「玄嗣と一緒がいい」
相変わらず訳がわからない。
「そうか。」
食パンを4枚切り、冷蔵庫からバターを取り出してパンに塗り、フライパンで焼く。小麦色が濃くなった食パンを2枚ずつ皿にのせる。玄嗣の黒いカップとミレナの白いカップにコーヒーを注ぎ、白い方には砂糖2つを入れた。
ミレナの分をソファの前のテーブルに置いてやる。
「はい、朝食」
「ありがとう。コーヒーとって」
ミレナは玄嗣の方に手をさし出す。
手渡して欲しいってことか?
「どうぞ」
相変わらず要求の意図がよく分からないままコーヒーを手渡す。するとミレナはほっとしたように息を緩め両手でカップを受け取った。
「砂糖も入れてくれたんだ」
カップに顔を近づけて言う。
「香りだけで分かるのか」
「鼻はいい方かな」
コーヒーに入れた砂糖の香りに気づくって相当だろう…。
あったかい と呟いてミレナはゆっくりとコーヒーに口付けると、テーブルにそっと置く。
ミレナといると時間の進みがとてもゆっくりに感じる。言動がどこが掴みどころがないせいか。
ひとつひとつの動作がまるで人間離れしているように静かに動く。勢いがあってもそれは変わらない。
静かにすっと、まるでそうすることが自然であるかのように当たり前に差し出される両手。
気づくとまた暖かな腕の中にいる。
「今日は何をして過ごすの」
「食べ終わったら買い出しに行く」
「わかった」
「…一緒に行くか?」
ミレナの背中が少し動いて首を横に振ったのが分かった。
昼頃にスーパーで食材を買って戻ると、部屋は明かりが付いておらず、静かだった。
窓から差し込む光が部屋を仄かなレモン色に染めている。
ソファを見るとミレナが眠っていた。
いつものサングラスはテーブルの上に置かれている。
朝俺が出ていく時のままずっとここにいたんだろうか。
まつ毛まで金髪なんだな…
ソファに眠るミレナの金髪にも光が当たり、どこが現実離れした光景に思わず声をかけずに傍で見ていると、気配に気づいたミレナが目を開けた。
「あ、おかえり…?」
「ただいま」
「あれ、いま何時」
「12時半ぐらい」
ミレナはゆっくりと起き上がると慌ててサングラスをかけた。
「飯買ってきた。」
玄嗣は皿の上に買ってきた惣菜をのせ、ソファの前のテーブルに並べる。
「たくさん買ったね」
「食べきれなかったら夜食べる」
玄嗣がそう言って惣菜の乗った皿をミレナに手渡すとミレナは嬉しそうにふふっと笑う。
「どのぐらい見えてるんだ」
玄嗣がさらりと聴くとミレナの手が一瞬固まる。
「玄嗣がかっこいいのが分かるぐらいかな」
ミレナは穏やかな声でそう言うと柔らかくまたふふっと笑った。
続きます。
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