第壱拾話 天使の瞳
「逃げられた、か。」
淡々とした口調でぼやく鶯劍。
「みたいですね。」
その横には、鶯劍同様、上を見上げるユウが立っていた。
2人は逃げ出した雅繰と雅光、さらには新たに現れた2つの巨大な気配を追っていたのだが、追いかけている最中、麗那のエンシェント・ティアによってダメージを受けた建物が崩れるなどの足止めを食らっていたのだ。
「とりあえず戻りませんか?龍牙くんの容体も気になりますし。」
「・・・ああ。」
それから数分で鶯劍はユウと共に麗那達のいる空き地へとたどり着いた。
「ひどい有り様だな。」
鶯劍がそう呟くのも仕方がない。平坦で木々が生い茂っていた空き地は、至る所に巨大な穴が空くなど、戦争でも起こったのかと聞きたくなるようなひどい状態だったのだ。
しかし、周りの建物も巻き込んだにも関わらず、死者は1人も出ていないようだ。
そのことに安堵のため息をつきながら鶯劍は麗那達に近づく。
「来るなっ!!」
しかし、それは目の前に落ちてきた白い翼によって遮られた。
「うぉっ!!」
その超重量が叩きつけられた衝撃で鶯劍の体は後ろへと飛ばされる。
しかし、そこは鶯劍。空中で刀を抜き去り、地面に突き立て、それを軸に半周横に回転。追撃が来るのを予想し、刀を引き抜き、横へ跳躍する。
案の定、その白い翼はさっきまで鶯劍が立っていた場所に打ち下ろされた。
「麗那!!」
鶯劍は、この攻撃を繰り出した張本人、麗那に向かって叫ぶ。
呼びかけられた麗那はと言うと、ただ龍牙を包んでいるのであろう繭のそばに突っ立っていた。
しかし、その目は全くと言っていいほど光が宿っていなかった。
「俺がわからないのか!?」
その問いには声ではなく、純白の翼が答える。
「仕方ない。ユウ!!」
「分かってますよ!!」
ユウは引き抜いていた杖を構え、詠唱を始める。
「我が主に従えられし、悠久なる時よ、」
その声に合わせ、うっすらと空中に線が浮かぶ。
「彼の者に時の呪縛を。」
その詠唱が終わるときには麗那をいくつもの時計板が体の周りを囲んでいた。
それは、麗那の動きだけでなく、鶯劍に迫っていた純白の翼までも空中に釘付けにした。
それを確認すると、鶯劍は麗那に向け、疾走する。 その手には長方形の紙が一枚、握られていた。
鶯劍は麗那の前に立つと、即座にその手に持った紙を額に貼り付けようと手を伸ばす。
「危ない!!」
あと少しというところで、純白の翼が上からそんな鶯劍を襲った。
「鶯劍さん!!」
ユウは叫びながら、砂埃で隠れた2人を助けようと駆け出す。
しかし、そこへもまた、あの白い翼が迫る。
ユウはとっさに跳躍するが、左足首にあの超重量が激突する。
「ぐぅっ!!」
ユウはまともに着地も出来ず、そのまま地面に倒れこみ、足を押さえる。
(なんて破壊力。足首を持っていかれるかと思った。)
杖を支えにし、ゆっくりと立ち上がり鶯劍達の方を見ると、丁度砂埃が晴れたところだった。
「さすがは鬼神、ですね。」
ユウがそう感心するのも無理はない。あの軽く触れただけで足がもぎ取られるかと思ったほどの威力を持つはずの純白の翼を、鶯劍は『片手』で受け止めていたのだから。
すると、あの超重量を受け止めている左腕の皮膚がピリピリと日焼けした後のように剥がれてゆく。その下から現れたのは、
黄金に輝く鱗をまとった龍の腕だった。
「止めろ、麗那」
鶯劍は目の前にいる天使を連想させる少女、麗那に呼びかけるが、全く答えず、ただ、鶯劍に掴まれた翼を震わすばかりだった。
その様子に違和感を覚え、鶯劍が麗那の目を見る。だが、あの少し茶色がかった黒い瞳は、光を宿していなかった。
「麗那、お前、まさか・・・」
「・・・見えないのか?」
その返答と言わんばかりに掴まれていない方の翼が鶯劍に迫る。
だが、それもまた鶯劍の右腕に掴まれ、ただ震えるしかなかった。
「本当に・・・見えないんだな。なら、」
「これで鎮めてやる。その暴走した神を。」
鶯劍は右手に持つ翼を思いっきり上へと投げ飛ばす。すると、その重さにより麗那も引っ張られ、その反動で空中に固定された。
その一瞬に鶯劍は再度近づき、額に『封』と書かれた紙を貼り付けた。
それは、神の名を持つ聖霊の暴走を止めるために創られた護符だった。
やはり、その効力は絶大だった。見開かれていた麗那の目はゆっくりと閉じ、翼は白い羽根をばら撒きながら消え、支えを失ったその小さな体は、下に立っていた鶯劍に受け止められた。
それから数時間後、鶯劍、ユウ、黎明の3人は、けが人3人を抱え、宿へと戻っていた。
出迎えてくれた白斗は、人一人入る巨大な繭を背負うユウと、傷つき黎明に肩を借りるケイミー、さらには鶯劍に抱えられ、気絶した麗那を見て目を丸くした。
数秒間、唖然としていたが、ハッとして宿の奥へ救急セットを取りに行く白斗を横目に見ながら、鶯劍達は自分達の部屋がある2階へと向かった。