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yellow   作者: 更紗
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序章

年齢不詳。性別不詳。金髪に近い透き通った、少し巻き毛の髪。薄く青みがかったサングラス。その向こうで 日が差し込むと鈍く光る焦点の合わない蜂蜜色の瞳。整った形の薄い唇から出る言葉はころころと転がる小石の様に掴みどころがない。



初対面だというのにそいつはあまりに馴れ馴れしい態度で抱きつくかのようなギリギリの距離までぐっと身体を寄せ 「よろしくね」と微笑んだ。



初対面に似つかわしくないのは態度だけではない。



その日はルームシェアをすることになった相手と挨拶することになっていた。実際に住むのは翌日からだが、同居人に会うのも部屋に入るのも初めてだ。


元々ここ一年程小さなアパートで一人暮らしをしていたが、人と一切関わろうとしない俺を見兼ねて兄がルームシェアを勧めてきた。それが1週間前。


はじめからそのつもりだったのではないかと疑う程トントン拍子に兄は勝手に同居人と部屋まで用意してきた。

基本的に屋根があればそれで良かった俺は、用意されるがまま兄の勧めに従った。


部屋は薄いクリーム色の四角い建物の隅にあった。

約束の時間になり、兄から渡された鍵を木製の傷んだ白い扉に差し込む。そのまま回すとガチャと重たい音が鳴った。開けると、小綺麗な玄関がそこにあった。

思っていたよりも広い。

脇には靴箱、その上に鏡がかかっている。

奥に廊下が続いていて部屋が3つ。真ん中の扉は開いていてその向こうはリビングらしき空間。シンプルな間取り。

割といい部屋じゃないか。


バシャン


靴を脱いで入ろうとした時、リビングの奥で大きな物音がした。


靴を脱ぎ、速足に物音の方へ向かう。

リビングの奥の薄い扉を開け、更に奥のガラス戸を開く。

一面の白いタイルは濡れていて奥の水を張った浴槽に服のままの人が浮かんでいる。



すぐに近寄って抱き起こそうと浴槽の中に腕を突っ込み身体を引き上げた。すると思っていたよりも力を入れないうちに身体が起き上がる。

同時に濡れた薄黄色の髪が浴槽から水飛沫と共に跳ねた。


下を向いていて顔は見えず白い濡れたパーカーは分厚くて性別は分からないが、華奢な体格から子どもの様だった。


「どいて。出てって」


中性的で芯のある、きっぱりとした声が告げた。


「大丈夫か」


流石に死のうとした可能性がある奴をこのままここに置き去りにはできない。この部屋では困る。


「俺の着替えが見たいの?」


俯いたままの黄色い濡れた髪の奥で少し馬鹿にするような笑いが漏れた。


着替える気があるならいいか。

黙って身を離し、言う通りに浴室から出て扉の前で待つ。


すると30秒もしないうちに中から奴が出てきた。

着替えると言ったのに服は濡れた白いパーカーのままだ。

長い前髪に隠れて目元は見えないが白い肌に整った唇がやけに危うく見える。


「なにしてたんだ」


「着替えは向こうにあるから」


「…そうじゃない」


聴きたいのは服を着たまま浴槽に潜る理由だった。

それ以上何も言わずに黙って答えを待っていると、そいつは儚気な印象を裏切るように悪戯ぽく微笑んだ。


「着衣遊泳」





まさかこんな巫山戯たやつとこれから生活を共にするなんて誰が予想しただろう。


兵役を終えて静かに暮らしていきたいと思っていたのに 兄にルームシェアを半ば強引に押し切られ、流されてみればこれだ。



着替えると言って別の部屋に入ってから数分後に出てきたそいつは 屋内だというのにサングラスと薄い緑のパーカーを着ていた。

若者らしい派手な雰囲気の中、まだ少し濡れた黄色の髪に繊細な印象が名残惜しく揺れる。


「ルームシェアのひと?」


無機質な声で尋ね、2つ入れたコーヒーの片方を手渡す。

すると、ありがとうと小さい声が意外にも返ってきた。

新築の香りのする部屋にコーヒーの香りがじんわりと広がる。やっと先程までの緊張が薄らぐのを感じ、ソファに腰掛ける。金髪の奴は扉の前でこちらの様子を見ながら手渡されたコーヒーを一口飲むと、軽い調子でまたあの悪戯気な笑みを向けてきた。


「はじめまして。ルームシェアのひと」


そういえば名前も聞いていない。まずはそこからか。


「夏来玄嗣だ」


玄嗣は自身から名乗ると、ソファに手をぽんと置き自分の隣に座れと促した。


「はるつぐ。俺のことはミレナって呼んで」


そう言うと、ミレナは勢いよくソファに腰掛けた。

おっと。小声でそう言いながら自分の座った振動でコーヒーが零れないよう自分のカップに咄嗟に手を添えている。


若い。10代か? それにその透き通るような癖毛の金髪。

人工的に色を抜いたものでは無いと分かる程の自然な色味。

ミレナ。こんな日本人離れした名前がそぐう容姿の奴も珍しい。


「それで?」


もう少し情報が欲しい気持ちが先行し、押すように尋ねる。


「? なにが」


本当に分からないという顔でサングラスの奥の瞳が見つめた(気がした)。


「お前はどういう経緯でここにいるんだ」


風呂場の状態に至るまでの経緯を知りたいところだが、直接的だとはぐらかされる気がしたので精一杯の遠回しを心がける。


「遊びに都会に出てきたけどお金がないからあなたのお兄さんに相談して。そしたら独身だし弟とここに住めばって言うから、そうするって言った。あなたが来るまでもう2ヶ月ぐらいかな、ここに住んでる。お金もあなたのお兄さんから借りた。」


どこまでもちゃらちゃらした話に内心ため息をつく。本当かも分からないが、何にしても実家に帰れない理由でもあるんだろう。訳あり家出少年といったところか。

兄の相変わらずな説明不足にもため息が出る。ルームメイトが既に2ヶ月も住んでいることさえ一言も言っていなかった。


「なるほど」


「温室育ちで趣味は風呂場で着衣遊泳。無職」


「俺と暮らす時は着衣遊泳は控え目に頼む」


「はるつぐは優しそうで安心した」


にこっと微笑むその顔に今度は純粋さを見た気がして一瞬戸惑う。しかしその戸惑いも一瞬にして裏切られる。ミレナは玄嗣の方にぐっと身を寄せ悪魔のような妖艶とも言える笑みを見せて告げた。


「よろしくね」

続きます。

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