37話 有給休暇
秋は足早に去り、あっという間になにかとせわしない師走となった。今年の終わりも差し迫った今日この頃、一枚の紙を持ちながら社長室に繋がる内線電話をかけた。
決して退職する訳では無い。有給休暇の申請に行く為だ。俺の直属の上司は社長になっているので、申請には直接社長に会いにに行く必要がある。
「もしもし、秋元です。ひすいさん、社長は今お手すきでしょうか?」
「はい、今は大丈夫ですよ。ちょうどご休憩なさっておりますので」
折角の休憩中に悪いのだが、お邪魔させていただくとしよう。なにかと忙しい翔の時間を取るには少々強行手段はやむを得ない。
「それでは少しお時間をいただけるようお願い出来ますでしょうか。今から伺いますので」
そっと受話器を置き、有給申請用紙を持ち部屋を後にした。
「やあ、どうしたんだい? 丁度良かった、頼みたい服もあったんだよ。ひすい、秋元君にもお茶を淹れてあげてくれないか?」
社長室に入るとお茶を誘われた。それ自体は問題無いのだが、なんだろうか、胸騒ぎがする……翔の頼みたい服はまともじゃないからなあ。
「せ、先輩……実は……」
ほら、秋元君じゃ無くなったし……。
「た、たいそ――」
「社長、実は有給の申請にやってまいりました」
言葉を発しながらアイコンタクト送った。『ヒスイサンガキイテイマス』と。
「お、おほん! うん、全然構わないよ。有給の取得は義務だからね! ははっ!」
なんですか、その安堵している表情とは裏腹な曇った目は……体操服はNGですよ?
すぐにひすいさんがお茶を持ってきてくれて翔の横に立っている。完全にマークされてるな、あれは。
「二日間の申請なのですが、ちょっと申し上げにくい日程でして、ご容赦いただけますでしょうか?」
社長に渡した届け出には24日、25日の文字が書かれている。それを見て、翔はにやりとした。
「……そうですか。遂にお伝えするんですね」
悟ってくれたようだ。ひすいさんは首を傾げているが。
「ええ、ベタベタですが、この日にしようと思ってまして。プロポーズは」
「にゃ! プ、プロポーズするのかにゃ!? そ、そりゃあときめなら喜んで受けると思うけど、で、で、でもふわあぁ……いいにゃあ~、いいにゃあ~……」
なんか、ちらちら視線を送り翔にアピールしてる。
「ふふ、僕もちゃんと考えているよ? でもクリスマスじゃないんだ。この際だからひすいにもネタバレしておこうかな? 僕は元日、この日に籍をいれさせてもらうよ。もちろん、神社の準備もばっちりさ」
「……うぅ、嬉しいにゃ! ひすいも立派なお嫁さんになるにゃあ!」
ケモミミと尻尾を出し抱きついている。これこれ、人前ですよ、秘書さん。
「はは、良かったですね。二人ともお幸せになって下さいね」
とはいうものの、秋祭りの時からひっかかっている事が頭によぎる。翔だって同じく人間だ。寿命というものが――
「大丈夫ですよ、先輩! 後は先輩の気持ち次第ですから」
謎の励ましをされた訳ですが……。俺の気持ち次第?
「嬉しいにゃあ、嬉しい……うぅぅ……ひすいは幸せにゃあ……はむ!」
さて、邪魔者は退散するとしますか。
「それでは私はこれで失礼します。立ち入り禁止のプレートかけておきますね」
その言葉に翔が片手を上げて答えてくれた。まあ、そうなる、チュッチュしてたらしゃべれないものね。
いつもはきはきとしたしっかり者のひすいさんだが、今日ばかりは子供のように甘えており、人目もはばからず二人で愛を確かめ合っていた。
「なぬ、旅行? 何処に行くのじゃ!?」
尻尾をパタつかせながら興奮気味のときめである。晩ご飯を食べながら24日の件を伝えた。もちろん何をするのかは内緒だ。幸い、ときめはクリスマスというものをあまり理解していないようだし。
「ええ、温泉にでも行きませんか? 会社もお休みできましたので」
「ほう~! いいのう! 温泉など久しぶりなのじゃ!」
きっとこれも数十年振りなんだろうな。
「今度は二人だけで行きますからね。翔たちは仕事ですから」
「う、うむ。潤と二人で旅行……た、楽しみなのじゃ……」
ケモミミがふんにゃりと垂れている様子からみると、どうやら少し照れている様子だ。まるで何かを期待しているかのように。
確かに、一緒に住んではいるものの、お風呂は別々だし、キスはするけどそれまでだ。尻尾に抱き着くことはあるが、ときめには抱き付いたことは無い。
他の人が聞かれるとただの尻尾好きのケモナーと批判されてしまうそうだが、実は違う。確かにケモミミも尻尾も魅力【大】いや、【極大】であるが、それ以上に及ばないのは、正式に夫婦として成立していないからだ。
相手が神様だからという訳では無く、ここはけじめとして持っておきたい信念があったのだ。
「よ、『よるのいしょう』は持って行った方がよいのかの、な、なんての……」
「ええ、構いませんよ」
「はは、冗談じゃ、じょう――、なぬ!? い、今なんと言ったのじゃ!?」
ケモミミと尻尾が反り上がり、全ての毛が逆立った……なかなかコミカルな動作を先程から繰り返してくれている。見ていてとっても楽しい。
俯きながら顔を真っ赤にしてブツブツもじもじしている。これは中々の貴重なショットだ。あまりにも可愛いから一枚撮っておこう。スマホのカメラを起動させてと。
「しかし、あ、あれを着ると、見、見えて、い、いやいいのか。じゃ、じゃが……あわわわわ……はぁはぁ、んくぅ……は、は……」
え!? ときめさん、バクってる!? 過呼吸!?
「ちょっと!? ときめ大丈夫ですか! 息をしっかりして下さい! はい、ゆっくりと吸って、吐いて!」
「はふぅ! はふぅ!」
「それずっと吐いてますよ! 死んじゃいますから!?」
その日の食卓は荒れに荒れた……。




