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その日、信頼感に気づく一日

作者: 朝寝雲

「えー、信じらんない」

 私の声がリビングに響く。

「俊也ママ、俊也から母の日お祝いしてもらったこと一度もないんですか?」

「そうなのよー」

 俊也ママが抗議の口調で答える。

「ひどくないですか、それ。普通お祝いしますって」

「でしょ。男の子だからあきらめてる部分あるんだけど、それにしたって、ねえ」

 私はキッと、こそこそ気配を消している俊也をにらむ。

「ちょっと! 俊也ひどいじゃん。なんでお祝いしてあげないのよ」

「いやぁ。なんか恥ずかしいつーかさ。俺の友達もお祝いなんてしてないって言ってるよ」

「みんなそう言いながら、ちゃんとお祝いくらいしてるんだって」

「そうかなぁ」

「そうなの! まさか・・・誕生日はしてるよね?」

 俊也はバカにすんなといった勢いで、

「当たり前だろ。家族でお祝いするよ」

「プレゼントはもちろん各自で?」

「いや・・・家族でお金だしあって、買う・・・」

 私は、天を仰いで、

「信じらんなーい」

 と絶叫する。

「俊也ママー! どうゆう育ち方してんですか? コレ。親の顔が見てみたいわ」

 俊也ママは、「どんな顔してんだろねー」と苦笑い。

 俊也はこの流れ、まだまだ続くぞ、と気配を察知したのだろう。

「あ、俺ちょっと買い出し行ってこようかな。おふくろ、なんか買うものある?」

 と、立ち上がる。俊也ママがそれに答える。

「あ、それなら夕飯の材料頼もうかな。ゆきちゃん食べていくでしょ」

「え? あ、はい」

「じゃあ、今からメモに書くもの買ってきてもらえるかな」

「了解」

 そして俊也は自室へとそそくさと移動する。その間、俊也ママはメモに買い出しリストを書き込んでいる。部屋着から着替えた俊也はメモを受け取ると、

「んじゃ、行ってくる」

 と私に口を挟ます間もなく出かけて行く。

「逃がしたか・・・」

 私はぽつりとつぶやいた。


 俊也ママと雑談したり、雑誌を眺めたりしながら、私は俊也遅いな、と考えていた。

 電話の着信音がする。俊也ママがそれをとる。

 しばしのやりとりがあり、俊也ママが「えっ!」と凍り付いた声をだした。そして、「はい。はい。すぐ向かいます」と緊迫した様子で話している。

 私は何事かとそれを窺う。電話を切った俊也ママは、

「どうしよう、サッちゃん。俊也、事故にあったみたい」

「うそ・・・」

 私はそれ以上言葉がでない。

「とにかく、車だすから行こう。急いで」

「はい」

 ケータイと鞄をつかみ俊也ママと玄関を出、車庫に入っている車に乗り込む。シートベルトをする。車が発車する。

 私は俊也ママに尋ねる。

「事故って大けがなんですか。まさか、命にかかわるような事はないですよね」

「それは大丈夫みたいなんだけど。でもとにかく来てくださいって」

「大丈夫かな、俊也。なんでこんなこと・・・」

 それきり、しばし二人の無言。私は考えていた。

 本当に俊也は無事なのだろうか。無事だとしても、なにか後々に残る様なケガをおっていないだろうか。いや、ダメだ。ネガティブに考えるのはやめよう。きっと大丈夫。でももしかしたら・・・。

 ぐるぐるとまわる思考。だんだんと思いつめていく。

「ねえ俊也ママ。俊也が事故にあったのって私のせいなのかな?」

「何言ってるの、サッちゃん。そんなわけないでしょう」

「だって、今日私が変なこと言わなければ、俊也、外に出なかったんじゃないかなって」

「変なことなんて言ってない。俊也は単純に買い出しに行ってくれただけで・・・」

「絶対違うよ。私わかるもん。私のせいだ!」

 私の勢いに、俊也ママはけおされたようだ。

「・・・私決めた。俊也が無事だったらこれからは絶対やさしくする。めっちゃいい彼女になる。絶対!」

「サッちゃん・・・」

 それきり会話はなく、車は病院へつく。

 受付で俊也の家族であることを告げると、病室の番号を教えられる。私たちは病室の前まで来ると、深呼吸を一回してガラリとドアを開ける。

 そこには、ベッドに横になり足をつられた俊也がいた。

 私たちの方へ顔を向けると、ばつの悪そうな表情で、

「やっちった・・・」

 と言う。俊也ママが、

「俊也。あんた大丈夫なの? やっちったじゃないでしょ。どこケガしたのよ」

「足だけだよ。他は大丈夫みたいだ。たぶん」

「たぶんじゃないでしょ。私たちどれだけ心配したと思ってるのよ。ねえ、サッちゃん」

 私は握りこぶしでいろいろな感情を押し殺す。

「俊也。無事なんだね。本当によかったよ。もぉ~、心配させないでよ。バカなんだからー」

 私はどんな表情をしていたのだろう。俊也は顔をひきつらせ、取り繕うように言う。

「いや~。本当バカだよな! 自転車で注意しないで十字路入ったら、車突っ込んできてさ。なんか運転手さんの話では、一回転してたらしいぜ、俺。ちょっと笑うよな。ハハハ」

 その言葉に、プチっと私の中の何かがきれる。

「笑えるかーー! 私が、私たちがどれだけ・・・。マジバカ。ちょーバカ。信じらんない。」

「いや。でもこうして無事だったわけなんだからさ。怒るなって」

「怒るよ! バカバカバカ」

 その時、看護師さんが入ってきて、病院ですから大声出さないでください、と私たちを注意する。すみません、と謝り看護師さんが俊也の状態を見始めたので、部屋を出る。

 後ろ手でドアを閉め、一息吐くと、私は落胆する。

「あー。だめだー」

「ん?」

 俊也ママが私の顔を見る。

「私、やさしい彼女になるって思ったのに、俊也の顔見たらいっきに安心しちゃって。そしたら怒りがこみあげてきて。俊也も俊也でなんかすっとぼけた事言ってるし」

 私は肩を落として、

「俊也との関係で今まで不満感じた事なかったけど、なんか今日不安になった。いざという時頼りにしていいのかな。私になにかあった時ちゃんと助けてくれるのかな」

 不安気に俊也ママを見る。俊也ママは、

「そこは大丈夫。あの子、自分の事にはわりとふざけちゃう所あるけど、サッちゃんに何かあった時は男気みせるよ。20年間あの子を育ててきた私が保証する」

 そう言って笑ってみせる俊也ママに、本当かなあ、と思うところはあるけれど・・・

 でも、そうかもしれないと私は思う。

 彼への信頼感が揺らいだことがなかったのは、無意識のうちにそういう所を感じてるのだろう。

 自分に何かあるのはもちろん嫌なんだけど、私は俊也のそんな顔を早く見てみたいなあ、と思った。

「いたたたた。看護師さんもうちょっとやさしくやって!」

 部屋の中から、俊也が騒いでいる声がする。

 本当に信頼して大丈夫・・・だよね。

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