完結御礼 エピローグ「再会」
長短合わせて126本の映像作品を残した海東淳監督は、72歳でその生涯を閉じた。最愛の妻チヨが膵臓がんのため、惜しまれながら逝去した7カ月後、彼はまるで後を追うように天に召された。
晩年、淳とチヨは築50年を過ぎる千葉県の小さなマンションで暮らした。その家はチヨの父親が娘のために購入したもので、夫婦が恋人時代から長女の小学校入学までを過ごした思い出深い場所でもある。
淳は、書斎にしていた6畳の部屋で、机に座ったまま眠るように亡くなっていたという。
傍らには愛用の黒い革の手帳。ぼろぼろに擦り切れ、留め金は壊れてゴムのバンドで止めてある。そのページには、いくつもの作品のアイデアが書き込まれては、映像として具現化されていった。彼が片時も手放さなかったその手帳は、亡き妻が彼の22歳の誕生日に、初めて祝いとして贈ったものである。
チヨの死後、茫然自失となった海東淳は、他者との交流を断絶し1本のフィルムを作った。それが事実上、彼の遺作となった3分間のショートストーリー「All about Chiyo」である。
学生時代のスマホ撮影から、自宅での生活風景、時にはプロ用カメラで撮った映像も織り交ぜ、彼ら夫婦の軌跡が180秒の中に集約されていた。笑うチヨ、拗ねるチヨ、赤ん坊を抱くチヨ、銀ねずの着物で南フランスを歩くチヨ、そして病室のベッドで最期の時を過ごすチヨ。
海東淳が崇拝した女性のすべてが、走馬灯のように流れながら、彼女の生きざまを物語った。そして淳が、彼女をどんなに深く愛していたのかを。
名のある映画監督としては、ごくささやかな葬儀会場にて、その作品は参列者にのみ公開された。喪主を務めたのは、劇団「栴檀」主宰であり演出家の長女、瀬川命。アメリカの大学で教鞭をとる次女のテル・スナイダー・瀬川との連名による挨拶は、以下の通りである。
本日は、父のためにお集まりいただき、ありがとうございます。
映画監督としての海東淳は、作品を通じて多くの方に知っていただいていると思います。なので、今日は私たちの父親としての、海東について語りたいと思います。
母がつい先日逝き、続いて父も亡くなりましたので、皆さんにはさぞ辛かろうとご心配いただくのですが、私と妹は「ほっとしている」のが偽らざる本音です。
母は私たちに、父を頼むと言い残して逝きました。自分がいなくなった後、父が使い物にならなくなるだろうと予想していたのです。そして、その母の予想通り、父は体こそ生きているものの、精神は抜け殻のようになってしまい、母のいない世界を受け入れられずにおりました。
ある日から、部屋にこもって先ほどの映像を編集し始めたとき、私たちはまるで父が遺書をしたためているように感じました。ああ、この人は母と生きた記憶を、さようならの言葉として私たちに残していくのだと。
父は仕事となると、何日も世界を遮断して没頭するような人でしたが、それ以外は母が見えるところにいないとダメな人でした。
例えば、こもっていた仕事部屋から出てくると、必ず母の姿を探します。見当たらないと、どこへ行ったのか尋ねて迎えに行くのです。徒歩5分のスーパーでも、1時間かかる仕事先の出版社でも。そして、二人で連れだって帰ってきます。
母は「どうせ帰ってくるんだから、家でゆっくり待ってればいいでしょう」と言いますが、父は「迎えに行った方が早く会えるから」と言うのです。
きっと今ごろ、母に「もう来たの、もっとゆっくり来ればいいのに」と叱られているでしょう。
また、ある時は、母の誕生日に父が不ぞろいな花束を贈ったことがありました。普通なら花屋さんが彩りやデザインを工夫して、バランスよいブーケに設えるものですが、その花束は1本ずつ違う花が寄せ集めてあり、ごちゃごちゃして見栄えの良くないものでした。
父に「どうしてそんな花束にしたのか」と聞いてみると、花屋さんのディスプレイに花言葉が書いてあり、健康や永遠の愛情など、どれも妻に贈りたいメッセージであったため、それらを1本ずつ集めたのだそうです。
その理由を聞いて母は大変に喜び、しばらく花瓶で楽しんだ後、ドライフラワーにして保管していました。その花々は先日、母の葬儀の時に棺に入れ、共に天に昇りました。
私たちの世代はものごとを現実的に考えるので、奇跡などは信じないのですが、父と母に関しては、まさに奇跡の巡りあわせであったと思わざるを得ません。
父は、死ぬまで母に恋をしていたのだと思います。きっと、まだまだ愛し足りなかったのでしょう。
お父さん、さようなら。私たちは、あなたの娘に生まれて幸せでした。お母さんと、ずっと仲良くね。
瀬川命、テル・スナイダー・瀬川
祭壇には、海東淳の近影と並んで、夫妻の写真が飾られている。まだ若く、痩せっぽちの二人が、アイスクリームを手にしてカメラに笑っている。ジーンズとスニーカーを履いて、役所に婚姻届けを出した日の記念写真である。
それから、約半世紀。二人が綴り続けた物語が、この世でのエンドロールを迎えた。
天に昇る煙が、秋晴れの空に細くたなびく。映画監督、海東淳。本名「瀬川淳」。彼はもう、抱きしめたであろうか、最愛の、チヨの総てを。
終




