第七話 変化
龍牙は鉄槌を受け止めた右腕に力を込め、それを弾き返した。
そのあまりの威力に、ケイミーは鉄槌につられ飛ばされる。
そんな人間離れの腕力を持った龍牙の右腕は、あの時と同じ、銀色の鱗で被われた強靭な龍の腕と化していた。
(なんだ、やればできるじゃないか。)
龍牙は内心、腕の部分変化が出来たことに満足し、ほくそ笑んだ。
「これなら、いける!!」
そのころ、ドームの中では味方同士による殺し合いが始まっていた。
こだまする悲鳴をききながら、蔦轡は龍牙の作戦に感心する。
(まさか、ここまでとは。予想外だな。)
龍牙の立てた作戦とはこうだった。
30分前
「どちらか、暗闇を作り出せませんか?」
龍牙はまずその質問から始めた。
「暗闇だと?」
「ええ。」
鶯劍が怪訝な表情を浮かべるが全く意にかんすることなく答える。
「大きさはどのくらいだ?」
「ここを中心に大体500メートル程、形は特には問いません。」
「その程度なら私がやろう。そのかわり、5分時間をもらうぞ。」
「分かりました。後、できれば幻術で空間内の声が全て蔦轡さんの声になるようにしてもらえませんか?」
「私の声?なるほど、そういうことか。」
顎に手をあて頷く蔦轡。
「それじゃあ説明します。」
地図を広げ、指を指しながら説明する龍牙。
「まず、相手の通りそうなルートを予想、これは俺がやります。
そのうえで、向こうの部隊、恐らく隊長と側近以外全員でしょう、それらを暗闇の空間内に閉じ込めます。」
「なぜ閉じ込める必要がある?」
「その中で襲うなどして、混乱させ、同士討ちさせるんですよ。 」
「正気か?」
「ええ。見たところ戦闘狂が多そうですし。多分ちょっと刺激を与えるだけで暴れますよ。
問題はあの隊長ですね。」
龍牙はケイミーがいる方向に目をやる。
龍牙の言いたいことに気づいた鶯劍が続けた。
「おかしな力の気配がする、か。」
龍牙は視線を前の2人に戻す。
「では配置につきしだい思念伝達で連絡をお願いします。では、」
そして龍牙はその問題の隊長のところに向かったのだった。
「確かにこれなら、こちらの被害は最小限に抑えられる。全く鶯劍もいい弟子を持ったな。」
苦笑する顔を仮面で隠し、蔦轡は鎌を構え直した。
「さて、仕上げといくか」
そして、また、闇の中へと姿を消した。
舞い上がった砂埃の中から両手に鉄鞭を持ったケイミーが飛び出してきた。
(くそっ!!なぜ攻撃が当たらない!?全部、あいつを捉えているはず、なのに、やつは、)
砂埃の中からゆっくりと歩いてくる影を見た。
(なぜ、無傷のまま、平然としていられる!?)
それは、右腕全てを銀色の鱗で覆った龍牙であった。
もう何十発という攻撃を受けておきながら、龍牙の体は愚か、服すら汚れていなかった。
「これで、終わりですね。」
龍牙は右手を握りこみ腰にあて構えると、それを突き出した。
『気功波』
目に見えないその衝撃波は地面を深くえぐりながらケイミーを飲み込んだ、
と思われた。
(負けない!!私は負けない!!私は負けられない!!)
その瞬間、ケイミーの中で何かがはじけた。
(いやだ。あの人に見捨てられる!!)
「ああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
ケイミーの雄叫びに呼応するように、先まで晴天だった空を黒い雲が覆う。
そしてその中から一筋の漆黒の光がケイミーに降り注がれた。
「くっ。」
龍牙は吹き飛ばされまいと右手の鋭い爪を地面に突き刺した。
(これが、そうなのか?)
「私は、負けるわけにはいかないんだ!!私のためにも!!あの人のためにも!!」
その言葉とともに彼女を包むように漆黒の球体が出現した。
龍牙は立ち上がり突如出現した物体を見つめた。
(なんなんだ?あれは。)
その球体は龍牙へ攻撃をしかけるでもなく、ただその輪郭を微妙に変えるだけだった。
(行くしかないか)
龍牙が右腕に冥力を集中させると、その輝きは増し、体積は3倍以上に膨れ上がった。
龍牙はそれを引きずるようにして球体に走りより、光を集束した鋭い爪先で引き裂いた。
「『死線の爪痕』!!」
攻撃が命中したのを感じるとすぐに、反撃を恐れ飛び退く。
その頬を深く抉る物があった。
それは、黒い何かを振りまく、髪の毛だった。
その正体に気づく前に、龍牙の体に変化が起きた。
龍牙の体が突如震え始め、そのまま地面に倒れこんだ。
(なっ!?毒か!?即効性が高い!)
口を開けることすらままならず、心の中で毒づく龍牙。
だが、そのぼやける視界の中にある黒いものが入った。
(メドゥーサか、きつすぎるだろ。)
それは、魔物の中でも上位に食い込む力を持つメドゥーサと呼ばれる闇を司る精霊と瓜二つだった。
その目はどこを見ているのか、視線をさまよわせ、また、その白かった肌は真っ黒に染まっていた。
「かはっ!!」
そんな変わり果てたケイミーの姿を観察していた龍牙は、不意に側頭に強い衝撃を感じた。
そのあまりの衝撃に龍牙はふき飛ばされ、地面を何度もバウンドしながら転がった。
その勢いが止まりきるのも待たずに龍牙へ無数の髪の束が襲いかかる。
その見た目と相反する質量を持つ漆黒の鞭の連打を喰らい、龍牙は何度も意識を失いかけた、
「はあ・・はあ・・」
体中傷だらけで所々血が吹き出していながらも、燦然と銀色に輝く瞳にはまだ闘志で満ちていた。
もう何度吹き飛ばされたかすら分からない。
それほどの攻撃をうけながら、まだ立ち上がろうとする龍牙に、ケイミーはトドメを差そうと全ての髪を龍牙の頭上で1つに束ね、奇声を上げながら打ち出した。
「キシャアアアア!!!」
辺り一帯を先の爆発の数十倍もの音と衝撃が襲った。
「キシャアアアア!!!」
勝利を確信したのか、虫の鳴き声に似た砲喉を天に向かって上げるケイミー。
そんな彼女に向かって上から大量の針が降ってきた。
「ぐがおぉぉぉあ」
完全に不意を打たれたケイミーは髪ではなく、その黒く染まった腕でガードしなくてはならなかった。
針の雨が止んだ時には、ケイミーの体や周りには、何十もの銀色の鱗が突き刺さっていた。
「流石に、この程度で沈んでくれる訳ない、か。」
砂埃が未だ舞っている中、浮かび上がった影から声がした。
「だけど、これならどうだ!!」
その声と同時にケイミーに向かい、砂の幕はまるで何かを迎い入れるかのように、2つに裂かれた。
「!!」
次の瞬間、ケイミーの右肩から斜め下に斬りつけられた。
数歩よろけるが、それだけだった。
龍牙の斬撃ですらも、今のケイミーにとってはかすり傷に等しい。
「この距離の『空牙』で斬れない、か。やっぱり堅いな。」
龍牙は、変わり果てた姿をしているケイミーに歩み寄りながら、背中の大刀と腰の小刀を引き抜いた。
右手に大刀、左手に小刀というアンバランスな構えで、ケイミーの10メートル手前で止まる。
「・・・なぜ、」
その龍牙の姿を見、ケイミーの紫色の唇が微かに動く。
「なぜお前は、戦う。お前は関係ないはず。」
だが、龍牙は聞く耳持たずといった表情で全く動かなかった。
「逃げろ。今の、私では、お前を、殺す。だから、逃げて。」
全く表情を変えずに、ケイミーの瞳からは涙が流れていた。
「ああ、確かに関係ないさ。」
龍牙は軽くため息をつく。
「ここに来たのは初めてだし、何より俺はまだ子供。一番関係のない立場だな。だけどな、」
龍牙は右手に持つ大刀を上げ、ケイミーに切っ先を向けながら続けた。
「だからって、苦しんでいる人を見捨てていいっていう理由なんかにはならないんだよ!!」
龍牙の一言にケイミー軽くたじろいだ。
「あんただってそうだろ!?
誰かに命令されてやっているんじゃないのか?
人を殺せという命令を。
いいのか?そんな命令だからって理由で人なんか殺して。」
ケイミーの身体が微妙に震えだす。
「そう思わないからこそ俺を逃がそうとしたんじゃないのか?」
「ギャアアアアア!!」
構えた右腕に髪を巻きつけ、鋭い槍のような形状にしながら龍牙へ迫る。
「双劃 ver.2.0」
龍牙の呟きに呼応し、右手に握られた大刀が光り始めた。
「『聖者の十字架』」
刹那、ケイミーは無数の糸によって十字架にかけられたように縛られていた。
その糸は全て、龍牙の右手にある刀身を失った、大刀『双劃』の持ち手につながっている。
なんとか解こうともがくケイミーだったが、全くびくともしない。
「みんなさ、俺のこの構えを見たら、全員が全員、この双劃が攻撃、で、もう一方が防御って考えてるけどさ、全く違うんだよな。」
龍牙は話しながら、右と左の持つ物を替える。
「この双劃は確かに攻撃力が高い、だけどな、それと同じくらいこの刀の密度は凄いんだ。だから、これは俺の中ではあくまで相手を『縛る』ものなんだよ。」
龍牙は持ち替えた小刀に一度視線を落とし、またケイミーを見やる。
「そして、この『雷鮫』こそが、俺の攻撃専用の刀ってわけだ。」
今度は先の双劃同様に右手に持ち替えた小刀、『雷鮫』が光り始めた。
「『雷鮫』ver.2.0 『雷神刀』」
雷鮫は眩い光と共に電撃を出し、その小刀は膨れ始め、光が収まった時には双劃と同じ長さの刀身の細い日本刀になっていた。
「こいつはその切れ味の良さのために刀身を薄くする、つまり、防御を捨て、完全に相手を切り裂くことだけを考えて作られたものだ。」
龍牙は左手にある双劃の柄を地面に突き刺し、体勢を低くしたまま、両手で右横に雷鮫を構える。
すると、今度は、その雷が龍牙を包み込んだ。
「これで、終わりだ!!!」
雷を纏った龍牙は、雷のごとき速さで駆け抜けながら、ケイミーに先ほどつけた切り傷に沿うように切った、
つもりだった。
『困るんだよね。そんなことをやられちゃ。』
場違いな呑気な声が辺りに響いた。
すると、龍牙達の周りの空間にひびがはいり、そして砕け散った。
「なっ!?」
『わざわざ素敵なステージを用意したけど、一番大事な物を破壊されちゃあ僕としてはこまるのだけどね。』
砕け散った空間の先には真っ暗な、何もない空間が広がっていた。
その中から1人、黒い魔術師が着るようなマントを着た男が現れた。
「誰だ!?お前は!?」
「僕かい?僕の名はサヴァリス。
一応はアルカディア帝国の『ジャッジメント』に属しているんだが・・・、知るわけないか。」
「何がいいたい。何のためにここに来た!?答えろ!!」
龍牙は目をぎらつかせサヴァリスを睨む。
そんな龍牙に全く動じず、サヴァリスは話を続けた。
「そんなことより自分のことを気にしたらどうだい?
足元を見てみなよ。」
下を向いた龍牙の視界に入ったのは、その足に群がる大量のムカデだった。
「なっ!?なんだ!?これは!?」
「ハハハ、いいリアクションだよ。せいぜいもがくがいいさ。
まあ、その間に僕は『あれ』を回収させて貰うよ。」
「くっ、くそ~!!消えろ、消えろよ。」
(龍牙!!)
聞き慣れた声が頭の中に響き、龍牙は驚く。
「せ、先生!!助けてください。ムカデが!!」
(分かっている。龍牙、落ち着け。それは幻術だ。)
「こんな状況で落ち着けるわけ・・・幻術?」
体の動きを止め、鶯劍に尋ね返す龍牙。
(ああ。だから眼を使え。それなら、幻術を見破れるはずだ。)
龍牙は自分の体を這い上がってくるムカデをなんとか無視し、目をつぶる。
(発動)
見開かれた灼眼と碧眼に映ったのは荒れ果てた街の中、龍牙が縛ったケイミーに近づくサヴァリスの姿だった。
「よし、見える。」
(こっちは今片付いたからすぐそっちに向かう。それまで敵を引きつけろ。)
「了解。」
龍牙は通信をきると同時に、サヴァリスに向かって走り出した。