第壱拾八話 時間か・・・
ユウは、ラミレスの足音が近づいて来るのに気がついた。
すぐに起き上がるため手をつこうとするが、杖を握っている右肩が上がらない。
(くそっ!!今ので、外れたか!!)
焦るユウに宙に縛り付けられていたはずの右手が突き出される。
「まだ・・・弱い。『時空魔法』は使い手を選ぶ。それ故に全員がかなりの力を持つと聞いていたが・・・くだらないな。」
ラミレスは帽子に隠れた目を、まるでゴミを見るようにユウに向ける。
「『あの女』はこんなものではなかったがな。
ユウ・シルベスター。」
「ははっ。全てお見通しってことか。僕の正体も目的も。」
激痛に時々顔を歪めながらも笑みを浮かべるユウ。
「ああ。だが、その程度では『ジャッジメント』第三位である『あの女』に触れることすらできない。
まあ、会うことすらできないだろうな。」
手を指を鳴らす形で止める。「さて、消えてもらおうか。」
しかし、ラミレスは、それを鳴らさずに横へと跳んだ。
その横を黄色い閃光をまとった刃が通り抜ける。
「させるかよ!!」
それは龍牙の『雷鮫』だった。
「危ない危ない。」
帽子をかぶり直しながらラミレスは呟く。
「気配をここまで消すとはね。予想外だった。だけど、」
帽子の奥の瞳をギラつかせる。
「これ以上、私の予想外なことは起こらない。」
次の瞬間、ラミレスを中心に地面がえぐれ、その無数の破片が衝撃波と共に龍牙とユウを襲った。
「うっ。」
「ぐっ!!」
龍牙は右肩から生えている翼でなんとかしのぐが、ユウはなすすべもなく吹き飛ばされた。
そこにまた第二波が襲う。
「くそっ!!」
ユウの状態からして後一撃持ちこたえられるかどうかだと判断した龍牙は、即座にきびすを返し、ユウの方へと近づく。ユウの横に立つと、即座に自分の体は翼で、ユウには右腕をかざした。
「『巨人の腕』!!」
すると、龍牙の『部分変化』(通称SD)を発動した右腕は突如、体積を増し、一瞬のうちにユウを守る盾のように覆う、巨大な銀色の腕となっていた。
それは、まさしく気高きドラゴンの剛腕であった。
それが出現すると同時に衝撃波がぶつかった。
ギシギシと嫌な音を立て腕がしなる。「うおおぉぉぉ!!」
龍牙の叫びに呼応して、巨大化した手の甲が十字に輝き始めた。
円形に進んでいた衝撃波は突如、進行方向を変え、その輝く十字に軌道を変え・・・全て吸い込んでしまった。
「ほぅ。」
関心したような声を上げるラミレスを睨みつけながら龍牙が吠える。
「はああぁぁぁぁ!!」
すると、今度はあの十字が金色に輝き始めた。
一度キラリと光ったかと思うと、次の瞬間、ラミレスは白銀の光に飲み込まれた。
ドゴオオォォォォ!!
龍牙の手から伸びる眩い光に目を細めたユウは見た、光に呑まれるラミレスの口元はあの微笑が浮かんでいたのを・・・。
鶯劍は、傍らに気絶したケイミーを寝かせ、その成り行きを眺めていた。
「・・・」
鶯劍は無言で立ち上がると龍牙達の方へと歩き始めた。
「やった、のか?」
ユウが杖で体を支えながら立ち上がる。 先までラミレスが立っていた場所には銀色に輝く球体が浮かんでいた。
「ふっ!!」
龍牙は力を込め、前に突き出した巨大な手を握りこむ。
それに合わせ、球体も収縮を始める。
龍牙の手はゆっくりと、しかし確実に閉じられて行く。
龍牙の顔にも安堵の色が見え始めた。
その時だった、その球体は突然中から切り開かれ、霧散した。
その影から現れたのは、微笑む未だ無傷のラミレスだった。
「この程度で勝ったなんて思わないで欲しいのだがね。」
固まる龍牙達にラミレスは歩を進める。
「私の楽しみが減ってしまうじゃないか。」
龍牙はもう目の前に立つラミレスを見上げながらも動くことができなかった。
「あ、あ、あ、」
龍牙は感じてしまったのだ。例え、どれだけ足掻いたとしても、今の自分では傷1つ負わせるどころか、一瞬で殺されてしまうことを。
幼い龍牙ですらはっきりとそう分かってしまうほど、ラミレスの覇気はすごかった。普通の人ならば近くに寄っただけで立つことすらできず、気絶するくらいであった。
「さあ、もっと私に見せてくれ。あの伯爵が気にかけている息子の力を。」
ラミレスが震える龍牙に触れようとした手が他の手によって遮られ、その首元には刃が当てられていた。
「お遊びはそこまでじゃ。」
「これはこれは、懐かしい顔だ。お久しぶりですね、将軍。いや、『元』将軍。」
「ふん、うるさいわ。」
ラミレスの手を止めた手はマーズのものであった。
そして、その首元に刃を当てているのは、
「それにあなたは不意打ちしか脳がないと見えますが?鬼神。」
「ふん。」
鶯劍だった。
「しかし、それがまた楽しい。」
首筋に当てられた刃を気にせずに笑うラミレス。
「もっともっと私を!!ん!?・・・時間か・・・仕方がない。」
やれやれとラミレスが首を振ると、それと同時に『何か』がラミレスが立つ場所へと落ちてきた。
「うっ。」
「くっ。」
「うわっ!!」
「ぐぅっ!!」
そのすぐ側にいた4人はその衝撃に吹き飛ばされた。
マーズと鶯劍は空中で体勢を立て直し、何が起きたか確認するため、じっと砂煙を見据える。
龍牙は、空中で翼を広げ、宙で衝撃に翻弄されているユウを掴み、少し離れた茂みへと身を潜めた。
龍牙がゆっくりとユウを横にし、腰に付けたポーチに入っていた水を飲ませてやる。すると、消え入りそうな声でユウが呟いた。
「くっ、すみませんね・・・」
「いえ。」
龍牙は、ユウの全身へと目を向ける。
(右足、アバラ2本に右手首の骨折に、左肩の脱臼か。ヒドいな。ただ内臓に損傷がないのが救いだな。)
ため息を一つつき、龍牙は鶯劍達の方へと目をやると、ちょうど砂煙が晴れていくところであった。
「・・・」
鶯劍は静かに腰を落とし、両手で刀を横に構える。
砂煙が晴れ始めると同時にラミレスの声が聞こえた。
「なぜお前がいる?」
すると聞いたことのない声が聞こえた。
「あの御方が集合をかけたらしいから、それを伝えに、な。」
「ふん。またか。」
砂煙が完璧に晴れると、そこには、悠然と立つラミレスと、龍牙の刀と同じぐらいの大きさの剣の柄に跨る少年がいた。
「それに、すこし遊びすぎだぜ、将軍。さすがの蒼龍様でも怒るぜ〜。ケッケッケ。」
「仕方がない。行くぞ、彗厭」
「あいよ。」
彗厭は跨っている大剣を勢いをつけて蹴り飛ばした。
深々と刺さっていたはずの大剣はそれで容易く柄の先端を中心回転し、地面に水平な状態で停止する。
その刀身に彗厭は立つと、つま先でコツコツと叩いた。
するとそれは、一瞬のうちに3人が乗れる小型飛空挺ほどの大きさになっていた。 その上にラミレスは軽やかに飛び乗る。
「待て!!」
駆けつけた龍牙が叫び、飛びかかろうとするが、鶯劍に遮られた。
「先生!?」
信じられないという顔で龍牙は鶯劍を見る。
それに対し、鶯劍は静かに首を横に振る。
「止めておけ、龍牙。」
「なんでですか!?」
尚も飛びかかろうとする龍牙を押さえつけ、その真紅と蒼碧に輝く目をじっと見ながら、鶯劍は口を開いた。
「お前もその『眼』で見ているから分かるはずだ。ラミレス一人ならまだしも、あの小僧、かなりの力の持ち主だ。」
2人を乗せた大剣が動き始める。
「それに勝てると思うか?」
「うっ・・・。」
「それが懸命だな、流星クン。」
少しずつ高度をあげる大剣の上に立つラミレスが発した言葉に龍牙は訝しげな顔をした。
「流星?」
「ああ、私たちの間で君は有名でね。そんな君のことを『白銀の流星』と呼ばせてもらってるのだよ。」
「何で俺なんかを・・・?」
「気に入ってもらえると嬉しいのだがね。」
「そろそろ行くぜ、将軍。」
「ああ。」
「おい!!答えろよ!!何で俺なんかをお前らが気にかける!?俺があの蒼龍の息子だからか!?」
血相を変えて龍牙は叫んだ。
そんな龍牙に鋭い視線を送るラミレス。
「その蒼龍が気にかけていたからだよ。」
「なんだって・・・?」
予想もしていない言葉に唖然とする龍牙。
「出してくれ。」
「っ、おい!!どういうことだ!?なんでアイツが俺を気にかける!?」
ラミレスは龍牙の方へ向き、帽子をかぶり直した。
「君はまだ自分の『力』に気付いていない。」
「えっ!?」
「その気付いていない『力』に伯爵は興味があるようだ。」
「なんだよその『力』って」
「自分で考えるといい。それじゃあ私達は失礼するよ。彗厭。」
「あいよ。じゃあなぁ、流星、鬼神。」
その声を合図に大剣の柄尻から火が吹き出し、驚くべき速さで龍牙達の前から消えた。
「『気付いていない力』ってなんだよ・・・。」
さっきまでその大剣が浮いていた場所をぼんやりと見ていた龍牙が呟いた。