第八章第壱話 月夜
また更新が遅れました。
雲の上を満月の横を飛んでいる飛空挺の中、龍牙は膝の上で丸まって眠るイヴをそっと席の上に置き、席を操縦席の横に移した。
時間は深夜1時。すでに麗那とケイミーは夢の世界へと旅立っていた。
鶯劍は横に龍牙が座るのを横目で見たが、何も言わずまた前へ目を向けた。
「先生。今更ですけど本当に大丈夫なんですかね?」
「なにがだ?」
やはり前を向いたまま答える。
「敵の拠点に敵の身内を助けるために侵入することが、ですよ。」
龍牙は月明かりに照らされた鶯劍の顔を凝視する。
「さあな。」
素っ気ない返答に納得がいかない表情を浮かべる龍牙。
「さあなってそれだけですか?」
「それ以外になんと言う?」
「それは・・・」
「それにどちらにせよ俺らに選択の余地はない。」
「え?」
「罠にせよ、そうでないにせよ、今、確実にサヴァリスに会うには、行くしかないだろ。攫犀を助けたいのであれば、な。」
「そう、ですよね・・・。
後、どのくらいで城に着きますか?」
龍牙の目に決意の色を見てとった鶯劍は話を掘り返さず、答えた。
「いや、まずはこの船を別の場所に停める。」
鶯劍は操縦桿のすぐ横にある青いボタンを押した。
すると龍牙の前のガラスに地図が浮かんだ。
すぐさま東の大陸へとズームアップされ、ある一点に赤い点がうたれた。
「その赤い点がエステル城だ。」
赤い点から白い線が伸び、エステル城と表示された。
「仮にも潜入するのに真っ正面から行く必要性は全くない。
なら、そこから少し離れた村に一時的に停泊する。
今、青く灯ったところだ。」
今度は青い点から線が伸び、ボソム村と表示された。
「なんでこの村に?
この村からだと山越をしなくちゃいけませんよ?」
地図にはエステル城とボソム村の間には標高1000メートルの山々が連なっていた。
「それなら、すぐそばにユーラス公国の首都でもあるイルミナがあるんですからそこにした方がいいんじゃないですか?」
龍牙の言う通り、その村からそう離れていないところにイルミナとかかれた白い点があった。
「そこで一度準備を整えた方がいいと思うんですけど・・・」
「いや、イルミナは避けた方がいい。」
「えっ、なんでですか?」
龍牙の質問に答えるより先に鶯劍はさっきのボタンのそばにある機械をいじり始める。
すると、龍牙の前にあった地図に変化が起きた。
さっきまで緑や茶色で覆われていた大陸が一度にして赤い斜線によって一部を除き、ほとんどが塗りつぶされた。
「これは?」
「帝国軍の進行状況だ。西以外の3つの大陸の半分近くですでに帝国軍が停留している。もちろん主要都市を中心にな。」
龍牙はその言葉に相づちをうちながらまたズームアップされた東大陸の地図へと視線を向けた。
鶯劍の言う通り、確かにイルミナやエステル城を中心に赤い斜線が引かれていた。そんな中エステル城の周りで唯一塗りつぶされていないところがあった。
「なるほど。今、帝国軍が停留していない場所でエステル城に一番近いのがボソム村というわけですか。」
「そういうことだ。」
「だけど、山越えがあることを考えると、少し遠いこの村の方がいいんじゃないですか?この村なら山を登らずともエステル城に行けますよ?」
鶯劍はその質問に答えず、また機械をいじり始めた。
今度は龍牙の前の地図が消え、何か設計図のような物が映し出された。
「ああ、なるほど、確かにこれなら確かにその村の方がいいですね。」
龍牙は鶯劍の言わんとすることを理解し、何度も頷いた。
「そういうことだ。お前も今のうちに寝ておけ。」
「はい。先生はどうするんですか?」
「俺はお前らと違って一週間くらいは寝なくても全く支障がでない。だから、気にしなくていいぞ。」
「そうですか。了解です。」
龍牙は鶯劍の助言を素直に受けとめ、自分の席の後ろへ座り、目を閉じた。
「おい、いつまで寝てるんだ。起きろ。」
「うっ、うん?」
「お前が最後だぞ。とっとと降りろ。もう着いたぞ。」
「えっ!?あっ、はい。」
龍牙は眠気が一気に吹き飛んだのか飛び起き、イヴを抱えて飛び出した。
ユーラス公国ボソム村
飛空挺についている梯子を降りた龍牙は辺りを見回し、大きく息を吸いこみながら伸びをした。
辺り一面の草原は狭い艦内に長時間いた龍牙に解放感を与えていた。
「のどかなところだな~」
「はいです。」
目を覚ましたイヴもまた龍牙の頭の上で同じように伸びをした。
「おい。のんびりしてないでさっさと行くぞ。」
まったり気分の2人に、横を通り抜けながら鶯劍が声をかけた。
「はい。」
「はいです。」
それに軽く返事をし、龍牙はイヴを頭に乗せたまま、鶯劍の後に続き歩き出した。
しばらく歩くと3人はボソム村の入り口へとたどり着いた。
ボラス村と書かれている看板の前に麗那とケイミーがいるのに龍牙は気づき、手を振った。
そちらもそれに気づいたようで軽く駆け足で寄って来る。
「遅かったね。」
「待ちくたびれたわよ?」
「すいません、ケイミーさん。寝坊してしまって。」
「龍くん、私には何もないの?」
「いや、麗那なら大丈夫・・・、あっ、いや、すいません。謝るから詠唱を始めるのを止めて下さい。」
即座に土下座する龍牙(イヴもさりげなく龍牙の頭で土下座している)を見て麗那は満面の笑みを浮かべた。
「うん、それでよろしい。」
「・・・はあ。おい、もう行くぞ。」
その光景にため息をこぼした鶯劍の一言で4人と一匹は村の中へと歩き始めた。