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詩篇2 春と一日、気体とわたし、何もかもがもう

作者: 宮沢いずみ

何もかもやり直せない、部屋に入る朝日、しんどい太陽、気体になった布団とわたし。

起き上がるのは簡単です。


何もかもが使い捨て。


ポップコーンを頭に乗せたおばちゃんは今日も歩道橋をぐーるぐーると行ったり来たりを繰り返す。

太陽が真上に来る頃、わたしの心も真上に来る、脳みその真上、じんじんする、それが真上。


昼ごはんなどは食べす、ひたすらとぼとぼとお菓子を食べ続け、6リットルの水を飲む。水の飲み過ぎは分かっているのだけれど辞められない、水って何であんなに美味しいのかしら。


目を閉じて太陽を見る。赤い光がまぶたの裏に広がり、白く昇天してゆくと、なんだか健康になれる気がするのです。健康、健康、というけれど、わたしはそんなに欲しくない、両目で感じるくらいでちょうどいい。

もう暑いのに、冬服を脱げないのはなぜだろう。そんな去年の反省、なので今年は薄いシャツで過ごしているのだけれど、ちょっと寒いね、足は素足。


西日は好きです。オレンジに発光するすべての物たち。

ポップコーンのおばちゃんは歩道橋に座り込んでポップコーンを無心に食べる。おばちゃんさえもオレンジの光る、手のしわ、瞳、頬、髪の毛。月が出る頃には帰って行く。どこへ帰るのかわたしは知らない。他の誰かが知ってるとでも?


今日も一日使い捨て。吐き出された神様の吐息。


今日は満月、ピンクムーンというらしい。満月はまるで鏡。キラキラ光って、それが太陽の光だとは全く思えないほど自身で発光してるよう。触ったら皮膚が切れてしまいそうに鋭利に光る、感触はツルツル?ザラザラ?

春の真ん中を漂う空気は心地よい。わたしは夏が好きだけれども。もしかしたら春も好きなのかもしれない。


何もかもやり直せると思っていた8畳の部屋はとっくのとうにもう無い。

光も何も入らない8畳の部屋は、もう無くていいのです。

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