第壱拾話 自己紹介
ろうそくの火の光に、龍牙は目を覚ました。
「ここは?確か俺は縦穴に落ちて・・・そうだ、みんなは!?」
ガバッと体を急に起こした龍牙は、勢い余って上にあったでっぱりに頭をぶつける。
「痛ぅぅぅ。」
「ドタドタうるさいわ!!このガキが!!」
その時、ドアを荒々しく開け、怒鳴りながら中に入ってくる者がいた。
「えっ?先生、ですよね?」
「なに言ってるんだ、バカ弟子が。それが身を挺して助けてもらった人に言う言葉か?」
「先生が助けてくれたんですか。ありがとうございます。」
ベッドの上で上体を起こした状態で頭を下げる龍牙。
「ふん。まあいい。」
近くの壁に寄りかかる。
「それより、なんでよりにもよってお前があんなところに落ちてきたんだ?何かあったんだろ?」
あえて龍牙の方を見ずに尋ねる鶯劍を見て、龍牙は軽くため息をつき、口を開いた。
「見たんですよ。」
「?」
「あいつらを、燗耶や凛華、燐堵に蓮華の4人が並んで立っているのを。」
「お前はそんな幻影に惑わされたと。」
「幻影かどうかは分かりません。現にあいつらと会話しましたからね。」
「なんだと?まさか・・・」
うつむきぶつぶつと呟く鶯劍に違和感を感じる龍牙。
「先生、どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。明日出発なんだ、しっかり休んでおけ。」
「は、はあ。分かりました。」
少し納得できていないような龍牙をよそに鶯劍は静かに廊下に出て、扉を閉めた。
2つ先にある自分が借りた部屋に入り、扉の鍵を閉める。そのまま扉にもたれかかり、歯を食いしばって叫びたい衝動を抑える。
「いったいあいつにどれだけ苦しみを与えれば気が済むんだ?神っていうやつは。」
鶯劍はそれでも耐えきれず、拳を壁に叩きつける。
「頼むから、これ以上あいつを苦しめないでくれ。」
岩でできた天井を仰ぎ、鶯劍は静かに祈りを捧げた。
次の日の朝、龍牙と鶯劍とケイミーの3人は、麗那に連れられ、洞窟内にある市場で旅に必要なものを買い集めていた。
「そういえばさ、私達、ちゃんと自己紹介してないね。」
肉売場で品定めしているとき麗那が突然切り出した。
「確かに。ここで立場をはっきりさせておくのもいいかもな。」
珍しく鶯劍が賛成した。
「じゃあ、誰からいきます?」
肉をじっくりと見ながら尋ねる龍牙。
「じゃあ、発案者からは?」
ケイミーの提案に全員が頷き、麗那からはざめることに決まった。
「えーっと、私は紅乘 麗那です。
一応、この里の長である紅乘蔦轡の娘です。
呼び方は、みんなは麗那ちゃんとか麗ちゃんとかって読んでくれています。よろしく♪。」
最後の麗那の天使の微笑みによって周りで仕事していた男達が胸を抑えて倒れていく。
「じゃあ次はケイミーさんね。」
それをいつものことと思っているのか全く気にしていない麗那がケイミーにマイクを渡すようなジェスチャーをした。
「私はケイミー・グラディウス。だいたい、ケイミーか、ケイで通っています。よろしくお願いします。」
その絶世の美女による、少し首を傾けながらの微笑みに、やっと意識を取り戻した男達はまた昏倒した。
そんな周りの様子を見て、目をパチクリさせるケイミーをよそに、龍牙が口を開いた。
「俺は、我狼 龍牙。
呼び方はほとんどが普通に名前だな。」
「それ以外に何があったの?」
「聞くな。人には聞いて良いことと悪いことがあるんだ。」
額に軽く汗を浮かばせながら麗那の質問に答える龍牙。
「前から気になっていたのだが、龍牙の口調が統一されていないのはなぜなの?無意識?」
そんな龍牙に思い出したかのようにケイミーが質問した。
「さあ。俺も何が原因で切り替わるのかが分からないけど・・・、最近はこっちの方が増えている気がするな。」
その言葉の後、しばしの沈黙が流れる。
「後は、俺か。」
が、鶯劍が見事に断ち切った。
「俺の名は、鶯劍。世間ではなにやら『赤袴の鬼神』などと呼ばれているらしいが、まあ、呼び方は人それぞれだな。
とりあえず俺は、鶯劍や先生ぐらいしかはっきりと認めてはいないがな。」
龍牙を横目で見ながら鶯劍は話した。
「なら私は先生って呼ぼうかな。ケイちゃんは?」
にこにこしながらケイミーの方に顔を向ける麗那に笑い返すケイミー。
「そうだな。私は鶯劍さんと呼ばせてもらおうかな。よろしいですか?」
鶯劍の方へ首を向け尋ねる。
それに肩をすくめて応える鶯劍。
「別に構わないぞ。特段嫌がる理由もないしな。」
「じゃあ、決定!!」
両手を上に突き上げジャンプする麗那を見て3人は苦笑しながら、また調達を再開した。
それから少し時間はたち、今は砥石を買いに、鉱石を扱う店の前に龍牙と麗那が2人並んで、研磨した色とりどりの石を繋げたネックレスなどを手にとって見ていた。
残りの2人はというと、中でどの砥石がよいかと品定めしているため、龍牙たちは手持ち無沙汰なのだ。
指輪を1つ手に取りながら龍牙が麗那に急に尋ねた。
「なあ、麗那って年いくつ?」
「はい?」
「だから、年いくつ?」
「れ、れ、レディーに普通そんなこと聞く!?」
怒りからか、それとも恥ずかしさからか、麗那の顔が茹でダコのように真っ赤になっている。
それを不思議そうに見る龍牙が続けた。
「いや、もし俺より年上なら敬語使った方がいいかと思ってさ。」
その妥当性に唸る麗那。
「じゃ、じゃあ、龍牙は何歳なのよ?」
「俺?俺は10だけど。」
「はい!?なんか幻聴が聞こえた気がする。ごめん、もう一回言って。」
「だから、10だって。」
「幻聴じゃなかった~!! あんた10歳なの?その体格とそのオーラで!?嘘でしょ!?」
確かに龍牙の体格は10歳とはにわかに信じがたいほどしっかりしている。身長であってもすでに160はあった。
「本当だって。ほら俺は言ったんだからお前も言えよ。」
俯きプルプル震えながら、麗那は声を絞り出した。
「・・・13よ。」
「なんて?」
「13よ!!」
麗那は思った以上に大声を出したようで、周りの店から何人も顔を覗かせた。
それに気づき、さらに顔を真っ赤にする自分を見ている龍牙に気づき、投げやりに言い放った。
「悪かったわね、子供っぽくて。全く年上に見えないでしょ?」
軽く自虐的になりながらも皮肉を言う麗那を見て、龍牙はポツリと漏らした。
「・・・良かった。」
「なんて?」
「いや、なんか麗那さ、凄いムリをしてる気がしてさ。」
「え?」
「買い物を始めてからよく笑ってはいたけど、なんだかムリして笑って、自分をごまかそうとしてるように見えてさ、気になってたんだ。」
「・・・」
麗那は何も言わず、自分の身を案じてくれた龍牙の横顔を見ていた。
「だけど、さっきの会話の間は、まあ、昨日知り合ったばかりだけど、すごい麗那らしかったと思う。
俺は笑うだけじゃなくて、怒ったり悲しんだりする今の麗那の方が好きだな。」
急にぼーっと見ていた横顔がこっちに向いたのに焦り、麗那は手にとっていたネックレスをいじり始めた。
(そう、かな。確かにそうかもしれない)
ネックレスをいじる手を止め、龍牙の方へ向き直った。
「うん・・・。ありがとう、龍牙。」
さっきまでとは違う、心の底からの笑顔を龍牙に向けた。
「どういたしまして。そろそろ終わったと思うから中に入らない?」
「うん、そだね。」
無意識にお互い手を取り合い、店の中へと入っていった・・・
「なあ、麗那?」
「なに?」
「俺って麗那に敬語使った方がいい?」
「なぜ、そんなことを聞くのかな?」
麗那の顔は笑顔だが、そのこめかみはピクピクと動き、繋いでいた龍牙の手を思いっきり握りしめた。
「痛い、痛い!
いやだって、一応年上だし・・・ぐぽっ!!」
「お前にはデリカシーのかけらもないのか!?この鈍感!!」
龍牙は言葉を言い切る前に麗那の鉄拳によって悶絶されたのだった。