第五章第一話 新たな魔の手
朱雀里を出て早3日、龍牙達はまだ渓谷を抜けられず、北東へと歩を進めていた。
「ここ、つまらな~い。同じ景色ばっかさ、少しは景観に気を使って、岩だけじゃなくて何かつくろうよ。」
麗那がぶちぶちと呟いているが、他の3人はあえて気づかないふりをする。
「ちょっと、スルーは止めようよ。話してる方にしてみればそれが一番キツいんだよ!?分かる!?」
「へー、そうなんだ。 初めて知ったよ。」
「さりげなくわざとスルーしたの認めた!!」
「ちっ。」
「龍くん、今軽く舌打ちしたよね?」
「いや、してないけど。
後、その『龍くん』は止めてもらえないか?」
「うん、無理!!」
「はっきりとした回答をどうも。だけど、それ結構恥ずかしいんだけどな。」
顔をしかめ、頭をかく龍牙に、前を行く鶯劍が後ろを向かずに話しかけた。
「いや、その状態でも十分に恥ずかしいと思うが?」
「同感ですね。」
「これは麗那が無理やりやっているだけで僕はなにも・・・。」
「ヘタレですね。」
「ヘタレだな。」
「そんな~。」
そんな鶯劍とケイミーの攻撃をモロにくらい、龍牙は半泣き状態である。
ただ1人、麗那は満足そうに龍牙の腕に抱きついているのだった。
そんなこんなありながらも、まだ4人は渓谷を抜けれずにいた。
「もう、暗くなってきたな。そろそろ、寝床を探すか。」
「了解です」
「分かりました~♪」
「分かりました。」
鶯劍の提案に全員賛成し、寝床を探し始めた。 寝床と言っても、近くに水が流れていないか、探すだけなのだが・・・。
だが、周りには全くと言っていいほど植物がない、つまり、全く水がなかったのだ。
出発してから3日の間に泊まった場所では近くに川があったり、小さな池があったりなど、何らかの水源があった。だが、ここには全くそのようなものがなかったのだ。
「鶯劍さん、どうしますか?」
「・・・」
ケイミーが鶯劍に指示を仰ぐが鶯劍はなにも応えない。
「鶯劍さ・・・」
「今、先生は水の捜索を行っているから聞こえていませんよ。」
もう一度呼びかけようとするケイミーが、龍牙の一声で止まった。
「捜索?」
「ええ。」
「だけど、辺り一帯見て回ってありませんでしたけど。」
ケイミーは見落としている所があると非難された気がし、少し口調が荒くなる。
「確かに、僕達が見える範囲では何もありませんでした。だけど、僕達では探せない所が残っていますよね?」
「?」
龍牙の遠まわしな言い方に麗那とケイミーは首を傾げる。
その2人の反応を見ながら、下を指差した。
「地中ですよ。」
「なるほど、そういうことか。」
「えっ、どういうこと?」
ただ一人わかっていない麗奈に龍牙は丁寧に説明を始めた。
「普通雨が降ったら、まずはじめに地面を通り抜けて、地中に水がたまる。川とかはそんなたまったものが色々なところから吹き出して集まったものなんだけど、例え、どこにも川がなくても必ずどこかには地中でたまっているところがあるはずなんだ。
だからそれを先生は、宿している地龍の能力を使って探しているってこと。」
「へえ~、そうなんだ。 龍くんもそれできるの?」
麗那の質問に困惑する龍牙。
「できるかもしれないけど、まだ分からない。」
「ふーん。だったらできるようになるといいね。」
「うん。」
「見つけたぞ。」
そんな会話を遮るように鶯劍が声をあげた。
「お前らは少し離れろ。結構な量があるからな、もしかしたら噴き出すかもしれないぞ。」
3人が下がったのを確認すると、鶯劍は屈み、両手を地面につけ、目を瞑った。
「『地所創造』」
鶯劍が紡いだ言葉に呼応し地面が変形を始め、先にお馴染みのホームと呼んでいる家が現れた。
その後すぐに、それを追うようにして地面に直径1メートルほどの筒が出現し、そしてそこから大量の水が噴き出した。
「きれ~い」
その水しぶきは、夕日の光が反射させて、空に巨大な虹を描き出していた。
麗那がそう呟くのも無理はない、と龍牙も思いながら鶯劍の方を見ると、彼は水をコントロールできなかったのがよほど悔しいのか、近くにあった岩を蹴り跳ばしていた。
そんな子供らしい鶯劍に龍牙と麗那は笑いあった。
すっかり夜も更け、辺りには何もなく、ただ月の光によって薄く照らされるだけだった。
そんな静まり返った渓谷の中、幾つもの黒い影がある一点を目指し、音をたてずに駆けていた。その目指す場所では・・・
「ぐがーー」
「くそっ。なんでこうこの人のいびきはうるさいんだよ。」
豪快に大の字で大きく口を開けていびきをかきながら寝ている鶯劍を龍牙が寝袋にくるまりながら睨みつけていた。
「ああ、頭がいたい。あの2人が羨ましいったらありゃしない。」
4人は男女で二部屋に分かれて寝ているのだ。
「もうこうなったら外で寝るか・・・ん?」
立ち上がろうとした龍牙だったが、外に殺気を感じ、中腰の体勢で窓にすりより外の様子を窺った。
だが、月が雲に隠れているせいではっきりとは見えないがその影だけは捉えることができた。
「狼?いや、あれは、」
「魔物だな。」
「うわっ・・ぐふ」
突然後ろから声がかかったことに驚き声を上げそうになった龍牙の口を屈強な手が抑えた。
「俺だ。暴れるな。」
暗いホームの中、雲から顔を覗かせた月の光に照らされたのは、眠たそうな顔をした鶯劍だった。
「ぷはっ。先生、さっきまで爆睡してませんでした?」
「あれは演技だ。」
「もっとましな演技して下さいよ。」
鶯劍も龍牙のように窓から片目だけだし辺りを探る。
「やはり結構な数だな。しかも一個体の力はCランクと言ったところか。 正直この場所ではキツいな。どうする?」
「俺に聞かないで下さいよ。それより、あの2人を起こさないんですか?」
龍牙は麗那達が寝ている部屋の壁に視線を向ける。
「やめとけ。麗那とかに騒がれて向こうに気づかれると面倒だ。」
「分かりました。」
鶯劍の説明に納得し、龍牙は素直に引き下がった。
「そういえば、今さらですけど、先生、また後をつけている奴がいるの気づいてますよね?」
「ああ、だが、今回とは無関係だろう。」
「俺もそう思います。」
「さて、どうやってやろうか。」
龍牙の方を見ずにさっきまでとは違う真剣な顔で尋ねる鶯劍。
「水攻めはどうですか?」
「ほう、どうやるんだ?」
いかにも興味津々といった顔つきで、鶯劍は外を見るのを止め、龍牙に顔を向けた。
「えーっとですね、まずは・・・」
狼のような魔物が迫って行くのを岩山の上から見ている男がいた。
「おいおい、まだ気づかないのかよ。たいしたことないんじゃないのか?」
その男は、かぶっていたフードをとりながら呟いた。
その下から現れたのは、整った顔立ちに黒髪のツンツンヘアーという町中を歩いたらすぐに視線を集めそうなほどの好青年だった。だが、それと相反する強烈な殺気がその体から発せられていた。
「おいおい、本当にあれがターゲットなのか?ガイスの旦那」
男は自分の横にある岩壁の上を見上げながら言った。
「気づいていたか。」
そこに誰もいないはずなのに声が返ってきた。
「そりゃあな、旦那の殺気は尋常じゃないからな。」
「そうか、今後気をつけるとしよう。」
その声が発せられると同時にその岩山から岩が盛り上がり、瞬く間にそれは大柄な男の体となっていた。
「本当にあいつらなんだな?」
黒髪の男がガイスに尋ねる。
「ああ、そうだが。どうした?クロド。お前らしくないな。」
ガイスもまた黒いコートのフードを外しながら答えた。
体型に違わず、角張った顔に赤髪、さらには三白眼という見た者全員が震え上がるような顔をクロドに向けた。
「関係ないやつを殺すほど後味の悪いことはないんでね。」
クロドは座っていた岩から腰をあげ尻をはたく。
「で、旦那は高見の見物ってか?」
「ふむ、それも悪くはないな。新人である『魔獣使い(ビーストマスター)』クロドのお手並み拝見と行こうか。」
「いや、今日は下見だから面白くないと思うぜ、だん・・・」
突如、クロドの声を遮る大きな音が起こった。
「?なんだ・・・おいおい、マジかよ。」
ホームの方に視線を向けたクロドがそう呟いた。だがそれも無理はない。 なぜなら、先まで包囲していた魔物を囲むようにして石壁が現れていたのだ。
「ちっ、中が見えなくなりやがった。」
クロドは苛立ち近くの岩を蹴り飛ばした。
「きゃはは。だらしねえな、クロド。」
そこへ女特有の高い声が辺りに響いた。
「なんだと!?出てこい、キリア!!」
「あたしはずっとここにいるっての。流石は新米くんだね、鈍感だね。」
声のする方へ視線を向けると、ガイスの肩に腰掛ける、ガイスと同じ赤髪をおさげにした少女が満面の笑みを浮かべていた。
「少しは静かにしてろ、キリア。」
「ちぇー。わかったよ。」
赤髪の少女キリアは不満そうな顔をしながらスルスルとサルのようにガイスの肩から降りる。
「てめぇ、なんのようだ!?」
クロドが獣のようにグルルとうなるが、キリアは全く気にせずにさらに挑発する。
「君みたいな雑魚に用はないよ、新米くん。」
「なんだと!?てめぇ、その細い首を噛みきるぞ!!」
「ふん。やれるものならやってみ・・・」
「いい加減にしろ、キリア。」
まだ挑発しようとするキリアの言葉をガイスが遮る。
「ちぇー。」
キリアは恨めしげにガイスを見上げるがため息を1つつき、近くの岩に腰掛ける。それを確認した後、ガイスはクロドの方に向き直る。
「クロド、お前もそろそろ向かった方がいいと思うぞ。」「どういう意味だ?旦那。」
ガイスはクロドが背を向けているホームを指差した。
「どうやら、お前の包囲部隊は全滅したらしいぞ。」
「なに!?」
クロドが振り返った時に目に入ったのは、二重にしてはられた土の壁の間にたまった水に弄ばれている自分の魔物達だった。
「大成功だな。」
壁の中の様子を竈滅眼を通して見ていた鶯劍が呟いた。
「それにしても、お前のこの作戦、とっさに考えたにしては良くできてるな。」
眼を元に戻し、龍牙の方を向いた。
「・・・まずは、あの魔物の前後に壁を2つ作って下さい。できるだけ高く。」
「そこの間に水を流すのか?だが、それではあいつら全てを葬れるとは限らないぞ。」
龍牙が指で地面に書いた図を見ながら確認する鶯劍。
「そこでなんですが、このあたりの地中に岩塩はありますか?」
「ん?ああ、確かあったぞ。結構多かったな。」
「なら好都合、その壁の間に流す水に、可能な限り岩塩を溶かし込んで下さい。」
「ナメクジでもあるまいし、なんの意味があるんだ?」
「これですよ。」
腰に差した小刀『雷鮫』に手を置く龍牙。
「なるほど、確かに塩水は、・・・」
この作戦の発案者である龍牙はというと、『雷鮫』と『双劃』の二本を抜き、雷鮫を双劃の柄尻に当てた。
「『双劃』ver.2.5」
双劃の刀身が輝き始め、
「『鋼糸扇』」
龍牙の声に合わせ、双劃は幾千幾万もの細い鋼鉄の糸と化し、周りを囲っている壁を貫通した。
「これで終わりだ。
『雷鮫』ver.3.0 『雷旋』」
双劃の柄尻に当てていた雷鮫が黄色く、時に黄色い電流を迸らせながら輝き、龍牙がもう一度双劃の柄尻に雷鮫の柄尻を当てた。
その瞬間、その幾千幾万の鋼鉄の糸の上を何万ボルトという高圧電流が駆け巡った。
「確かに、塩水は電気をよく通すよな。」
雷が目の前に落ちたのかと思わんばかりの大音響と閃光が鶯劍の呟きの代わりに辺りに響き渡った。