第壱拾話 飛空挺
悲しい戦いが繰り広げられた次の日、龍牙達は村の中心にある地下施設にいた。
そこへ向かう道中、誰1人として口を開かず、重苦しい空気が流れていた。
「ここじゃ」
薄暗い通路を進む集団の先頭にいたオババが足を止めた。
そこは巨大な門の前だった。
そこへ、控えていた別のヘレー族が脇にあったパネルに鍵を差し込む。
すると、ギチギチという歯車が回る音と共に門が開き始めた。
その隙間からこぼれる光に、龍牙達は目を覆った。
眩いほどの光に慣れてきた龍牙達の目に映ったのは、
「うわあ」
大小様々な飛空挺が大量に並べられている飛行場だった。
「こっちです」
さっき門を開けてもらったヘレー族がオババにかわり案内した。
「近くで見るとやっぱり大きいな」
自分の何百倍もある飛空挺に麗那だけでなく龍牙も圧倒された。
そんな大きな飛空挺を小さなヘレー族がせっせと整備する姿は見てて微笑ましい光景だった。
しばらく歩いていると案内役のヘレー族は立ち止まった。
「こちらです」
「「「おぉっ!!」」」
龍牙、麗那、ケイミーの3人は示された物を見て驚いた。
そこにあったのは、周りのより二回りも大きな戦闘用飛空挺だった。
「大きいな」
「かっこいい!!」
「というより、後ろの噴射口が左右に3つずつということは最新型じゃないんですか!?」
興奮した口調でケイミーが鶯劍に尋ねる。
「・・・さあな。俺は知らん。整備はこいつらに任していたからな。」
ケイミーはしまったという表情を浮かべながら再び飛空挺に目を向けた。
そんなケイミーに全く目もくれず、鶯劍は整備士に話しかけた。
「行けるか?」
「後は魔鉱石を積み込むだけです」
「どのくらいかかる?」
「1時間ほどかと」
「分かった」
整備士との会話の後、すぐに鶯劍は近くの休憩室へと1人で向かった。
「先生、おかしいよな?」
そんな鶯劍の後ろ姿を見ながら龍牙が麗那に小声で話しかけた。
「そうだよね。やっぱり昨日の『あれ』かな?」
「『アマルガム』」
「アマルガム!?」
龍牙の呟きにケイミーが勢いよく振り返った。
「ど、どうしたんですか?」
ケイミーの形相に軽く後ずさりする龍牙。
「今『アマルガム』って言った!?」
「え、ええ、まあ。知ってるんですか?」
「どこでそれを聞いたの!?」
ケイミーの言葉に龍牙は少しためらったが面を上げ、口を開いた。
「実は・・・」
「そっか・・・、まさか実戦レベルにまで研究が進んでいるなんて」
ケイミーは心底驚いている面持ちだった。
「知っているんですか?『アマルガム』がなんなのか」
ケイミーは少しためらいながらも口を開いた。
「ええ、私が知ってることはたまたま職務柄、よく研究資料を見てたの。
で、そこで見ていた資料の1つなんだけど、なぜかその資料の始まりがこうだったの。
『私はこの『アマルガム』の研究で聖霊の域に達した。
だが、まだ足りない。私は、神を超えてみせる。』
ってね。
まるで日記みたいでおかしいでしょ?」
「日記・・・」
「この記録自体はかなり昔の物だから、恐らくこの著者は今はもういないと思うけど、気になるのはその資料の最後。
『私は奴らを甘く見ていたようだ。
奴らはこの世界を形作る2つの力、さらに何らかの力をもう一つ得たようだ。
もう私では奴らを止めることはできない。
だからこそ、この記録を読んだ後世の者に願いたい。
奴らを強大な力を持つあの『ニヒリズム』と名乗る10人を消去してほしい』
って書かれていた」
「『ニヒリズム』どこかで聞いたような・・・」
龍牙は視線を宙にさまよわす。
その横で麗那が口を開いた。
「じゃあそれは結果報告書じゃなくて、研究日記だったってこと?」
「まあ、そういうことかな」
考え込む3人。
そんな3人を遠巻きに眺めていたオババの目には、まるで自分の孫の成長でも見守るような不思議な光が宿っていた。
鶯劍は1人、休憩室でイスに座り昨日のことを考えていた。
(『帝国』、『教授』、『アマルガム』そして『俺』)
ただ昨日の『アマルガム』と名乗る1人の話の中で出てきた言葉を並べているその背中からは、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。
(この4つから分かることは、やはり・・・)
「ほっほっ、悩んどるかの?」
そこへ、その場には似つかわしくない陽気な声がかかった。
「オババか」
「どうやら昨日の言葉で悩んどるようじゃの?」
オババは鶯劍の前のイスに飛び乗った。
「・・・ああ。だがあんたは俺のこの悩みの答えを知ってるんだろ?」
「もちろんじゃ。
じゃが教えられん。分かっておるじゃろ?」
「ああ」
鶯劍は背もたれに身を預け、無機質な天井を見上げた。
「わしから言えることはの・・・」
「ん?」
鶯劍は上に向けていた視線を顔ごとオババに戻す。
「自分の『心』のままに動け、じゃろ?」
その言葉に鶯劍はやれやれと言った表情を浮かべた。
「かなわないな、本当に」
吹っ切れたのか、元の顔つきに戻った鶯劍は飛空挺の整備が終わったのに気づき歩き出した。
「オババ」
扉の近くで鶯劍は立ち止まる。
「なんじゃ?」
鶯劍と同じように背を向けたまま返事をする。
「ありがとう」
歩き出した鶯劍もそのままイスに座っているオババも、その顔に微笑みが浮かんでいた。
4人が乗る飛空挺はプロペラが回るような音とともに浮上を始めた。
コクピット(船内はコクピットと貨物室に別れており、コクピットには座席が2×3で並んでいる)の窓から下を覗くと、オババが笑顔で小さく手を振っているのに気がつき、操縦する鶯劍以外は元気よく手を振りかえした。
ハッチから出た船体は一度空中で停止し、後部の噴射口を開き、勢いよく大空へと飛び出した。
しばらくして、船体も安定してきたところで龍牙は口を開いた。
「それにしても、ついてきて良かったのか、イヴ?」
龍牙は膝の上にちょこんと座るその頭を撫でながら尋ねた。
「はいです。オババ様がついていくようにと言ってました」
「そっか」
龍牙は撫で続けながら横と斜め後ろから(ちなみに龍牙は操縦席の斜め後ろに座っている)視線を向けてくる2人に話しかけた。
「どうかしましたか?」
「「いえ、別に~」」
そのハモった2人の返答に龍牙は言い返す気力を失い、また視線を手元に戻した。
だが相変わらず向けられている殺気や嫉妬が混ざった視線に龍牙はため息をつくしかなかった。
その根源たるイヴはというと、そんなこともいざ知らず、ただすやすやと寝息を立てていた。