第四話 生気を失った者
10分ほど走り続け、入口まで後800メートルというところまで来た。だがそのすぐ近くで銃声が上がった。
龍牙はギョッとして立ち止まり、辺りを見渡す。
すると、龍牙が走っている通りのすぐ隣の通りにかなりの数の人影があるのに龍牙は気づいた。
とっさに龍牙は近くの物陰に隠れ、様子をうかがうが、その人影をよく見てみると、それは燗耶や燐堵、華蓮そして凛榎の4人を含む子供達だった。
しかし、いつもと様子が違っていた。
まるで、死神にでも追いかけられているような必死の形相で、時たま後ろを振り向きながら走っていたのだ。
そんな時、パァンという音と共に1人の少年が前のめりに倒れた。
そう彼らは敵兵に追われていたのだ。
細い路地の間から龍牙は見た、その少年の胸から大量の血が流れでているのを。
いつ気づいたのか、その少年は龍牙の方へ顔を向け、笑いかけていた。もうすぐこの世に別れを告げるのに、笑っていた。
その震える唇の動きはただ小さく龍牙に一言だけ紡むがれていた、
『助けてあげて』と。
しかし、その願いも虚しく、走っている子供達の数は徐々に減っていく。
兵士達もこの鬼ごっこに飽きたのだろう。
子供達が走っていく方向に、新たに銃を持ったが2人の兵士が現れた。
燗耶はとっさに脇道に入ろうとしたが、不幸にもその脇道沿いにある建物が崩れ、道を塞がれた。
「くそっ!!」
前後には詰め寄ってくる兵士、左右は火の海、脇道は塞がれた。もう子ども達には、ただ、その引き金が引かれるのを待つことしかできなかった。
それを見た部隊長は悪魔のような悪意に満ちた笑みを浮かべながら、子供達に銃を向ける。
それにつられるように他の隊員も銃を構えた。
そして、引き金にかけた指を引かれる、
「ぐあっ!!」
その寸前で、部隊長の隣で銃を構えていたはずの部下から悲鳴を上がった。
その声に驚き、その方向に視線を向けると、そこには、地面に倒れこむ一人兵士と黒髪の少年が立っていた。
龍牙は一瞬よろめくようにしてから、銃を持っている部隊長に向かって駆け出した、何のためらいもなく。
そのスピードは常人には姿さえ捉えられない。
その勢いを殺さず、無防備な部隊長の顎に右拳を繰り出した。
「ぐふっ!?」
奇怪な声と共に軽々と吹き飛ばされた部隊長が燃え盛る家屋に頭から突っ込む。
だが龍牙はそれすら確認せず、反対側にいる残りの二人に一気に接近する。
手前にいた一人は、右拳をあえて避けさせたところで、がら空きになったあごを右足で蹴り上げ、悶絶させる。
(このままいける!!)
残るは一人。龍牙の体にさらに力が籠もる。
だが、その男は前の3人と違い、焦ることがなかった。
迫る龍牙の拳よりも速く、背中にかついでいる日本刀を抜き横に薙いだ。
「っ!?」
自分の速さに反応したことに驚きながらも、龍牙は急停止。それと同時に無理やり後ろに跳んで、それをギリギリでかわした。
獣のように四肢を地面につけて勢いを殺してから最後の1人を睨みつける。
その兵士はその刃の切っ先を周りの炎で反射させながら、龍牙に真っ直ぐ向けた。
まるで次はこっちの番だと言わんばかりに。
龍牙はその向けられた刀以上に、その男の目に恐怖を感じた。
先ほど対峙したスレイターとは違う恐怖、
それは『無』
その男からは感じられたのは生き残ろうとする生気ではなく、ただ、相手の命を奪うことに全てをかけた者が得られる『無』そのものだった。つまり、
もう人間としては終わっていた。
死体を相手にしているような怖気を振り払い、龍牙は先の3人と同じように駆け出し、その男の背後から拳を叩きつけた。
その岩をも粉砕するほどの龍牙の拳は、その衝撃で辺りを土煙で覆いつくしていく。
すぐさま飛び退いた龍牙は拳に確かに当たった感触を感じた。
当然、その攻撃が当たったのだから、煙の中で地面に倒れている瀕死の男の姿を想像していた。
「!?」
だが、土煙から現れたのは、何事もなかったかのように佇む男の姿であった。
龍牙はそれを見てただただ驚くしかなかった。
(攻撃は当たったはず・・・、なのになんであの人は立っていられるんだよ)
状況を把握する時間を与えてくれる訳もなく、兵士は抜いた刀を構え、呆然としたままの龍牙に向かって走り出した。
沈んでいた意識を拳の痛みで現実へ引き戻した龍牙は、振り下ろされた刀を辛うじてかわすと後ろに跳んで間合いを取った。
兵士の攻撃範囲の外へと飛び出していた龍牙だったが、
「ごふっ」
受け身もとれずに地面に衝突した龍牙の体は、完璧にかわしたはずの無数の刃で刻まれていた。
遅れて、龍牙の幼い体から盛大に鮮血が吹き出した。