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14話 就任したら……

 

 桜も咲き誇り、寒波も鳴りを潜め、本格的な春の暖かな陽気が肌をくすぐる。


 数日の間に帰国後の住居整理などを行い、今日からいよいよ仕事である。


「じゃあ、ときめ。行って来ますね」


 俺の仕事は服のデザイナー兼パタンナー、つまり自分で服を作る。


 海外にある工場でノウハウを学び、服のイロハを教えてもらった。


 最初は作業を中心としたものであったが、いかんせん言葉もロクに通じない当初は、必要最低限の買い物を除けば出歩く事もしなかったので、デザインの勉強を独学で学んだ。


 そんな時間を数年過ごし、言葉もそれなりに通じるようになった時に、何点かデザインしたものを見せた所、デザイン部への異動となり、それからはデザイナー兼パタンナーとして務業に従事していた。


「行ってらっしゃいなのじゃ、気を付けるのじゃぞ……で、出来る限りで構わぬから早く帰って来て欲しいのじゃ……」


「はい、今日は初日ですしそれほどは遅くなりませんよ。ときめも外を出歩く時は気を付けて下さいね」


「分かったのじゃ、行ってらっしゃいなのじゃ……」


 明らかに元気が無いのはケモミミと尻尾を見れば分かる。俺も数日間ときめと過ごしていたから寂しい気持ちは同じである。だが、生きて行く為には働かなくてはならない。


 断腸の思いで玄関を出た。許してくれ……帰ったらすぐに、もふもふするから……あ、これは俺がしたいだけか。




 職場は電車で五駅先にある徒歩三分の好立地条件の会社だ。この辺りもスターシティの経済力を感じる。


 職種的に普段着で通勤出来るのは、結構楽でいい。


 早速事業所に向かうのだが、見知らぬ人が社員証を首から下げているのが珍しいのか、ひそひそと声が聞こえてくる。


 しかしこの程度では動じはしない。なにせ俺は全く言葉が通じない場所で、コツコツと頑張って来たのだ。メンタルには自信がある。


 なにはともあれ、事業所の責任者に新任の挨拶をしないとな、しかし居場所が分からない。う~ん、弱ったな。とりあえず誰か人を捕まえて……。


「君が秋元潤君だね」


 明らかに責任者としての風格がある、ミドルエイジの男性から声をかけられた。首から下げた社員証を見ると『主任』と記載されていたのでこの人に間違い無いだろう。


「はい、本日付けで本事業所に配属になりました秋元と申します。これからどうぞ宜しくお願いいたします」


 深く頭を下げて挨拶をする。第一印象は大切だ。


「あ、う~ん……」


 なんだ? とても歯切れの悪い返事だが……今の挨拶、悪かったのかな?


「あ、あの、私に何か不手際を致しましたでしょうか?」


「いやいや! そんな事無いんだよ! 挨拶も出来る立派な好青年だよ。ようこそ、当事業所へ!」


 良かった、初日から上司に嫌われるなどたまったもんじゃない。


「それで、秋元君、非常に言いづらいんだけど……」


「はい、何でございましょうか」


「さっき社長から連絡があってね。君、本日付けで異動なんだって、本社に」


 ……就任初日、会社に入って三分で異動って。どうなってんのスターシティー!?




「ただい……ときめ?」


「おお! も、もう帰ってきれくれたのじゃな!」


 いや、玄関で俺のフリースを持って膝抱えて丸まらないで欲しいな……。


「危なかったのじゃ、あと少し遅ければときめは泣いてしまう所じゃった……」


 一時間ぐらいしか経ってませんけどね。


「ちょっといろいろありまして、着替えたらまた違う所に行くんですよ」


 本社にカジュアルな普段着で向かう訳にはいかない。スーツに着替える為に一度帰宅した訳だ。



「よし、じゃあもう一度行ってきますね」


「うむ、潤が見れたので元気いっぱいなのじゃ。気を付けての!」


 完全に嘘じゃないか……尻尾とケモミミを見れば分かる。元気付けてあげないと、よ、よし!


「と、ときめ、ちょっとこっちに来てくれます?」


「な、なんじゃ?」


「行って来ます」


 そっと、ときめの頬に触れた。唇で。


「ほふうぅぅ!!」


 なんか奇声を上げて……まあ、いろんな意味で元気になったみたいだし、良しとしよう。


 しかしあの興奮してる様子を見てると、なんだかもっと恥ずかしくなっちゃうな……。




 スターシティーの本社は、先程異動になった事業所からは近く、更に二駅程行った先のビジネス街のド真ん中に構える超巨大高層ビルだ。


 かつて俺も入社一ヵ月はここで研修をしたのだが、なにが凄いかってこのビルの中身が半端じゃない。


 コンビニはもちろん、レストランも和洋中と有り、福利厚生のジムやヨガ、スーパー銭湯まであるくらいだ。


 ……とても社員に優しい会社だと思う。



 エントランスに向かい、受付へと足を運ぶ。俺は人伝で社長から人事異動と言い渡されただけで、どこに配属かも知らない。社長……翔に聞くしか無い。


「すみません、社長とアポイントを取りたいのですが」


「大変申し訳ござません、弊社社長とのアポイントはこちらへの申し込み用紙から依頼していただく形となっております。本日からですと……二年三か月後となります」


 いや……社長と話すまでそんなにかかるの? その間、俺は何をしていれば……。


「あ、あのお……私、秋元と申しまして、社長から本社に異動と伝えられて来たのですが」


「秋元様……ですね、少々お待ち――あ、し、失礼いたしました。社長より言付かっております。どうぞ、七十五階が社長室になります」


 良かった、とりあえず二年三か月のニート暮らしからは免れそうだ。




 社長室への直通エレベーターに乗り、正面にそびえる重厚な扉の端に、秘書であるひすいさんが立って待っていてくれた。


「ようこそ、お待ちしておりました。社長がお待ちです。どうぞこちらへ」


 おお! 前回見た時はまるで違う。愛嬌があるので背伸びしてる感はあるが、しっかり仕事して……ってか、初めて会った時から思っていたんだけど、神様に仕事させていいのかだろうか?


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