第九話 岩の位
「ん?」
ガイスは自分の手に伝わるはずの堅いものを潰す手応えではなく柔らかい感触に違和感を感じた。
そう思った瞬間、鎚を持つ右手が液体のようなものに包まれ、あっという間に地面に貼り付けられた。
「危機一髪だな。」
すぐ横に横たわっている雅光を担ぎ上げながら呟く雅繰。
「ほう、この私を罠にかけるか。」
さっきよりも殺気が増した視線を雅光を担ごうとする雅繰に向ける。
「ぐっ、がはっ、はひゅっ、」
「少し辛抱してくれ。早く逃げるぞ。」
「悲しいな。」
「!?」
雅繰が雅光を担ぎ上げたのと同時に、横にガイスが腕を開げ、立っていた。
その右腕にはあの液体とそれがへばりついていたはずの地面がぶら下がっていた。
「地の位を与えられた私をこの程度で止められるとでも思ったのか?」
ガイスはしゃべりながら地面から伸びてきた岩の棒をがっしりと掴む。
雅繰の額に冷や汗が流れる。「悲しいな、その力量を図れないその未熟さのせいで、」
ガイスはその棒を思いっきり振り上げる。
「命を落とすことになるとはな。」
左腕に引き抜かれた岩の棒の先には、右腕に持つもの十倍は裕にある片刃の刀だった。
「!!? ちぃっ!!」
雅繰はとっさに雅光を抱え横に飛ぶが、
そんな雅繰の足先に刃が触れた。
そのあまりの威力に、雅繰は空中で体勢を崩してしまい、背中から地面に落ちる。
「ぐはっ!!」
「ほぅ、これを交わすか。だが、これで終わらせてや、
『バンッ』
る?」
ガイスが左腕の巨大な刀を振ろうと構えたその時、雅繰の手に握られた銃から煙が上がった。
刹那、ガイスの右腕は一瞬にして業火に包まれた。
突然燃えだした右腕を振り火を消そうともがくガイス。
その隙に雅繰は雅光を抱え、空中に指を走らせ奇怪な古代文字を空中に刻む。即座にその部分は渦を巻くように湾曲を始め、獣が口を開いたような黒い穴が出現した。
その穴に2人が飛び込もうとしたその瞬間、
「誰が逃がすと言った」
ドスの利いた声と分厚い手刀によって2人の行く手が阻まれた。
「まさかこの液体で重油を包むとは、よく考えたものだな。」
ゲートと2人の間に悠然と巨漢のガイスが立つ。しかし、先の不意打ちのせいか、ガイスの右腕は肩から先が真っ黒に焼け焦げていた。
「だが、岩に火は効かない。火はただその表面を焼くだけ。それは岩の位を授かる私もまた同義。
この程度の火では、足止めすらできは、しない。」
すると、その黒い表皮は、蛇が脱皮するかの如く、はがれていった。
「さて、仕切り直しと行こうか。」
「くっ。」
退路を塞がれ、雅繰はゆっくりと後退するがそれに合わせ、ガイスもまたゆっくりと歩み寄る。
後ずさっていた雅繰だが、すぐに背中が高い塀にあたり、逃げ場を失ってしまう。
しかし、ガイスは無表情のまま雅繰に迫り、目の前で立ち止まり雅繰を見下ろす。
その視線を真っ直ぐに受け止めていた雅繰だが、堪えきれないと言わんばかりに吹き出し笑い出した。
「あっはっはっはっ!!」
「恐怖のあまり頭までいかれたか。なら、早く逝かせてやろう」
すっかり元の色に戻った右腕に、また人の丈ほどもある大剣を生み出し振りかぶる。
だが、ガイスは大剣を振りかぶる途中に、足の踏ん張りが効かないことに気づく。
足下に目をやると、ガイスの巨大な足は、ゆっくりと水分を含み過ぎた泥のようになった地面に沈んでいた。
(あの男、神雀の攻撃で空いた穴に粘着性のある液体を!!)
呆気にとられているうちに、ガイスの足はもう脹ら脛の方まで沈んでいた。
そんな状態のガイスの横を雅繰は駆け抜ける。
「あの御方の命令に背くのか?」
ガイスの問いに雅繰は立ち止まった。
「いや、そんなつもりはない」
「だが、そう取れる行動をお前らはしている」
「俺らはただ恩返しがしたいだけだ。人ならざる者である俺達を軽蔑せず共に過ごしてくれたあの人の」
「・・・」
「だから、俺達はまだ死ねないんだよ、」
ゲートに入る前に立ち止まりガイスの方を見ずに呟く。
「あの『巨斧』を殺すまでは」
そして2人は、その闇の中へと消えた。
「なめたことを・・・」
ガイスは閉じられたゲートに向かって呟く。
さっきから足を抜こうと足掻いてはいるが、踏ん張るたびに足が沈み、 どんどん深みにはまってしまっている。もう肩から上しか出ていない。
「意外と抜けない、な。」
そんなガイスの顔に誰かが影を落とした。
「相変わらず演技が上手いね、ダーリン?」
「キリアか。」
ガイスが視線を上げると、逆光で表情が見えないが、チャームポイントである赤い結わえられた髪が紅く輝いていた。
「なんの話だ?」
「こんなトラップいつもなら引っかかるどころか相手に自滅させてるじゃん。
それにアイツとやって負けたことないし。
ねえ、なんでわざと引っかかったの?」
「ただ、あの男の仕込みがうまかっただけだ」
「へー、まあ別にいいけどね」
興味なしといった風な顔をしながらもガイスに手を差し出すキリア。
それをためらいもなくガイスが掴んだのを確かめるとキリアは軽々と引きずりだした。
「んじゃ、早く本部へ帰ろうよ、あの御方に報告しないと」
定位置と言わんばかりにガイスの肩に座るキリアに頷き返し、ガイスは高々と跳躍した。