35話 母性溢れるときめさん
「むむ……当たらぬのじゃ。もう一回なのじゃ!」
射的に無我夢中になっているのだが、先程からかすりもしない。しかも仮に当たったとしてもビクともしないであろう超大物狙いのご様子だ。
結構、的としては大きいんですけどね……。
『お姉ちゃん大苦戦! ガンバレお姉ちゃん! あ!』
「え? どうしたの美月ちゃん! 何かあった?」
美月ちゃんからやけに驚いた声が出た。もしかして何かしら景品が取れたのかと思ったのだが、その気配は無い。
「ううん、何でもないよ。これは編集用のワークだよ! お姉ちゃん、一回やらせて~!」
「うむ、良いのじゃ。じゃが、中々きゃつは強敵じゃぞ?」
残りの残弾が一個になったところでときめから美月ちゃんに選手交代するようだ。
「潤さん、このあたりの角度で美月が入り込まないように、景品を……そうそう、そんな感じ!」
カメラを渡され、アングルを固定された……はい、承りましたよ。
しかし先程から狙っている大物は可愛らしいうさぎのぬいぐるみさんだ。大きさもあるし、重心もしっかりしてるから一発当てたぐらいではビクともしないだろう。
「ふふ、美月ちゃんに任せなさい! まず、コルク銃の基本はトリガーを先に引き、内部の空気圧を最大限に活用……コルクはやや浅めに差し、発射の爆発力を高める……狙いは布部では無く、鼻のプラスチック部分、さらにそのギリギリをアッパー気味に狙い撃つ……」
なんかブツブツ言ってるしやたら詳しい!? もう完全に余所のお祭りを堪能してたよね!?
この角度では後ろ姿しか見えないが、肩幅に足を開き、半身になり、コルク銃を片手で構えている。
「弾は一発で十分。甘えは狙いを狂わす……」
えっと……どうしたんだろうか。表情が気になる……露店のおっちゃんも真顔になってることから、完全にスナイパーの表情になっているのだろう。
「……そこぉ!」
掛け声と共に放たれたコルクは俺には見えなかったが、うさぎのぬいぐるみがウイリーしたような姿勢となり、バランスを崩し、一回転して棚から落ちた。
「ふっ……ミッションコンプリート」
コルク銃の先端に息を吹きかける姿が凛々しい……一撃ですか。
「美月は凄いのう! うさぎを手に入れたのじゃ」
『流石お姉ちゃん! まさかの最後の最後でうさぎさんゲ~エット! まさに神がかり的などんでん返しだぁ~』
「何を言っておるんじゃ、美月が取ったのではないか」
きっと編集してときめが取ったようにするんだろうな……。その為の『あ!』だったんですね。
「いいのいいの! そのうさぎさん、お姉ちゃんにあげるね!」
ほうほう、中々のもふもふ具合だし。抱き心地も良さそう――
「何をじっと見ておるのじゃ、よもやこのうさぎの方がときめよりも抱き心地が良いのでは、などとたわけた事を考えておるのではなかろうな!? 断然ときめの方が抱き心地は良いに決まっておるのじゃ!」
「ときめ!? 周りの人が勘違いしちゃう! 抱き心地とか言わないの!」
ときめは尻尾の事を言っているのだが、周りにいる人は違う。ときめ自身の抱き心地と認識する筈だ!
「俺、次生まれ変わったらうさぎぬいぐるみになるんだ……」
「リア充になる事を放棄するな! 生きろ、懸命に生きるんだ!」
「あれって美月ちゃんじゃない? ほら、最近人気の!」
ああ。さっきのお兄さん……完全に自暴自棄になってる。それに美月ちゃんって結構有名なんだね……。
「つ、次に行きましょう! は、早く!」
その場から逃げるように二人をつれて歩き出した……。
『ついに一万円最後の商品はリンゴ飴! これで終了~! 結構たくさん買えましたね! でも流石にちょっと一万円は多いかな? みんなは計画的にお金は使ってね! それじゃまたね~! チャンネル登録よろしく~』
どうやら美月ちゃんの撮影も終了したようだ。結構食べたなあ……。
「はい、リンゴ飴はお土産だよ! これは今食べなくても大丈夫だからね!」
美月ちゃんからリンゴ飴を手渡された。今回は動画の為と言う事で全部美月ちゃんのおごりだ。今度またたくさんのケーキを持って来てあげるとしよう。
「あ、のじゃのお姉ちゃんだ!」
可愛らしい声と共に女の子がかけてきた。同じマンションの幼児ちゃんだ。お母さんと一緒にお祭りに来ているようだ。
「秋元さん、いつもうちの子がお世話になっています。今日は旦那さんもご一緒なんですね」
「うむ、今日は潤と妹と一緒に秋祭りを楽しんでおるのじゃ」
幼児のお母さんに会釈し、挨拶をしたのだが、どうやら完全にご近所では夫婦の扱いになっているようだ。
ときめ、秋元さんって呼ばれてるし……。
「のじゃのお姉ちゃん! 一緒にお祭り行こ~! ほら早くぅ~」
「これこれ、そんなに走るでない、こけてしま――」
よそ見をしながら走ってしまって幼児ちゃんがつまずいてこけてしまった。手に持ってたリンゴ飴も投げ出され、土まみれだ。
「うう、痛いよぉ……」
「大丈夫じゃ、偉いのう、こけても泣かぬのじゃな。強い子じゃ」
ときめが駆け寄り、園児ちゃんに声をかけている。俺もお母さんも慌てて駆け寄った。幼児ちゃんは明らかに涙目になっている。
「人がたくさんいる所では走っては危ないのじゃ。さあ、自分で立てるの?」
「う、うん」
ゆっくりと立ち上がり、砂を払っている。成程、抱き起してよしよしするだけが能じゃ無いか。
「偉いのう! よし、じゃあこれはときめからのプレゼントじゃ!」
美月ちゃんが取った景品のうさぎのぬいぐるみを渡すと、先程まで泣きそうだった顔が一気に笑顔に変わり、痛みも何処へやら元気に飛び跳ねている。
「よ~し、じゃあお兄さんもご褒美に手品を見せてあげよう!」
先程放り投げだされたリンゴ飴を拾い、幼児とときめに見せる。
「見ててよ~この土の付いたリンゴ飴がなんと……」
土の付いたリンゴ飴を後ろに回し、再び前に出した。
「うわぁ! 綺麗になってる! おじちゃんすご~い!」
「お兄さんって言ってくれるかな?」
子供は正直……なのか。俺、おじちゃんって呼ばれる年じゃ無いような……でもそう見えるんだな……。
少し落ち込みながら喜ぶ幼児ちゃんを眺めていると、お母さんからお声がかかった。
「す、すみません! うちの子が、それに浴衣まで汚して――」
お母さんの言葉を遮り人差し指を口元に置いた。そもそも俺はマジックなど出来ない。土の付いたリンゴ飴は俺の浴衣の帯に差してあるだけ。それを先程の美月ちゃんから貰ったものと交換しただけだ。
「いいんですよ。あんなに喜んでくれてますし」
リンゴ飴とうさぎさんを持ち笑顔でときめと話している。
「ありがとうございます。ときめさんの言う通り素敵な旦那さんですね」
どんな事言ってるの……まだ結婚してなんですけどね。あれ、そういえば、美月ちゃんは?
『私のお姉ちゃんとこの優しくて素敵な男性はとっても幸せな夫婦なの! だからときめお姉ちゃんは狙っちゃダメだよ~!』
はは、動画、俺も映してくれてるのか。でもそこでも夫婦になっちゃうんですね……。
『狙うなら、絶賛恋人募集中のとってもキュートな美月ちゃんにしてね! それじゃあ、次回もお楽しみに~!』
それで〆るんですね、もしかして動画投稿してるのって彼氏探しなの?




