第壱拾壱話 政府
アルカディア帝国中央特務施設18階『栄光の九柱』
「『あいつら』も本格的に動き出したようだな。」
天井一面ガラス張りの会議室。その規則的に並んだ机の上に男は横になっていた。
黒髪に黒い目、さらには黒いベストに黒い長ズボンといった全身真っ黒という変わった身なりをしていた。
「のようだな。」
そこへ、いつもの軍服に身を包んだラミレスが入ってきた。
「意外と遅かったな。さっさと帰ってくると思ってたのによ。」
よっこらせ、と机から降り、男はラミレスに近づき小声で話した。
「またお遊びか?」
「まあそんなところだ。それよりもお前はどうなんだ、ゼクト。」
「ああん?」
ゼクトと呼ばれた男はラミレスへと顔を向ける。
「また、刀狩りをやったらしいな。」
「っ!?、なんでそれを!?」
ラミレスの反撃にたじろぐゼクト。
「まあ、お互い見逃すということでどうかな?
まあ、私は別にどちらでも構わないがね。」
ニヤリと笑い、苦虫を噛み潰したような顔をするゼクトに背を向け、自分の席へと着いた。
そこへ雪崩のように入り口から残りのメンバーが入って来た。
「なんでこんな夜中に会議をするのですか?お肌の調子が悪くなってしまいますわ。」
腰まであるパーマのかかった金髪、青い瞳、整った顔立ち、そしてトドメは出るところはでて、ひっこむところはひっこんでいる究極のボディライン。そんな100人が100人振り返る豊満な身体を持つ女性がぼやいた。
「そんなこと言ってるからふられるんだよ、レミア。」
レミアと呼ばれた女性の横の席についた彗厭がけだるそうに呟いた。
「あん?なんか言ったか、ガキ?」
「イエ、ナニモイッテナイデス。」
「ならいい。だけど、次そのこと言ったら、分かってるよな?」
レミアの怒気と共に彼女から広がっていく黄色い煙に、彗厭の額には冷や汗が浮かんでいた。
「揃ったか。」
そこへ、蒼龍が入って来た。
「ちっ。」
レミアは舌打ちすると、ドカリと腰をおろし、 それを確認した彗厭は安堵の溜め息を零した。
だが、蒼龍はそんな2人を気にもせず話し始めた。
「全員揃ったな。ではこれより定例会を始め・・・」
「おい。」
熊と見紛うばかりの巨漢の男の声に蒼龍の言葉は遮られた。
「なんだ?グレイス。何か言いたいことでもあるのか?」
「おおありだ。サヴァリスのやつはどうしたんだ?
サボりか?
それになぜ部外者、しかも『能なし(クラム)』がここにいる。」
『能なし(クラム)』とは冥力を扱う者のことである。主に魔力を使う者達が使う差別用語だ。
「ああ、彼なら『ジャッジメント』から除名させてもらった。」
「なんだと?」
蒼龍のその言葉にラミレスが反応した。
「理由を言え。」
グレイスの子供の頭程もある拳を机に叩きけた。
その顔は憤怒の形相を浮かべている。
「なに、彼が我ら帝国軍を裏切ったからだよ。」
皇帝以外、その場にいる全員が驚愕の色を見せた。
「我々と同じ種族でありながら何をやっているのか。」
「・・・あいつの処分はどうする気だ?」
ラミレスがまた口を開いた。
「放っておく。」
「なに!?」
「今、あいつを放っておいたところで我々にはなんの被害もない。行き先も分かっているしな。
それよりも、」
円になるように置かれた机の中心に地図が浮かぶ。
「この西の『暗黒地帯』の制圧を優先するべきだというのが皇帝陛下の考えだ。
だからこそ、すぐに穴埋めとして雅壱をいれた。」
地図上の西の大陸の北半分と北の大陸の西側に赤い色がついた。
「小国家の集まりで戦争の絶えない地域であるこの『暗黒地帯』なんだが。最近、どうやらある一つの国がそこら一帯の国々を制圧したらしい。」
「その国の名は?」
「『魔天道』」
「「なに!!?」」
グレイスと彗厭の口から声が漏れる。
まだ新人の雅壱と龍幻以外の面々も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「あの魔王がまだ生きていたか。くそっ。やっぱりもう一発打ち込んでおくべきだった。」
「過ぎてしまったことを悔いるよりまずはこれからすべきことを考えるべきだと思うが?」「俺だってそんくらい分かってる。だけどな、将軍。あいつだけは、あいつだけは絶対に殺してやる。」
彗厭は唇を強く噛み締める。
その不穏な空気をもろともせず、蒼龍は続けた。
「で、決行はこれより3ヶ月後。それまでもそれ以降も各自、死ぬなよ」
蒼龍は全員を見回す。
その後はいつも通りの作戦の進行状況の確認などの後、解散となった。
「なあ、今日の蒼龍様の話し方、まるで俺達を暗殺しようとしてるみたいな言い方だったな。」
彗厭が机に足をのせ、口を開いた。
部屋には、『早く寝なくてはお肌が!!』と飛び出したレミアと鶯劍、龍幻以外の8人がいた。「現にジャッジメントの補佐官だったビットが何者かに暗殺され、代わりに龍幻が入ったしな。用心に越したことはないだろう?」
「まあ、そうだけどさ。」
ラミレスの言葉に渋々と言った感じで頷く彗厭。
「なんだ?もしかして怖いのか?」
グレイスのちゃかすような声にムッとする彗厭。
「いや、ただ俺はみんなに死んで欲しくなくて、さ。
ほら、俺、孤児院出身じゃん。だからさ、」
尻すぼみになりながらも言葉を紡ぐ彗厭にグレイスは真面目な顔に戻る。
「厭彗、無駄な感傷は命とりだぞ。」
「うん、分かってる。だけどやっぱり俺はみんなを家族みたいに思ってるからさ。それにサヴァリスも・・・」「そう遠くないうちに会えるだろ。」
ラミレスは彗厭の頭にポンと手をのせ、部屋を後にした。
他のメンバーは何も言えず、しばらくの間誰も動かなかった。