第六話 戦闘開始
そんな中、朱雀里の門をくぐる影があった。
ライダースーツのような戦闘服を着ているため、女性特有のラインが強調されていた。
彼女の名前はケイミー=グラディウス。
十九にも関わらず治安維持部隊第三班隊長を任されるいわゆるエリートである。
帝国で行われた入隊試験では女の身でありながら、筆記試験だけでなく模擬戦闘でもダントツトップという、頭だけでなく武技も優れた期待の新人なのだ。
そんな彼女の今回の任務は、神雀の奪取。
神雀はともかく邪魔するものの生死は問わないという彼女としてはあまり気の進まない内容だった。
「無駄な殺生は好まないのだけど」
「隊長」
いつの間にか彼女の周りには三つ、影が増えていた。
「状況は?」
ケイミーの質問に彼女のすぐ横にひざまずいた影が答えた。
「順調にすすんでいますが・・・。どうも様子がおかしくて」
「様子がおかしい?」
ケイミーが周りを見回すとそこは静寂に包まれていた。
「なるほど、静かすぎるということ」
「はい。先から全くここの住人を見かけないのでもしかしたら、中央施設に集結して待ち構えている可能性も」
「一カ所に集まっているなら好都合。周りを包囲しながら少しずつ範囲を狭めていけ」
「はっ!!」
また、一瞬の内に三人はケイミーの前から消えた。
「向こうがまた動き始めた。どうやら、包囲して範囲を徐々に狭めるみたいだぞ」
その動きにいち早く気づいた鶯劍が報告した。
『そうですか。進行ルートはどうですか?』
すぐに龍牙の質問が返ってきた。
「こちらの予想通りだ」
『ちなみにどこが一番進行が早いですか?』
もう一度周りを見回し答える鶯劍。
「Fポイントだろうな。だが、他はそれほど差がない」
『そうですか。ならまずはそれを叩きましょう』
「了解した」
鶯劍は一度通信を切り、自分の腰に差してある拳銃を引き抜いた。
「『グリム』、第一破型」
その言葉とともに鶯劍の手の中にあった拳銃は巨大な大口径ライフルへと姿を変えていた。
それは鶯劍の持つ『アナザーソウル』の一つだった。
「一発で決めるぞ」
『了解した。サイレンサーはどうする?』
鶯劍の頭の中に、龍牙とも蔦轡とも違う声が響いた。
「ああ、頼む。」
『口径はこのままでいいのか?』
それはこの銃に意志を宿すグリムの声だった。
「あの三人を同時に沈黙させるくらいの空圧砲を頼む」
『・・・完了した』
「さてと、さっさと仕留めるか」
鶯劍は『グリム』のスコープを覗き込み、狙いを定める。
その円の中に移っているのは、ケイミーに報告をしていた三人だった。
「悪いが沈んでもらうぞ」
鶯劍はためらいなくその三人に向かって引き金を引いた。
「そろそろかな」
龍牙は目を閉じ、中央施設の正面玄関の前に立っていた。
その手には、黒い物体が握られている。
「今だな」
龍牙は目を開け、その物体を握り込んだ。すると、それはぐにゃりと変形した後、跡形もなく消えると、同時に、中央施設周りで七個の爆発が起こり辺りは暗闇に包まれた。
そして、いつの間にか、七つの柱によって作られたドームが出現していた。
「なんだ!?なにが起こった?」
ケイミーはついさっきまでなかったはずの異質な空間の出現に戸惑いの色を隠せずにいた。
「サイス!!聞こえるか!?応答しろ!!」
耳に付けている五センチほどの細長い通信機を使い、ケイミーが呼びだしているのはサイス=アルピニ、第三班の班員であり、ケイミーが信頼をよせている、副隊長についている男だ。
ケイミーの言葉は単独行動中のサイスによる返答もなく、ただ虚しく消えていった。
「第一ステップ成功、か。そろそろ次の手を打つか」
暗闇の中ぼそぼそと呟く声があった。蔦轡である。
「これより、第二ステップに移る。ルートを教えてくれ」
『北北東に百五十メートルだ』
鶯劍の声が蔦轡の頭の中に響く。
「了解した」
『俺も行きましょうか?』
「いや、大丈夫だ。君は敵の大将を頼む」
『・・・分かりました。お気をつけて。』
「ああ」
通信を切り蔦轡は指示された方向へと歩を進めた。
「なんで急にこんな暗くなるんだ?」
ケイミーと同じような戦闘服を着た二人が並んで建物にもたれかかり、座っていた。
「しかも、ライターの火の熱は感じるのに光らないなんて、有り得えないだろ」
「ありえるのだよ」
その二人の声とは違う、腹の底に響くような声が聞こえた。
「だ、誰だ!?どこにいる!?」
「ここだ」
「ひぃっ!!」
左側に座る男の呼びかけに対し、突如、目の前に悪魔のような顔が浮かび上がった。
「お主らの魂をいただく」
その仮面の男は、右手に持つ巨大な鎌を右側に座る男の腕に突き立て、切り落とした。
「ぐがあぁ!!俺の腕が!!」
「てめえっ、ぶっ殺す!!」
その男は残った左腕で腰にある剣を引き抜き、横に一閃するが、その時には隣に座る男の肩を切り裂き、闇の中へと消えていた。
「ふう。結構きつかったな」
仮面の男が仮面を外しながら呟く。その仮面の裏にあったのは猛獣を連想させるような鋭い目を持つ蔦轡の顔だった。
「これで、ステップ2成功だな」
遠くでこだました悲鳴を背に蔦轡は新たな標的に向かって歩き始めた。
門の前でケイミーは耳にある通信機で他の隊員に通信をとろうとしていた。だが、誰一人として通信できた者はいなかった。
「くそっ!!なんで、全員連絡できない!?まさか、全員やられたのか!?」
「そのまさかだよ、お姉さん」
ケイミーは自分の独り言に答えた声の主を探そうと辺りを見回す。
「ここだよ」
声のする方に目を向けると、そこには銀色の髪と目をした少年が門のてっぺんに立っていた。龍牙である。
「なんだ、子供か。ここは危ない、早く逃げなさい」
「逃げるべきなのはお姉さんですよ」
いつの間にかケイミーの目の前に立っていた龍牙が返した。
「何者だ、お前!?」
数歩後ずさり、本能が関わってはいけないと訴えていたが、ケイミーは尋ねた。
「俺は我狼龍牙。よろしく」
バックステップで距離を取り、軽く会釈する龍牙。
「で、あなたがこの作戦の責任者とお見受けするがいかがですか?」
「だったらなんだ?」
龍牙は頭をあげ、さらに続ける。
「もしそうであってもなくても、今すぐにこの場を去っていただきたい。
これは警告ではなく命令です」
「なんですって?」
ケイミーは驚きのあまり蒼白になっていた顔を、怒りで赤く染めていた。
「誰に向かってそんなことを言っているか理解してるのか?ぼうや」
「ふう、交渉決裂ですか。なかなかうまくいかないな」
ケイミーの周りを渦巻く『力の流れ』を見ながらぼそりと龍牙は呟く。
(かなりの使い手だな。本気でいかないと逆にやられるな、これは)
そんなことを考えながら、戦闘態勢に入ろうとした龍牙だったが、構える隙も与える気がないのか、 ケイミーは両手に鉄鞭をどこからか出現させ、殴りかかった。
それに対して、龍牙は身動き一つとれない。
「もらった!!」
ケイミーは右手に握られた鉄鞭で、的確に龍牙の左肩に岩をも砕く強烈な一撃を打ち込んだ。
「っ!?」
だが、そんな一撃を受けておきながら、龍牙は全く動くことはなかった。
その事実に焦り、ケイミーはさらに十発ほど打ち込むが、龍牙を殺すどころか、傷一つ負わせられていなかった。
ケイミーはバックステップで距離 を取り、態勢を立て直す。
(なんだ、あいつは!?この私の攻撃を受けて平然と立っているだと?ありえない!!)
これまでにない強敵にケイミーは内心焦っていた。
「教えましょうか?」
まるで、ケイミーの心を読んだかのように尋ねる龍牙。
「ただあなたの攻撃で生じる衝撃を受け流しただけですよ」
「受け流す、だと?」
「ええ。仕組みはただ体の表面に薄い冥力の膜をはるだけですけど」
それは、雨の日に王劍が龍牙に教えた技の完成品である。
「だから、手加減なんてするだけ無駄ですよ」 挑発ともとれる龍牙の言葉に、ケイミーは怒りを爆発させた。
「な、め、る、な~!!!!!」
走って龍牙に突撃しながら前に鉄鞭を構え、吠えた。
「ver.1.5!!」
ケイミーの呼びかけに答えるように、彼女の2つの鉄鞭は瞬時に1つの人一人分くらいのおおきさの鉄槌へと変形し、龍牙に振り落とされた。
「もらった!!」
鈍い音を響かせると思われたが、なぜか、金属同士がぶつかり合う音があたりにこだました。
そこでケイミーは見てしまった。
自分が振り降ろした鉄槌が、少年の手によって軽々と受け止められているのを。
『アナザーソウル』
覇剣や神器と呼ばれる意志を宿した武器の総称