趣味じゃないです仕事です
首を吊り、そしてあっさりと蘇生した男。
彼は錬金術師である。
物理法則を捻じ曲げて、自然科学を超越する、真理の探究者。
錬金術師と魔女がこの樹海の奥地で出会ったのは三ヶ月前で、お互いに本名を名乗らずに肩書きで呼び合うような間柄だが、なぜだか一緒に暮らしていた。住居を失った錬金術師が魔女の家に転がり込んで、そのままズルズルと続いているかたちだ。
魔女は樹海の奥地で俗世から離れた隠居生活を送っており、無職状態だった。二人の生活費は主に錬金術師の給金から捻出されていた。
錬金術師はこう見えて研究所職員という定職に就いている。新薬開発のプロジェクトチームに所属している。錬金術を現代に活用しようとしたら、せいぜい薬学くらいでしか披露できない。物理学がアインシュタインによって解明させられてしまったからだ。
三ヶ月前、彼は人類の歴史を覆す、画期的な新薬の理論を発見してしまい、そのテーマの途方もなさのせいで前の研究所をクビになり(その際にそれまで住んでいた寮を追い出された)、今の研究所に採用された。
彼が発見したのは、蓬莱の薬の生成方法。
いわゆる『不死身になる薬』の作り方だった。
「時代が時代やったら、世が世やったら、ワレ王様になれたかもしれへんな」
テーブルに頬杖を着いた魔女が、そんな風に言ってきた。
「人類の悲願でしたからね。錬金術が目標とする一つでもありますし、僕の名前、歴史に残っても不思議じゃないかもしれません。うわあ、緊張するな」
魔女と錬金術は夕飯の食卓で、そんな会話をした。
「まあ、それも、その薬が新薬として正式に認可されれば、の話やがな」
「そうなんですよね……。実にそうなんです……」
魔女が使う魔法や錬金術師が扱う錬金術は、世間に存在が認められていない。現代科学の礎を築いた相対性理論がそれ以外の理論を駆逐してしまったからだ。
魔術師や錬金術師には功名心の少ない人間が多いので、世間に認められることがなかろうが大した問題はなかった。この魔女のように文明から逃れたところでひっそりと暮らすか、この錬金術師のように自分のスキルを不可分なく発揮できる現場を模索するかして、時代に順応していた。
しかし、どのような神の悪戯か、あらゆる奇跡が死に絶えてしまったこの時代に、最高にして最上の奇跡である不老不死の理論が見つけ出されてしまった。
こうなると功名心だの世間体だの言っていられない。あらゆる手を尽くして、この不老不死の薬を完成させなければならない。錬金術師の魂に火が灯った。
ただし難しい問題が一つ残っている。この国は新薬の認可の裁定が厳しい。不死の薬といういかにも胡散臭い新薬を申請して査定してもらうところまで上手くいったとしても、その効能を証明するためには、実験対象を一度死なせてみなければならない。
男の開発した不死薬は動物には効果が薄かった。せいぜい生命力が高まる傾向が見られるぐらいだ。現在勤めている研究所の方針に従って、動物実験を繰り返していても、日本薬局方の認可が下りないことは目に見えていた。
真の効能を示すには、やはり人間で試さなければならないのだ。
己の使命に気付いた日、男は急いで自分自身に投薬した。
「はっ、早く死んで確かめなきゃ!」
それから彼の自殺のライフワークが始まった。