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yellow   作者: 更紗
2/13

欠陥


「しかしまあ玄嗣はびっくりするぐらい無愛想だよね」


「お前はちゃらちゃらし過ぎだな」


昼頃から始めた部屋の片付けを終え、ソファで一休みしていると、ミレナが隣に腰掛けた。

部屋の片付けと言っても午前中に荷解きは終わっていて、ミレナが散らかしていた私物を片付け、1部屋分空けた所に玄嗣の荷物を入れていく作業だ。ミレナはその間全く手伝わず、ただソファでごろごろしていた。


「私物は勝手に避けといて。後で場所教えてくれればいいから」


そう言うならまあ勝手にやればいいか。2日ぐらいかかるかもしれないとは思いつつ、期限など無いしゆっくりやればいいと思い「わかった」とだけ言った。


しかし存外、兵役帰りの自分は勿論、散らかしてはいたもののミレナも何故か極端に荷物が少なく(必要な物さえ足りなそうな程)、半日も経たずに片付けは終わってしまった。


「笑ってる顔も見てみたいな」


ミレナはコーヒーに角砂糖を2つ入れながら言う。


「なんの得になるんだ」


戦地にいた頃からもう数年は経つ。兵役前と自分が変わったことは分かっている。笑わなくなったのもその頃だろう。しかしこれはどうしようもない。


「えー人懐こい方が可愛いでしょ」


そう言うとソファに座りながら笑って肩に寄りかかってくる。


人懐こいと言えば聞こえはいいが、初対面にしてはあまりに距離が近すぎる。

こいつはどこか普通ではない。玄嗣は違和感を感じながらも何故かその方がいい様な気がして身を任せた。



他人に関心を持たない。

必要以上に踏み込まない。

触らない。


それは使命を果たしてきた兵士としての癖だ。


踏み込まなければ、痛くない。簡単に人など殺せる。


そう気づいてから、玄嗣は一切泣きも笑いもしなくなった。感情を捨て、心を捨てることなど一度コツを掴めば簡単だ。敵を見たら指先が自動的に引き金を弾く。そこに思考など要らない。


言わば機械になるのだ。生きる必要などない。

無機物な機械としてそこに在ることこそ自分の役割だった。


だが戦争が終わった今、感情を取り戻すことは、捨てることよりも難しいと気づく。


戦争終結から3年が経ち、人々は傷を負いながらも生活を取り戻しつつある。街角には戦争の残骸が散らばり、人々は歩みを早めて過去を懸命に置き去ろうとしている。

俺はその残骸だ。


新しい時代に兵士は必要ない。

それは望まれて当然の世界。

行き場を失った残骸達は街角の隅でどうすることもできず、死を待つか再利用される日まで眠るしかない。己の死を待つ。それが玄嗣の選んだ答えだった。


この残りの人生は終わりを迎えるまでのただの待ち時間に過ぎない。


「玄嗣」


「ん?」


コーヒーを片手に新聞に目を通しながら返事をする。


「明日も家にいる?」


「ああ」


「明後日も?」


何故そんなことを聞くのか疑問に思いながらも「ああ」と答える。


「出かけたりしないの 仕事とか」


「その予定はないが。」


兵役が終わった兵士たちはその後の人生を国から保証されるため普通に暮らす分には働く必要はない。豪遊したければ働いて金を稼げばいいが、そんな欲もない。


「ふーん。じゃあずっとここでこの先2人だけの人生かな」


何が言いたいんだ…不思議に思い隣を見ればあの悪戯ぽい表情でこちらに微笑んでいた。

今日もサングラスをかけてはいるが、その奥が笑っているのが分かる。いつの間にかミレナの空のコーヒーカップはテーブルに置かれて、カップの底にこびり付いた砂糖が光っていた。


「お前は好きに出かければいい」


そう言うと今度はえーと唇を尖らせる。


「2人きりの世界もいいなって思ったのに」


ミレナが身を乗り出し顔を近づけてくる間、コーヒーと新聞を持ったまま、玄嗣は戸惑いながらもいつものようにぼんやりとした現実感の無さに身を委ねていた。


キスでもされるのか。そこまで思考が行きついても身体を動かす気にならない。全てがどうでもいい。


だが想像とは違い、ミレナの唇は頬の横を通り過ぎ、代わりに柔らかく抱きしめられる。暖かな体温。生きた人間の感触。ふわふわした柔らかな髪が顔に当たる。


「玄嗣の匂い、すき」


こいつがなぜこんなことをするのか全く分からない。ただ俺をからかっているだけかもしれない。寂しいのかもしれない。



どちらにしてもまだ昨日出会ったばかりだが、玄嗣はミレナの中に何か触れられたくない脆い部分があるのを感じていた。出会った時のあの表情。濡れたままの姿を思い出す。



それをどうしてやりたいとか、救ってやりたいとかは思わない。傷があるやつなんてこの時代珍しくもない。


ただここで今俺にこいつを否定する理由も拒否する理由も無いだけだ。


「コーヒーが危ない」


手に持ったままのコーヒーと新聞を動かせず、抱きつかれたまま言う。


ミレナはふふっと笑うと身を離し、玄嗣のコーヒーと新聞を取り上げてテーブルに置いた。


「おい」


玄嗣の声にも耳を貸さずまた抱きついてくる。


今度は自由になった両手が手持ち無沙汰になったのでそこに在るミレナの背中に意味もなく手を回した。


「玄嗣は本当に優しいね」


別に優しい訳じゃない。俺にとってなんの意味もない。ただそれだけ。どうでもいいんだ。


自分には欠けているものがあると実感する。


だがきっとミレナにも何かが欠けている。

きっとそれを埋めたいからこんな風にするんだろう。


「お前は何がしたいのかよく分からないな」


分からないならそれでいい。分からなくたっていい。自分でそう思い、玄嗣は暖かな体温にしばらく身を委ねた。

続きます。

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