悪魔とわたしと幼馴染と
ずっと、ずっと好きだった。でも叶わないと気づいたのはいつからだろう。
幼馴染の春くんは、綺麗な顔をしていて、かっこいいというよりはどちらかというと女性的な美しさがある。
でも、私が好きなのは春くんの誰よりも優しい性格だった。
人と話すのが苦手な私が困ってるといつも助け舟を出してくれて、私がありがとう。と言うと俺は何もしてないよ。とにっこりして笑う。
当たり前のように私の側にいてくれる春くん。
好きにならないはずが無い。
――だけど、中学生になって春くんは急に私を避けるようになった。
当たり前が当たり前じゃなくなったのはこの時からだ。
彼は私のことは避けるのに他の女の子とは普通に喋るし、それどころがいつも違う女の子を連れて放課後帰っているのを見かける。
中にはかなり素行が悪いと聞いている女の先輩だったり、清楚とはかけ離れたような人ばかりだった。
彼に何回も話しかけようとしたけれど、やっぱり避けられてる私はいつになっても彼を捕まえることはできない。
春くんの家に思い切って訪ねてみたこともあるけど、案の定、不在で。ご両親の話によると毎晩夜遅くに帰ってくるらしい。
私の大好きな春くんが変わっていく。
私の側から離れていく。
苦しかった。
彼が私のことを見てくれないのが。
ただ、ただ苦しい。
春くんのお気に入りだと言う女の子たちは、幼馴染である私が邪魔みたいで春くんとのあれや、これを自慢してきたり、時には漫画みたいに突き飛ばしたりした。
高校生になっても人と話すのが苦手な私は友達が出来ず、
家に帰っても両親は出張で殆ど居ない。
何処に行ったところで私は1人。
「ミャぁ、ミャぁ」
ベッドでふと考えながら、横になっていた私に、すりすりと愛らしい黒い猫が擦り寄ってくる。
「あはは、くすぐったいよ。ごめん、ごめん。
私は1人だけど一匹は居たね」
「ミャぁぁぁ!!」
答えるように猫は私の頬をふにふにと柔らかい手で触る。小さい頃は春くんが触ってくれたんだけどなぁ。
「くろ、お前だけだよ私に触ってくれるのも」
「ミャぁ」
くろは答えるように私に飛び乗ってくる。最初は少し距離があったけれど、今は家に帰ると構って構ってと言わんばかりだ。
こんなにも懐くなんて。
元々くろは、捨て猫とかでは無い。私が部屋の窓を開けていたら勝手に入ってきたのだ。今ではいつでも入れるように常時、窓を開けている。
飼い猫かと思ったけど首輪もないようだし野良猫だろう。それにしては毛並みが綺麗だけど。
「お前だけは、側にいてね、
ずっと離れないで」
***
放課後の教室、くろに会えるのを楽しみに、いそいそと帰る支度をする。すると、ピコンとメッセージ受信音が鳴った。送信者不明となってるけど恐らく彼女たちだ。春くんのお気に入りの女の子たち。
いくら、受信拒否にしても、その度にメルアドを変えて送ってくる執念は凄まじい。一度内容を見たことがあるけど大方、春くんのことだった。
ここ最近は、開くことなく削除していたけど、無意識に開いていた。いつもと違い、画像が添付されていたかもしれない。
「……え」
開くと、画面一面に広がったのは血だらけの黒猫だった。見間違えるはずが無い。どこか魅惑的な美しい猫。
――くろだ。
「はっ……」
胸がどくどくする。全身が沸騰するかのように熱い。
震える脚で、急いで教室を出ると廊下からクスクスと笑い声が聞こえた。
あの女たちだ
悔しい。悔しい、悔しい悔しい!!
彼女たちに何を言われても、春くんが私の側から離れてもここまでの激情を抱いたことは無かった。
涙で濡れたぐちゃぐちゃな顔で、爪を立てた拳を握りながら走る。
「くろ!!くろ!!くろ!!」
家に急いで入った私は階段を駆け上がる。恐らく、くろは部屋にいると確信めいたものを感じていたからだ。
窓からベッドまで必死で移動したのだろう。くろが通ったと思われる場所は血塗れだった。
「ミ……ミぃ」
ふぅふぅと荒い息を吐きながら、くろは私に顔を向ける。
「くろ、くろ……ごめんね。痛かったねごめんね。」
病院に連れて行こうと、くろを抱き抱えようとすると、震える前脚で私の伸ばした手を叩く。
くろはもう分かってるかもしれない。もう間に合わないことに。
「くろぉ……やだよぉ、くろぉ」
ボロボロと涙を流す私に、くろは、慰めるように柔らかい肉球私の頬を触る。温かいくろの手。でも今はそれすら苦しく感じる。その熱が消えてしまいそうで。
《泣かないで、芽衣奈ちゃん》
驚いて、くろを見るとその顔は何処か穏やかだった。
「くろ?くろなの?今の声は」
《そうだよ、芽衣奈ちゃん》
「なんで、どうして……」
《わからないけど、今になって喋れるようになったんだ》
一体、何が起こっているのか。
くろは今、瀕死で。
なのに、喋っていて。
頭が追いついていない中、くろはゆっくり喋りを続ける。
《芽衣奈ちゃんといた時間は凄く楽しかった。ボク、ずっと1人だったから寂しくて。》
「私もだよ。私もずっと1人だった。でも、くろがいたから頑張れたんだよ。」
思わず、くろを抱きしめる。強くは抱けないけど。くろの体温を確かめたかった。ここにいるって実感したかった。
《ボク、幸せだった。悪魔になる前もこんなに幸せな時間は今まで無かったから。愛されることがこんなにも快いなんて。
――芽衣奈ちゃんは春くんのことが好きなんだよね》
「……春くんのこと知ってるの?」
《うん、ボク。芽衣奈ちゃんが春くんのことずっと好きなの見てたから。》
「………そっか」
《芽衣奈ちゃんは気付いてないかもしれないけど、ボクと芽衣奈ちゃんは相性が良いんだよ。君は人間なのに持ってる力は誰よりも悪魔らしいんだ》
「はは、悪魔らしいなら今頃、嫌がらせにもやり返してるよ」
《違うよ、君は本当は何にも興味が無いんだ。》
何処か本質を突かれたような答えに身体が震えた。違う。私はそんなんじゃ無い。
《多分ね、芽衣奈ちゃんはもう春くんに対しても関心がないと思うよ。》
「違う」
《違わないよ。君は小さい頃から欠陥がある。そこに春くんが現れて欠陥が埋まったように感じたんだ。だから、君は春くんが好きだと思い込んだ》
「違う……違う」
《だから、側に春くんがいないと意味がないんだ》
「じゃあ、私のこの涙も嘘だって言うの……?」
《分からない、でも芽衣奈ちゃんがボクを思って泣いているのは事実だ。同族がいなくなる感覚に近いんじゃないかな》
くろは、あくまでも穏やかに語る。私を責めてるようには見えない。
認めたくなかった。欠陥があるだなんて。今だって私は認めてはいない。
悲しかったら泣くし、辛いことをされたら怒る。
――それが人間の感情でしょう?
《芽衣奈ちゃん、ボクは君に愛を分かって欲しい
君がボクに与えてくれたように。例えそれが嘘だとしても》
その声と共に、私たちの周りには青い炎が円を描くように囲い込んだ。
炎はよく見てみると文字がびっしりと描いてあり古代文字のように複雑だ。それに加えて、地割れがするかのような岩盤の表面が擦れる音が響く。
――ガッガッガッ
《なるほど、君はボクを離さないつもりなんだね
――執着の矛先を変えたか》
「くろ、私の仕業なの?この青い炎は………なんで、どうして」
《良いだろう。ボクは君と契約をする。でもボクは君を見守りたいだけなんだ。幸せな君が見たい。
だから、ボクは表に出ない。》
炎は徐々に勢いを増す。しかし、部屋は一向に燃えていないように見える。
《――ボクは、◾️◾️の悪魔。
――君にボクの全てをあげる》
瞬間、燃えるような熱さが全身を襲った。
「ああああああああああああああああ!!!!熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いー!!!!」
記憶が流れ込む。
貼り付けにされたボク。左眼は、貫かれもう見えない。足元からは霞んだ臭いがする。脚はもうとっくに燃え尽くされた。ボクは結局、民のために何もやらなかった。
なぜ、ボクの声は届かなかったのだろう。ボクが、――◾️◾️◾️◾️だからか。
ボクが◾️◾️だったら。ボクが。
支配してやる。何もかも支配してやる。全部全部全部。
遠い、遠い記憶。
それは、いつの日かの……。
「痛い、痛いよ、痛い」
《――ボクは、ずっと芽衣奈ちゃんの側にいるよ》
***
「芽衣奈ちゃん、芽衣奈ちゃん!」
誰かが呼ぶ声がする。ゆっくりと眼を開けると淡い光と、よく知った顔がぼやっと浮かんだ。
「良かった、良かった、うっ…ほんとに。ずっとずっとごめん」
「……春くん」
最後に見た春くんとは似ても似つかない姿だった。頬が痩け、両耳にびっしりと付いていたピアスは見当たらない。
ゆるく巻いていたパーマはストレートで。どこか、塩らしい。
「俺っ、ずっと避けてて、芽衣奈ちゃんが大変な目に遭ってたのに直ぐ気づかなくて。ほ、ほんとにごめん」
ぽろぽろと春くんは涙を流す。良くみるとシートがしっとりと濡れていた。
一度だって彼が泣いた姿は見たことが無かったのに。
でも、視界が見にくい気がするのは何故だろう。そういえば左眼に違和感を感じる。
触れてみると、そこには、包帯が幾重にも巻かれていた。
春くんは、そんな私を見て、痛々しそうに顔を歪めている。春くんは痛くないはずなのに。なんでそんな顔をするんだろう。
「あのね、俺……。芽衣奈ちゃんのこと好きだったんだ。でも、芽衣奈ちゃんがそんな風に見てないの分かってて。だけど、一緒に居ると日に日に気持ちが抑えきれなくて、それで。」
春くんは、私の手をそっと握りながら、顔をくしゃくしゃにして絶え間なく涙を零す。
春くんは、私よりも私のことを分かってたんだんだね。
途切れ途切れに言葉を伝えてくる彼の姿が意地らしい。
くろは、私が春くんに対してもう、興味が無いと言っていた。
確かに、前のような激しい情動は起きない。けれど、それがなんだ。私は1人では生きていけない。寂しいものは寂しい。これが本物の感情かは、分からないけど。
「ねぇ、春くん。春くんは今でも私のこと好き?こんな姿でも」
春くんは勢い良く顔を上げると、痛いくらい私を抱きしめた。ぎゅうぎゅうと分厚い布団に包まれてるようだ。それにしても、布団じゃこんなに早い心臓の音は聞こえないか。
「好きだよ、大好き。ずっと好き。芽衣奈ちゃんが俺のこと興味なくても、なんでも、好き。側に居させて。お願い。お願いだからっ……!」
以前の私を見てるようだ。春くんに異常なほど執着してた私。
「良いよ」
「ほ、ほんとに……?」
怯えるように、伺うように私を見る。
そんな、春くんの背中にゆっくりと腕を回した。
「うん」
「う、嬉しい……俺、あんなに酷いことしたのに。ごめん。ごめんね。俺みたいなのが側にいて。」
「うん、だから良いよその代わり」
私は、そっと春くんの耳に口を寄せる。囁くように。
「『ずーーーっと私の側に居てね』」
「『――はい。芽衣奈様。』」
虚な深い闇に包まれたような眼に、私が写っている。うん、大丈夫。私は春くんが愛しい。愛しいけど。
まずは、邪魔者を消さないとね。
――私は、《 皇帝の悪魔 》
――支配し、従える。
他サイトで連載などしてましたが、心機一転なろうで活動することにしました。よろしくお願いします。