第壱拾話 朝日
部屋を埋め尽くしていた光が弱まってきたのを感じたブラストは目をゆっくりと開いた。
ブラストを挟むようにして立っていたサヴァリスとロッソの2人もまた目を開け、その光源へと目を向ける。
先ほどと何も変わっていない部屋。その真ん中にそれはいた。
全身を銀色の鱗で覆い、その右手には大刀。
だがその刀の背には幾つもの龍の牙を思わせる突起、さらにその表面には奇怪な紋様が刻まれていた。
「龍、牙?」
サヴァリスは名前を呟かずにはいられなかった。それほどまでに龍牙を取り巻くオーラが変わっていたのだ。
「まだそんな力が残っていたのか。」
ブラストは右手の銃口をピタリと龍牙の頭に合わせた。
「だが全く力が吹き出していないな。」
ある一定の域まで達した魔術師や冥術士は見ることはできなくとも力の流れを感じることができる。
ここにいる3人もまたそれを感じるには充分な力量を持ち合わせていた。
サヴァリスもまた感覚を尖らすが全くと言っていいほど力の『流れ』を感じられない。
「ふん、所詮はガキか。
もういいから、
死ね。
」
そしてまた赤黒い銃が火を噴いた。
床を抉りながら進む弾は寸分違わず、龍牙へと向かった。
だが、龍牙に触れる直前、弾は2つに分かれ、龍牙ではなく後ろの壁へと当たった。
まるで龍牙に触れることを恐れるかのように。
「なっ!?」
ブラストは驚きながらもさらに引き金を引く。
1つ2つ3つと放たれた弾丸はどれもただ壁を破壊するだけだった。
「なぜだ、なぜ当たらない・・・」
ブラストは譫言のように呟いていたが、ハッと我に帰り、自分の足下へその弾を放った。
「ぐあっ!!」
その爆風に吹き飛ばされたブラストの横を、無数の風の刃が通り抜け、後ろの壁をバラバラに切り刻んだ。
その光景を目の端に捉えながらブラストは一回転して着地した。
「自分で生み出した爆発を利用して逃げる、か。」
そこへ龍牙はゆっくりと歩を踏み出した。
ブラストもまたゆっくりと起き上がった。
「まさかこんなガキにこの力を使うとはな。」
さっきの眩い光とは逆に暗い闇がブラストの体を包んだ。
「!?」
龍牙はブラストが何をしようとしているのが分かったのか、刀を横に構えたまま駆け出した。
しかしそれは間に合うことはなく、闇のベールが剥がれた。
「やっぱり・・・」
龍牙の目にはあの黒い霧を体中から吹き出すのが見えた。
「そんな目で見るなよ。悲しくなる。」
ニタリと笑うその口には鋭く尖った牙。
そして十の瞳がせわしなく動き回る。
「ミミックか。」
『ミミック』
ランクAだがパズズと共に特Aと呼ばれる階級に位置付けられることもある強力なモンスターだ。
コウモリのような翼を人間に取り付けたような姿だが、全身は黒く、頭に十個の目がある。
「正解だ。」
「まだ正気のあるうちにそれを解くんだ。あなたも自分を見失うことになる」
サヴァリスの言葉にブラストはさらに口の端を歪めた。
「失う?はははっ。俺をそこにいる雑魚と一緒にしないでもらえるか?」
「どういう意味よ?」
「俺はすでにこの力を完璧に我が物としている。つまり、俺は闇に呑まれはしないんだよ。それに俺はそこの雑魚の力も取り込んだ。
お前らじゃ俺には勝てないんだよ!!」
そして龍牙へと魔道銃を放った。
龍牙はそれを軽く刀を振るうだけで消しとばした。
「なっ!?」
その光景にブラストは目を見開いた。かなりの魔力を投じて放った弾丸を軽々と消しとばしたことにだ。
「ちっ!」
ブラストはそのまま後ろへ跳ぶと両手に魔力を流した。
すると、腕を覆っていた黒い皮膚が銃を包み始め、一瞬にして肘から先がすっぽりとはまる巨大な銃へと変わっていた。
「はあっ!!」
さらに後ろへ下がり、2丁を前へと構え、魔力を大量に流し込む。
「死ねぇっ!!」
後は銃の中で引き金を引くだけだ。その魔力の量が分かったサヴァリスとロッソはもう半分諦めていた。
だが龍牙は違った。
2人の前に飛び出すと肩に担いでいた旛龍を振り降ろした。
「『暗黒の園』!!」
「『瀑龍鎗波』」
2つの力の奔流が衝突し建物の窓という窓が砕け散り、建物そのものもまた激しく揺れた。
「はあぁぁぁぁ!!」
互角だと思われた力の均衡はその叫びとともにブラストによって崩された。
ブラストの漆黒の弾丸が龍牙が生み出した巨大な斬撃を押し始めたのだ。
その差はみるみるうちに広がり、ブラストの弾丸は龍牙の目の前までに迫っていた。
「ふはははは!!この程度だ!!お前もまた単なる雑魚でしかないんだよ!!」
勝利を確信したブラストは笑みを浮かべさらにその出力を上げた。
それに対し龍牙は諦めたのか何も言わず俯いていた。
それを見たブラストは後の事を考えずに銃に装着した紅玉さえも解放し、龍牙にぶつけた。
龍牙がこれを凌ぎきれなければそれは即ち後ろにいるサヴァリスとロッソの死を意味することが分かっていたからだ。
「死ねええぇぇぇ!!」
大きさを増した弾丸がついに斬撃を消し飛ばし、龍牙を呑み込む、ハズだった。
「えっ!?」
だがその弾丸は龍牙の『旛龍』を横に振るっただけで何事もなかったかのように消し去ったのだ。
「な、なぜだ!?なぜ、そんな・・・」
「『旛龍』第一解放 『極滅刀』。これによって追加される能力、それは『極限までの無力化』。攻撃を完璧に無力化する、それが『極滅刀』時の能力。」
「そんな能力があって言い訳・・・」
「ただし、これにはかなりの冥力と時間を必要とする。その対照の威力に応じて発動までに時間がかかる。ていうのが、説明書とかに書いてそうな説明だよ。」
「く、くそがっ!!」
ブラストは残りの魔力を全て注ぎ込み、放とうと構える。
だが、一瞬にして間合いを詰めた龍牙はその銃の先端を切り落とした。
「なっ!?」
先端の部分が床に落ち赤く光った瞬間、それは爆発し、ブラストを呑み込んだ。
「最後は魔力を溜め込んだ銃を破壊して、魔力の暴走を引き起こし爆発させる、か。噂以上ね。」
その爆発を背に、歩いてくる龍牙を見ながらサヴァリスに近寄りロッソは呟いた。
「・・・ああ。」
バキッ
「!?」
「ふざけるなあ!!」
振り返った龍牙の目に入ったのは銃口の斬られた魔道銃を構えたブラストだった。
その体からは大量の黒い霧が出ていた。
「っ!!」
龍牙とブラストの距離はおおよそ3メートル。避けられる距離ではなかった。
龍牙は何も出来ずただその黒い銃を構える後ろを見つめていた。
そこに現れたのは朝日、その瞬間、細い光がブラストの銃をもつ右手を切り落とした。
「っ!?」
それを見た龍牙は力の使いすぎからか、意識を失い倒れこんだ。
しかし、床に倒れこむことはなく、優しく抱き止められた。
「お疲れ、龍牙。」
それはサヴァリスだった。
「ぐぞがあぁぁぁぁ!!」
喚くブラストにサヴァリスは冷ややかな目を向けた。
「これからは僕の時間だ。」
サヴァリスは軽く杖を横に振るとその前に透明なガラスのような物が現れた。
それはどんどん数を増し、ついにはブラストの周りをドーム上に覆った。
「太陽の裁きを受けよ。
『太陽の怒り(アポロン・スフィア)』」
壁に開いた穴から差し込む眩い朝日が空中に作られた大量の透明な板、レンズによって真ん中に立つブラストへと収束し、悲鳴を上げる暇も与えず、真っ黒な炭なるまで焼き尽くした。
そして、その手からこぼれ落ちた紅玉は床に当たって、砕けた。