第四話
それから夏休みに入ったこともあり、一緒に過ごす時間が増えていった。
「運ぶのって面倒ですもんね!」
そう言って舞衣はいつの間にかうちのキッチンで夕食を作るようになり……俺もその手伝いをできる時はするようになった。
「こうしてると……新婚夫婦みたいですね……」
とか顔を赤らめて大胆なことを言う姿は正直めちゃくちゃ可愛かったが、舞衣はもうちょっと警戒心を持った方がいい。
四つも年が離れて成人もしてるとはいえ俺だって男だ。
そんなことを言われたら意識せざるを得なくなってしまう。
そしていつの間にか料理する時だけじゃなくて宿題で分からないことがあれば家に来てはついでに昼食を作ってくれるようになったり……。
「買い物に行くので付き合ってくれませんか?」
とたまに車を出してくれるようにおねだりしてくるようになったり……。
恥じらいながら口にする姿が可愛すぎて断るなんて選択肢は浮かばなかった。
そんな充実した夏休み、八月もついに下旬に入ってもうすぐ学校が始まる──となったある日。
舞衣と一緒に夕食を食べていると……電話がかかってきた。
誰かと思えば実家の母からだった。
俺は舞衣に断りを入れて電話に出た。
『武治、あんた元気にしてるの? 今年は帰ってこないみたいだけど』
「大丈夫だって。母さんが思ってるよりちゃんとしてるよ」
『ずっと遊び歩いてばっかりなんじゃないでしょうね?』
「それも大丈夫だって。ちゃんと単位も全部とれたんだから」
『そうそう、単位と言えば後期からキャンパスが変わるんでしょ?』
「あー確かにそうだっけ」
後期から研究室に入ることになっているため、授業が全て別のキャンパスに移ることになっているのだ。
『もう一個のキャンパスなら家からでも通えるでしょ? 戻ってきたらどう?』
「うーん、確かに実家からだと近いからなぁ……」
『一人暮らしだって高くつくんだから、私としては帰ってきて欲しいんだけど』
「でも実家に帰るのもなっっ……うおっと」
電話中、背後から予想だにしない衝撃。
ただそれは硬さを伴ったものではなく、むしろ柔らかなものだった。
首だけで振り返って後ろを見れば、なんと舞衣が後ろからギュッと抱き着いてきていた。
背中に一際柔らかで暖かいものが触れている。
『どうしたの? 武治』
「いや、ちょっと転びかけただけ。ちょっと、また連絡するから」
『あ、ちょっと! 話はまだ!』
まだ何か言いたそうな母親からの電話をブチ切りした。
「あの……舞衣?」
舞衣は俺の背中にコアラのようにしがみついたまま動かない。
柔らかな感触と甘い匂いで頭がクラクラしそうになる。
「櫻木さん……引っ越しちゃうんですか?」
「そうしようかな、とは思ってた」
実際一人暮らしで親にかける負担はかなりのものだ。
バイトでいくらかを賄っているが、それでも足りるわけもない。
「私……嫌です」
「舞衣……」
「好きです……櫻木さん」
知っていた。
舞衣の好意に知っていて気づかないフリをしていた。
俺はズルい大人だから。
そもそも好きでもない男の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれる女子高生なんているはずがないだろう。
俺はそれが分かる程度には大人で……ハッキリ拒絶できない程度には子供だった。
俺の胸の内にいつからか芽生えた舞衣への好意。
それはきっと妹とかに対する親愛の類だろうと自分を騙していた。
大体高校生が成人済みの大学生と付き合うなんて外聞がいい話ではない。
舞衣が奇異の目で見られる可能性だってあるだろう。
なんとか誤魔化せないか、ずっとそればかり考えていたが……そうも行かなくなってしまった。
「私まだ……櫻木さんと一緒にいたいです。まだ披露できてないメニューだってあるし、また櫻木さんと一緒に学校の帰りに寄り道だってしたいです! だからお願いします……引っ越しなんてしないで……私といてください」
ここまで言わせといて、俺も答えないわけにはいかないだろう。
「俺も舞衣のことが好きだよ。 可愛くて健気で親孝行で、そんな純粋で可愛らしい舞衣のことが」
「嬉しい……」
「だから引っ越したりなんてしない。約束する」
「櫻木さん……好き!」
今度はそう言って正面から甘えるように抱きついてきた。
胸に頬をうずめて幸せそうな顔をしている。
俺はそんな舞衣の頭をポンポンと優しく叩いた。
そして俺は考えていた。
親をどう説得しようか、ということだけではなくてもう一つ。
新しいキャンパスがここから電車で通える──何なら割と近場にある──という事実を話すべきか否か、ということを。
多分その事実を知ったら舞衣は顔を真っ赤にして死んでしまうんじゃなかろうか。