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短編集

スキル【分身】を身に付けた俺、気付いたら二股地獄で逃げられない

作者: 緋色の雨

「……私じゃ、ダメなの?」


 リーゼロッテが金色の瞳から涙をあふれさせた。

 その場の空気に耐えかねた俺は、すまないと呟いて視線を逸らす。


 リーゼロッテは俺が所属する冒険者パーティーの一員で、魔女の称号を冠する魔術師だ。強くて優しい少女で、容姿だって整っている。

 そんな少女に告白――そう、告白だ。想いを告げられて嬉しくないわけじゃない。


 ――だが、俺は彼女の思いを拒絶した。

 そして、それから数日過ぎたある日。


「てめぇがリズを泣かしたんだろ、このクズやろうっ!」


 酒場で酒を飲んでいた俺は、いきなりパーティーのリーダーであるグレイブにぶん殴られた。不意打ちをまともに食らった俺は、盛大に床の上に倒れ込む。


 だが、攻撃自体は不意打ちでも、いつかこんな日が来ると思っていた俺は無言で起き上がり、グレイブの顔を見上げた。


「……リーゼロッテがなにか言ったのか?」

「リズはなにも言ってねぇよ。だが、あいつが部屋に引きこもる直前、おまえとなにか話してたのは知ってる。おまえがあいつになにかしたんだろ! 言えよ、リズになにをした!?」


 グレイブとリーゼロッテは幼馴染みで、グレイブはリーゼロッテに密かな――と言っても周囲から見れば丸わかりだが、恋心を抱いている。

 そんなグレイブに、リーゼロッテに告白されて拒絶した――なんて言えるはずがない。ましてや、リーゼロッテが隠そうとしたのならなおさらだ。

 だから、「俺はなにもしていない」と嘘を吐いた。


 俺としては、幼馴染みの二人はお似合いだと思っている。なにより、このパーティーで行動するのはそれなりに楽しかった。

 だけど――


「なにもしてない、だと? それで、あのリズが三日も引き籠もるはずないだろ!」

「……そう思うなら、リーゼロッテに聞くべきじゃないのか?」

「そのリズがなにも言わないから、てめぇに聞いてるんだろうが!」


 それはリズの嫌がることを無理強いしているも同然で、少なくとも逆の立場なら、グレイブも黙っていたはずだ。だが、心配するあまりそこまで気が回っていないのだろう。


「もう我慢ならねぇ。てめぇみたいな隠し事をするやつは仲間でもなんでもねぇ。事情を話せないって言うなら、いますぐパーティーを出て行きやがれ!」


 グレイブは続けざまにそう言い放った。

 長く続けてきたパーティー。仲間としてもっと一緒にいたかったけど、それは無理のようだ。それが分かったから、俺は立ち上がってグレイブに視線を向けた。


「……リーダーがそういうのなら、俺はそれに従う」

「なんだと?」

「いままで世話になったな。おまえ達ともっと冒険を続けていたかったが……こんなことになった以上は仕方ない。じゃあな」

「くっ。あぁそうかよ。じゃあ、どこへでも行っちまえ!」


 周囲の連中がざわめく中、もう一人の仲間が二階へ走って行くのが見える。おそらく、二階の宿に引き籠もっているリーゼロッテに話を伝えに行ったのだろう。

 これ以上話がややこしくなるのは勘弁だ――と、俺はそうそうに酒場を後にした。



「あいつらと一緒に冒険をするのは気に入ってたんだけどな」


 戦士のグレイブと魔女のリーゼロッテ、それにシーフのミレルと賢者の俺。強さとしては一流に手が掛かるかどうかくらいだったけど、一緒に冒険をしていて楽しかった。

 だからこそ関係を維持しようとしていたのに、俺は追放されてしまった。男女関係でパーティーが崩壊するという話は良く耳にするが、自分がその当事者になるとは思わなかった。

 痴情のもつれとは本当に怖い。


 ……これからどうしようか?


 別のパーティーに所属するのもありだけど、あいつらみたいに気の合う仲間がそうそう見つかるとは思えないし、他人の恋愛事情に巻き込まれるのはもうごめんだ。


 ひとまず、どこかの片田舎にでも引っ込んで、のんびり研究でもしよう。そのうち、器量の良い嫁さんでも見つけて、スローライフが出来れば言うことなしだ。


 そんな風に考えて、街を出る準備をしていた矢先。道具屋で旅に必要な物資を買いそろえていると、パーティーの連中が俺を探しているという情報が舞い込んできた。


 リーゼロッテが怒り狂っているとのことなので、彼女を振った上でパーティーから抜けた俺に対する復讐を考えているのかもしれない。

 絶対に捕まるわけにはいかない。


 という訳で、俺は最近身に付けたユニークスキルを使用することにした。

 それは【分身】というスキルだ。


 分身というと、単純に幻影を見せて攻撃を反らすくらいの能力に思われがちだが、俺の【分身】は実体のある分身体を作り出すスキルだ。


 俺とまったく同じ知識を持ち、考えることも出来る。

 更には分身体を作り出したときに消費した魔力量に応じて、最大で一ヶ月ほど自立行動が可能で、その魔力の範囲内であれば魔術も行使できる完全なるコピー。

 しかも、分身体が体験した記憶は、分身体が消滅したときにオリジナルの俺に流れ込んでくる。便宜上は分身ではあるが、俺が二人になるのとまったく変わらない。


 あえての違いと言えば、俺が死んだら人生が終わるが、分身体が死んでもオリジナルの俺が死ぬことはないと言うくらいだろう。

 ただ、その記憶を俺が引き継いだ場合は、生きながらにして死ぬ体験をすることになる。記憶を引き継ぐかどうかは任意で選べるが、デメリットが零とは言えない。


 な~んて、習得したのはつい最近で、まだそれほど多くのことは分かっていない。もしかしたら、他にも問題点は在るかもしれないが……どのみち優秀なスキルには変わりない。


 という訳で、ここはその分身の遣いどころである。

 俺は手持ちの魔石に込めてある魔力も総動員して、一ヶ月自立行動出来る分身体を複数作り出し、それぞれ囮として目立つように街を出立させる。


 俺の分身なら早々に捕まるようなヘマはしないし、いざというときは期限より早く消滅することも出来る。分身体を囮にして、そのあいだに俺は雲隠れというわけだ。

 こうして、俺は誰にも知られぬように辺境目指して旅立った。




 ちなみに、この大陸の中央には魔の森が広がっており、それを境に南北に分けて人間領と魔族領に別れている。俺が目指した辺境とは、その境にある魔の森である。


 魔の森には魔物が多く生息するので一般人には危険だが、それゆえに人間も魔族も滅多に森の奥にまでは立ち入らない。


 だが、魔力素子(マナ)の濃度が高くて魔術は使いやすいし、豊かな森には魔術の研究に必要な素材も揃っている。魔物をなんとか出来るのであれば、わりと暮らしやすい土地だったりする。


 冒険者である俺は、森の魔物くらいなら結界で遠ざけることも可能だ。しばらくは森で研究三昧の日々を送ろうとやって来たのだが……


「一体なにが起きてるんだ?」


 森の中心部分で、なにやら攻撃魔術が飛び交っている。

 こんな森の奥深くに誰かがいることは驚きだが、それだけならありえない話じゃない。だけど、飛び交っている魔術の威力が尋常じゃない。


 魔女の称号を持つリーゼロッテですら一発撃てるかどうか。それほど高威力な攻撃魔術が、ぽんぽんと乱射されている。普通に考えてありえない状況だ。


 俺がこんな辺境にまできたのは、のんびり研究が出来ると思ったから。

 厄介事に巻き込まれるのなら別の場所に移動しようとも思ったのだが、幸か不幸か――後から考えれば不幸なことに、その戦闘はすぐに収まった。

 ひとまず状況だけは確認しようと、俺は戦闘のあった現場へ向かうことにする。


 そこには激しい戦闘の後をうかがわせる大地。森にぽっかり空いた――というか、木々が焼き払われた広場の中心に、二人の少女が血塗れで倒れていた。


 俺と同じか、少し年下くらいの少女達だ。

 周囲の爪痕から、二人が戦って相打ちになったのが見て取れる。にわかには信じがたいが、さきほどの戦闘はこの二人が引き起こしたようだ。


 様子をうかがうと、二人ともまだ息がある。

 だが、このまま放置すれば間違いなく息絶えるだろう。たとえ怪我で死ななかったとしても、血の臭いを嗅ぎつけた魔物に殺されるのは想像に難くない。


「放っておくことは……出来ないよな」


 幸い、ここには二人の戦闘で出来た空き地がある。

 俺は周囲に魔物が近づけないように結界を張り、物を収納する魔術――アイテムボックスに収納していた家を空き地に設置した。


 ちなみに、森で暮らすために途中の街で買い取った中古物件である。

 俺のアイテムボックスの容量限界ギリギリだったので、家の他には食料や必要最低限の素材しか持ってくることが出来なかった。

 でもまぁ……家と食料があれば、当面はなんとかなるはずである。


 とにもかくにも、少女二人を広場に設置した家の中へと運び入れる。

 争っていた理由は目覚めてから聞くとして、二人一緒にしたら戦闘が勃発するのは安易に想像できるので、二人が出会わないようにそれぞれ別々の部屋に寝かせる。


 まずは……治療だ。

 二人とも骨折が複数箇所に、裂傷は数え切れないほど。全身が血塗れになっていて、女の子の柔肌が痛々しいことになっている。

 おそらくは魔力も枯渇しているだろう。


 実力的には同程度だったのか、二人の負傷は同程度だ。ただ、褐色の少女の方が少し幼くて体力的な不安があるように思える。

 俺は数時間ほど活動できる魔力を与えて分身体を一つ製作。分身体に色白の少女の治療を任せ、俺自身は褐色の少女の治療をすることにした。


 褐色の少女を休ませている部屋に入り、ベッドサイドへと立って少女を見下ろす。

 夜色の髪に、褐色の肌の幼い少女。

 もし穏やかな寝息を立てているのなら非常に絵になったかもしれないが、呼吸が苦しそうで見ていて痛々しい。早急に手当をする必要があるだろう。


 少女の裸を無断で見ることに抵抗はあるが、そうも言っていられないほどに容態が悪い。俺は少し躊躇いながらも、少女の服を脱がしていく。


 血塗れな上に少女の意識がないために、服を脱がすのが難しい。どのみち攻撃を受けてボロボロだったので、俺はブラウスをナイフで切り裂いて脱がしていった。


 褐色な少女の、控えめな胸があらわになる。ブラウスの露出度からしてもしやとは思っていたが、どうやらブラの類いはしていないらしい。


 俺はそれを出来るだけ意識から外し、今度はミニスカートを脱がしに掛かった。

 こっちはボタンを外して足から引き抜くだけなので切り裂く必要はなかったが――意識のない少女のスカートを引っこ抜く姿はかなりヤバイ。

 もしここで少女が目を覚ましたら大ピンチである。


 まあ……幸いにして、少女は意識を失ったままだ。

 そして更に幸いなことに、ショーツの類いは身に付けていた。ちょっと残念な気も……って、俺はなにを考えてるんだ。


 自分の頬を叩いて理性を取り戻し、魔術で召喚した綺麗な水とタオルを使って少女の身体に付着した血を拭い、傷口を洗浄する。


 本当は治癒魔術で全ての傷を完治させてやりたいが、俺が使える治癒魔術は対象の体力を消耗させる。これだけの傷を全て治そうとしたら、少女が衰弱死してしまうだろう。


 なので、とくに酷い傷だけを魔術で癒やし、残りは傷薬を塗り込んで包帯を巻く。

 美しい少女の裸体に薬を塗り込むことになんか色々と思うところがあるが、それは理性を総動員して押さえ込む。俺は黙々と薬を塗り続けた。


 軟膏を手に掬っては。少女の身体に塗り込んでく。胸元や脇腹、それに太ももなどなど、傷という傷に軟膏を塗る。

 塗り塗り、塗り塗りと……少し余分に塗りすぎた気がするが、それは許して欲しい。童貞の俺には、理性を総動員して手当てするだけで一杯一杯なのだ。


 やっと手当を終えて、少女に掛け布団を掛ける。そのタイミングで少女が目を開いた。まだぼんやりとした紅い瞳が俺の姿を捕らえる。


「そなたは……誰じゃ?」


 少女が上半身を引き起こして問い掛けてきた。

 掛け布団がずれ落ちて、その下に隠れていた裸体があらわになった。


「――む、わらわはなぜ裸なのじゃ? もしや、そなたが脱がしたのか? ……なぜ視線を逸らす? なにかやましいことがあるのか?」

「いや、そういう訳じゃないが……」


 少女は裸体を隠そうともせず、俺をまっすぐに見つめているのだ。

 さっきまでは治療のために必要だった。それに、少女に意識がなかったために、みていても相手の反応がなかったわけだが、いまは違う。

 いまこの状態で、少女の裸体を直視するのは恥ずかしい。


「わらわの質問に答えよ」

「視線を逸らしてるのは、キミの裸を見ないようにしているだけだ」

「だが、わらわを脱がしたのはそなたであろう? 眠っているわらわに欲情して、服を脱がしたのではないのか?」

「なっ!? そんな訳ないだろ!」

「む、違うのか?」

「違う。服を脱がしたのは治療に必要だったからだ」

「……治療? ……そうだ。わらわは勇者の娘との戦闘で――っ」


 跳ね起きようとしたのかなんなのか、少女はうめき声を上げて顔をしかめた。


「無理はしない方が良い。最低限の治療は施したが、まだ完治してるわけじゃない」

「……そのようじゃな」

「後で食事を持ってくるから、いまは少しでも休んだ方が良い。詳しい話はそのときにでも聞かせてくれ」

「……そう、じゃな。そうさせてもらおう」


 少女は思ったより素直に頷いて、掛け布団をかぶり直した。激しい戦闘の後から凶暴な性格かもって思ってたけど、どうやら普通の女の子のようだ。

 俺は少し安堵して踵を返す。だが、部屋から出ようとしたところで少女に引き留められた。


「そういえば、まだ助けてもらった礼を言っていなかったな。わらわの名前はルビア。そなたはなんと言うのじゃ?」

「俺はアレクだ」

「そうか……では、アレク。そなたがいなければわらわは死んでいただろう。そなたはわらわの命の恩人じゃ。心より感謝する」

「……どういたしまして」


 俺はルビアの感謝を受け入れ、部屋から退出した。

 そうしてリビングへ戻ると、ちょうど分身体も戻ってくる。色白な少女の治療を終えた分身体は消滅し、その記憶が俺の中に流れ込んでくる。


 ちなみに、この時点ではまだ、俺は分身体の記憶を自分のモノとしていない。分身体の記憶を所持しているだけの状態で、分身体がなにをしたか把握していないのだ。


 それを自分のモノとするために、俺は分身体の記憶を再生する。引き延ばされた時間の中で、俺は分身体の行動を追体験していく。


     ◆◆◆


 俺は(・・)色白な少女を癒やすために彼女を寝かせた部屋に入る。

 眠っているというよりは意識を失っているのだろう。少女の呼吸はあまり穏やかじゃない。普通であれば致命傷クラスの傷を負っているのだから当然だ。


 容姿だけを見れば大人しそうな美少女。

 だが、これだけの傷を負っていまだに容態が安定している少女が普通のはずがない。おそらくは相当な実力の持ち主だろう。


 ひとまず、俺は傷の手当てをするために少女の服を脱がす。血塗れで普通に脱がすのが難しかったので、俺はナイフを使って少女のブラウスを切り裂いた。


 ピンク掛かったプラチナブロンドに、透けるような白い肌。肌着を押し上げる双丘は年相応の丸みを帯びていて艶めかしい。

 普段であれば欲情を覚えそうだが、いまは血塗れで痛々しくもある。


 分身体である俺の魔力量はオリジナルから分け与えられた分しかないが、その範囲であれば魔術を行使することが出来る。

 俺は魔術で召喚した綺麗な水とタオルを使い、血を拭って傷口を洗浄する。


 それから、とくに酷い傷を治癒魔術で癒やし、残りの傷には傷薬を塗り込んでいく。

 少女の傷は全身に及び、それなりにきわどい位置にも傷があるわけで……俺は自分の煩悩を追い払うのに理性を総動員する必要があった。


 おそらく俺と同い年くらい。そんな少女、しかも意識がない状態の少女の裸体を撫で回すことに理性が吹き飛びそうだ。

 治療を終えたとき、俺は別の意味で疲労困憊だった。

 そんなとき、少女が不意に目を覚ました。


「あ、あなた誰――っ」


 上半身を起こそうと、掛け布団を撥ね除けた少女が痛みにうめき声を上げる。包帯と下着しか身に着けていない裸体があらわになり、俺はさり気なく視線を逸らす。


「――って、なんであたし裸なの!? ま、まさか、あなたがあたしを脱がしたの!? あ、あたしになにをしたのよ、この変態!」


 少女は掛け布団を引き寄せて裸体を隠し、真っ赤な顔で睨みつけてくる。なにやら攻撃魔術を展開しようとしたようだが、いまの容態で魔術を展開できるはずがない。


「無理はしない方が良い。最低限の治療はしたけど、まだ動けるような状態じゃないからな」

「動けるような状態じゃない? ……そうよ、あたし、魔王の娘と戦って……もしかして、あなたがあたしを助けてくれたのかしら?」

「ああ。たまたま、倒れているところを見つけてな」

「……そう、だったの。それなのにあたしったら、ごめんなさい」

「起きたら裸にされてたんだ。警戒するのは当然だろ」


 俺がフォローを口にすると、少女はしょんぼりと俯いた。

 どうやら、悪人というわけではなさそうだ。


「後で食事を持ってくるから、話はそのときにでも。いまはとにかく休んだ方が良い」

「……ありがとう、そうさせてもらうわ。あ、それと、あたしを助けてくれてありがとう。あなたはあたしの命の恩人よ。えっと……」

「アレクだ。俺の名前はアレクだ」

「あたしはフィオナよ。アレク、助けてくれてありがとう。あなたはあたしの命の恩人よ」

「どういたしまして。それより、いまは休め」

「……そうね。お言葉に甘えて、少し休ませてもらうわ」


 安心したのか、それとも限界だっただけなのか、少女はすぐに寝息を立て始める。それを見届けた俺はリビングへと戻り、オリジナルの自分に帰属した。


     ◆◆◆


 分身体の行動を一瞬で追体験した俺は思った。

 ルビアより、フィオナの方が発育が良いな――と。


 いや、違うのだ。

 俺が悪いんじゃない。むちゃくちゃ可愛い二人が悪い。


 治療中は必死に、治療に必要なことだと言い聞かせていたが、それが終わったらどうしても思い出してしまう。俺だって年頃の男なのだ。


 ……まあ、現実逃避はこれくらいにして現実を直視しよう。


 ルビアは相手が勇者の娘だと言っていたし、フィオナは相手が魔王の娘だと言っていた。つまりはルビアが魔王の娘で、フィオナは勇者の娘。

 どう考えても危険な組み合わせである。


 ちなみに、魔族――なんて言われているが、別に邪悪な種族ではない。エルフやドワーフ族、それにイヌミミ族なんかと同じで、人間と違う種族と言うだけである。


 ただし、エルフとドワーフが昔から諍いが絶えないように、人間と魔族も昔から仲が悪い。

 ただ、国単位で中が悪いと言うだけで、個人同士では魔族と人間にも交流はある。俺もあまり気にしない者の一人で、魔族だからどうこう言うつもりはない。


 ただ、魔族代表と人間代表がよくよく争っている。

 そんな代表の最たる存在が、魔王と勇者。

 そんな魔王と勇者の娘達。どう考えても水と油……というか、火と油である。


 いまは二人ともボロボロで、互いが同じ家で寝込んでいる可能性に思い至っていないようだが、出くわしたら瀕死の状態でも殺し合いを再開しかねない。

 なんとか、二人が互いの存在に気付かないように立ち回る必要がある。


 少し考えた俺は、二人の傷が完治する期間を考えて一週間ほど持続する分身体を二体用意して、付きっきりで二人の看病をすることにした。


 ちなみに、分身体に看病を任せて自分の手を空けたのは、ここで暮らすための環境が整っていないからだ。


 家と食料だけは用意したが、その食料だって一人で暮らすことが前提だった。早急にここで暮らすための環境を整える必要がある。

 看病は分身体に任せて、俺はここでの暮らしを快適にするために手を尽くす。


 まずは――と、俺は家の裏手へと回る。

 魔術で水を用意することは出来るが、出来れば井戸くらいは確保しておきたい。


 ちなみに、魔術は無から有を生み出す――正確には別の空間から取り寄せるのだが、水を作り出すような魔術よりも、既存の物質を動かす魔術の方が必要魔力は少なくて済む。

 という訳で、俺は魔術を使って土を退けて縦穴を掘った。


 近くに川も流れる豊かな森の中ということもあってか、幸いにしてすぐに水は出た。穴が崩れないように側面を硬質化させて完成だ。


 と言っても、井戸が完成しただけで、水を汲む桶すら用意していない。俺は少しだけ持ち込んだ素材を使って、水を家の中に供給する魔導具の開発に掛かる。


 魔導具というのは、あらかじめ設定された魔術を発動させる道具のことで、魔術を使えない者にも使用できるうえ、魔石の魔力がある限りは持続的に発動する。

 ゆえに、ランプに変わる光源にしたり、水を汲み上げるシステムを組んだりするのに向いている。俺はそれを使い、井戸の水を直接、屋敷の中に供給できるようにする。


 俺はデバイスに魔法陣を刻むことは可能だが、デバイスを作ることは出来ない。デバイスはひとまず、街で買ってきた分しかない。

 水の供給システムを作った後は、下水処理とコンロなど、必要最低限の魔導具を開発して、手持ちのデバイスはなくなってしまった。

 他になにか作るときは、街に買い出しに行く必要があるだろう。


 それはともかく、それらの作業で一週間はあっという間に過ぎてしまった。久々の作業が楽しくて睡眠時間を削ったこともあり、完成したときはフラフラだった。


 そんなわけで、久々にぐっすりと眠った翌日の早朝。部屋でまどろんでいると、いきなり扉が開いて魔王の娘――下着姿のルビアが飛び込んでくる。


「……え、ルビア?」

「ここにいたんじゃな、アレク」


 そのままベッドに上がると、起き上がった俺に抱きついくる。しかも、下着姿のルビアは、俺の温度や匂いを確かめるように、顔をこすりつけてくる。

 ルビアの甘い匂いや柔らかな感触がダイレクトに伝わってきて焦る。


 なななっ何事!? なんでいきなりルビアに抱きつかれてるんだ!?


「ど、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもない、アレクが急に消えたから心配したのじゃ」


 消えた? あぁ……そうか。あれから一週間経っている。分身体の魔力が尽きたんだな。

 でも、こんな時間に消えたことに気付いたって、どういうことだ? まさか一緒に……って、そうか、分身体が寝ずの看病とかをしてたんだな。

 そうだ、そうに決まっている、そうに違いない。

 その割には、妙に距離が近いというか抱きつかれてるけど!


 ひ、ひとまず、俺の中に分身体の記憶がストックされている。それを確認すれば全てがあきらかになるはずだ。俺の心配が杞憂だと分かるはずだ。

 という訳で、俺はおっかなびっくり、分身体の記憶を再現する。引き延ばされた一瞬の中で、俺はこの一週間を追体験していく。



 まず、俺がしたのは、病み上がりでろくに動けない彼女の看病だ。

 戦闘能力に特化しているとはいえ、激しい戦闘で瀕死の重体にまで陥っていた。そんな状況ではまともに動くことも出来なくて、俺はつきっきりで看病した。


 最初は彼女も警戒していたようだが、自分一人ではろくに動けない状況。俺しか頼ることが出来なくて、少しずつ俺に対する警戒心を解いてくれたようだ。


 スプーンでよそったスープを手ずから食べさせることから始まり、最終的には背中を濡れタオルで清めるようなことまで手伝った。


 恥じらいながらも甘えてくる彼女が可愛かった。なにより、彼女は優しい性格をしていて、つきっきりで看病する俺に感謝もしてくれた。

 そんな彼女に、俺が惹かれるのに時間は掛からなかった。


 そして、それは彼女も同じだった。

 七日目の夜、傷も回復して動けるようになった彼女から告白された。両想いであることを知った俺は告白を受け入れ、フィオナ(・・・・)と結ばれた。



 ――って、やっちゃってるよ! 思いっきりやらかしてるよ俺! というか、凄い体験だったよ。一晩中だよ! 可愛い顔して激しいな、フィオナ!

 ――というか、フィオナ!?

 いまの記憶、フィオナと一緒に過ごしてた分身体の記憶じゃねぇか!


「どうしたのじゃ、アレク」

「えっ、いや、その……なんでもない」


 思わずルビアを引き剥がした。

 まさか、ルビアに抱きつかれている状況で、他の女の子と一晩中やっちゃってた記憶を追体験していたとは口が裂けても言えない。

 必死に言い訳を考えていると、再び扉が開いてフィオナが飛び込んできた。


「良かった、アレク。ここにいたのね――って、ルビア!?」

「なっ、フィオナじゃと、貴様がなぜここにおる!?」


 あああああああぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁ! 勇者の娘と魔王の娘が出会っちゃった、出会っちゃったよ! 最悪、最悪の状況だよ!

 しかも、そんな二人に対して俺は二股状態。

 ハイ死んだ、俺死んだ!


 いやいやいや、待て落ち着け。

 たしかに、フィオナとは関係を持ってしまったみたいだけど、ルビアは俺が消えたとか言っていた。関係を持つ前に俺が消えたという可能性もあるはず!

 再生だ! 怖いけど、ルビアといた分身体の記憶も追体験しよう。


 という訳で、引き延ばされた一瞬で、俺はルビアと過ごした一週間を追体験した。


 …………………………はは、ははは。やっちゃってる、こっちもやっちゃってるよ。というか、普段は大胆なくせに、初めてのときはフィオナより恥ずかしがるとか可愛いな!


 おぉう、おぉう……

 まさか、人生で一度しかないはずの初体験を二度も経験するなんて――って、そういう問題じゃないよ! どうするのこれ、どうするの!

 分身体にこんな状況を招く危険性があったなんて聞いてない!


 二股ってだけで刺されかねないのに、ルビアとフィオナは元から殺し合いをしていた。放っておいたら……って、そうだよ。まずは宥めないと、この場で殺し合いが勃発する。


「ふ、二人とも落ち着け。俺が見つけたとき、二人とも瀕死の状態で倒れてたんだ。だから放っておけなくて、二人が敵対してたのは分かったから、隔離して看病したんだ」


 俺の必死の説明に、二人は理解の色を見せてくれた。


「……なるほど、そういうことじゃったか」

「であれば、ここで殺し合うのはアレクの善意に仇で返すことになるわね」

「まぁ……そうじゃな。仕方がない、フィオナよ。今回ばかりは見逃してやろう」

「あら、それはこっちのセリフよ」


 二人がバチバチと火花を飛ばしながら睨み合う。俺はゴクリと生唾を呑み込み、その行く末を見守る。すると、ルビアが不意にふっと笑った。


「まあ良い。今回はわらわの負けとしておいてやる」

「……ずいぶん珍しいことをいうわね」

「いまのわらわは機嫌が良いからな。それに、アレクとの時間を邪魔されたくない。わらわの負けで良いから、そなたはもう帰るのじゃ」


 あ――っと思ったときには遅かった。

 さっき引き剥がしたルビアが、再び俺に抱きついてきた。

 追体験によって分身体の記憶を我が物とした俺は、ルビアの抱き心地や、ルビアに対する想いを思い出してドキリとする。


 だが、次の瞬間、別の意味でドキリとした。その光景を見ていたフィオナが、信じられないほどの殺気を纏ったからだ。

 そして、それだけではなく、愛するフィオナを傷付けたという事実に胸が痛む。


 どうやらいまの俺は、ルビアを愛した自分と、フィオナを愛した自分が共存しているらしい。あまりに不誠実な状況に頭が痛くなった。


「どういう、ことかしら?」

「どうもこうも、わらわは昨夜、アレクと結ばれたのじゃ。だから、そなたと争う日々はもう終わりにするのじゃ。これからは、アレクと共に生きる」

「ふざけないで! アレクは昨夜、あ、あたしと結ばれたのよ! だから、それはこっちのセリフ。これからはあたしが、アレクと一緒に過ごすのよ!」

「なんじゃと、寝言は寝て言え!」

「それはこっちのセリフよ!」


 二人は再び睨み合った末に、俺へと向き直って詰め寄ってくる。


「アレク、昨夜はわらわと一緒にいたと、フィオナに言ってやれ!」

「アレク、昨夜はあたしと一緒にいたって、ルビアに言ってやって!」


 あ、死ぬ。もう死んじゃう。

 不可抗力だって言いたいけど……そもそも言い訳を聞いてもらえるかも怪しい。それに、なんだかんだ言って分身体も俺である。

 分身体が手を出したと言うことは、俺が手を出したこととなんら変わりない。


 だから、もしも相手が一人なら、なんの問題もなかった。けど……よりによって二人、勇者の娘と魔王の娘の初めてを奪ってしまった。

 もはや言い逃れは出来ない。


「えっと……その、さ、昨夜は……部屋で魔導具の開発をしながら……えっと、その――ふ、二人と同時にいたしてました! 本当に申し訳ない!」


 俺は正直にぶちまけて土下座した。

 

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