第六話 恐怖との再会
激しく燃える炎の中から龍牙が構えていたはずの双劃が宙へと投げ出された。
人間の目は無意識のうちに動いている物にピントを合わせてしまう。警備兵達もまた同じだった。
視線が動いたその一瞬の間に、銀色に輝く拳が警備兵達に叩き込まれた。
「!?」
とっさにそれに気づいた部隊長以外の9人はその一撃で昏倒した。
「おのれ!!」
部隊長は槍を構え、呪文を唱え始めた。
すると、赤い炎が槍を覆った。
「強化系か。」
龍牙は相手の系統を分析しながら、落ちてきた双劃を全く見もせずキャッチする。
それをすぐさま投擲の要領で部隊長へ投げつけ、それを追うように駆けだした。
「なめるな!!」
部隊長は向かってくる双劃を跳んで避けるのかと思うと、その炎の槍を思いっきり双劃へと叩きつけた。
それによって双劃の軌道は後ろに回り込んでいた龍牙の心臓へと変えられた。
(かわせない!!)
龍牙は回避を諦め、右手で双劃の刀身を殴りつけるが、勢いを殺しきれず、そのまま龍牙の左胸を貫く。
「がっ!!」
と思われたが、龍牙は寸前で部分変化した左腕で防いだ。
「ほう、あの一瞬でそこまでの正確な対処。なかなかやるな。」
龍牙は自分の腕に突きたっている剣を抜き、銀色の瞳で手を叩く部隊長を睨みつけた。
「この神速かつ正確な動き。あんた、何者なんだ?」
上段に構え、その切っ先を部隊長に向ける。
「本性を表せよ。」
「・・・くっくっくっ。あーはっはっはっ。」
「なにがおかしい」
「くくくっ、さすがだな『白銀の流星』。」
突然、部隊長の口から発せられる声が変わったことに龍牙は驚きながらも、なぜかその声には聞き覚えがあることを訝しんだ。
「忘れたのか?俺のことを。」
その声と共に部隊長の体は歪に膨れ始め、血しぶきを撒き散らしながらはじけた。
「っ、お前は!!」
その中から現れたのは、顔は若い男、腕は黒く熊のような毛がびっしりと生えており、左手には虎の頭がついており、体は牛、足は鷹という、人間とはかけ離れた体をした生物がそこにいた。
「お前は・・・スレイター」
「覚えてくれたのか、嬉しいね。」
龍牙はにやつくスレイターの顔から視線を外し、右手へと移した。
「ん?ああ、青冥に斬られたのは戻らなくてな。今は普通の人の手よ。」
ひらひらと右手を振り、そして握りしめた。
「だがお前を殺すには充分だ。」
スレイターはその拳を龍牙へと振り下ろした。
龍牙はそれを後ろへ跳んでかわすと、その腕目掛けて斬りかかった。
「あまい!!」
まっすぐに進んでくる龍牙にスレイターは虎の頭をつけた左腕を振るった。
だが、龍牙は前へ踏み出していた右足を中心に回転し、逆にその左腕に迎えうった。
スレイターはそれに気づき止めようとしたが、もうすでに遅かった。
龍牙の一振りで虎の頭とともに肘から先が宙を舞った。
「ぐああぁぁぁ!!」
「誰があまいって?」
呻くスレイターに龍牙は冷ややかな視線を投げかけた。
「図に、」
「?」
ひざまずくスレイターの顔がみるみる黒くなり、仕舞には狼の頭となっていた。
危険を察知した龍牙は後ろへ跳ぶ。
「乗るなぁ!!」
だが、その口から発せられた大音響に宙にいた龍牙はバランスを崩した。
「なっ!?」
そんな龍牙の肩をスレイターは鷹の足で掴み地面へ叩きつけた。
「人間ってのはな、突然大きな音を聞くと三半規管が揺らされ一時的にバランス感覚を失うんだ、よ!!」
無防備な龍牙にスレイターは拳を振り下ろした。
しかし、それは龍牙に触れることなくスレイターの後ろに立つ龍牙の鍔なりの音とともに地に落ちた。
「ぐがあああぁぁ!!」
スレイターは手のついていない両腕をこすりあわせた。
「なぜだっ!!なぜお前は動ける!?あの音量なら少なくとも20秒は動けないはず!!なぜだ!?」
すると、龍牙は何も持っていない左手を左耳に当て引き抜いた。
「俺、実は今鼓膜が破れてて。それで左耳に耳栓してるんだ。それが効いたんだろ。」
龍牙の左手にあったのは黄色い円柱型のゴム。
それを見たスレイターはわめきだした。
「くそっ!!くそっ!!くそがっ!!そんなことで!!」
わめきながら地面にうずくまる。
「そうだ、俺が負けるわけがない。まだ負けていない。」
床に頭をつけたままぶつぶつ呟くスレイターの顔には笑み。
「そうだ。俺が、俺が、最強なんだ!!」
いきなり体を起こしたスレイターの背から黒く細長い何かが大量に吹き出され、龍牙へと向かった。
「これは!?」
龍牙はドアを突き破り、そのまま廊下を駆け抜けた。
走りながら後ろへ顔を向けると、黒いチューブのようなものが壁を貫きながら追ってきていた。
「ちっ。」
軽く舌打ちをしながら龍牙は右手にあったドアを開け、中へ飛び込んだ。
間一髪のところで束になった黒いチューブが目の前を通り過ぎた。
龍牙は安堵し軽く息をついた。
その時、その部屋の壁が爆砕した。
「はっはっはっ!!さっきまでの威勢はどうした!?ボウズ!!」
ノッシノッシとそこから出てきたのは新たに背中に黒い翼を生やしたスレイターだった。
「うっ。」
その翼を見て龍牙は呻いた。
なぜならその黒い翼は無数のヘビによって編みあわされていたのだ。
それはパズズと呼ばれるモンスターと同じ姿だった。
そしてそれからもまた黒い霧状のものが立ち上っていた。
それがスレイターの穴という穴に吸い込まれると、一瞬でスレイターの全身は真っ黒に染め上げられた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
「あんたもか、あんたもなのか。」
先まで保てていたはずの理性は吹き飛び、獣のように狂うスレイターに龍牙は憐れみの視線を向けた。
だがスレイターはそれすら気にせず吠える。
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!」
スレイターはいつの間にか再生していた両拳を床に叩きつけた。
するとそこから幾多の黒い影が伸び、龍牙の足下へと伸びた。
とっさに危険を察知した龍牙は後ろへ跳ぶ。
すると、先まで龍牙が立っていた所に巨大な蛇の頭が出現し、バコンという音とともに口が閉じられた。
「この感じ・・・やっぱりケイミーさんと同じか。」
「殺す」
龍牙の呟きを打ち消すようなスレイターの言葉に合わせ、今度は床から無数の黒いヘビが出現し、龍牙の体を縛り付けた。
全く身動き出来ない龍牙の足下にはまたあの大きな影が迫る。
「死ね」
影の目が怪しく輝く。
(ヤバい)
「『直立不能』」
どこからか聞き覚えのある声が響いたかと思うと、スレイターはふらふらと何歩か足をふらつかせた。
それにつられるように床に潜んでいた巨大なヘビも龍牙のすぐ横でバコンと空気を呑み込む音とともに姿を表し、そしてまた消えた。
「この声・・・」
「久しぶりだね、龍牙。」
扉から現れたのはロッソを引き連れたサヴァリスだった。