第四章第一話 夢
「おい、龍牙、起きろよ。」
(誰だ?俺を呼ぶのは?)
「龍牙、いい加減起きなさい!!」
(えっ、この声は!?)
龍牙が閉じていた瞼を開けると、その目に飛び込んできたのは、寝ている龍牙の顔を覗きこんでいる満面の笑顔の燗耶と凛華だった。
今はもういないはずの2人の笑顔に龍牙は呆然とした。
「大丈夫か?なんかうなされていたみたいだけど、どんな夢を見てたんだ?」
「夢?あれは夢だったのか。」
「全く、寝過ぎよ。何時間寝れば気が済むの!?」 凛華の頬を膨らませて怒っている顔が、とても懐かしく感じ、龍牙の目には涙が浮かんでいた。
「龍牙?なんで泣いてるの?」
「何でもない。ただあれが夢でよかったなと思ってさ。」
すぐに涙を拭う龍牙。
「そうなんだ。ま、とりあえず早く行こうよ。」
「行くってどこに?」
龍牙の質問を聞かず、燗耶と凛華は走っていった。その先には燐堵と蓮華が見えた。
「ほら、龍牙早く~。」
「待ってくれよ。」
龍牙はすぐに起き上がり、4人を追いかけた。
「や、やっと追いついた」
龍牙が伸ばした凛華を 掴もうとした手に何か液体が飛び散った。
「えっ?」
また視線を前に戻すとその目に映ったのはあの惨劇だった。
目の前にいる友がパンという音とともに血を噴き出しながらダンスを躍るのだ。
銃声はすぐに止んだ。
それと同時に4人はドサッと地面に倒れた。
そしてあの言葉を呟いた
「龍牙くん、あいつらを僕らの分もぶっ飛ばしておいて。」
「龍牙、仕方がないんだよ、こういう運命だった。ただそれだけ。」
「龍牙・・・俺らの分も幸せに生きろよ。」
「龍牙、好きだよ。」
4人は口々にあの別れの言葉を呟き、その体は地面に飲み込まれていった。龍牙が最後に見たのは、凛華の微笑みだった。
「凛華~!!!」
龍牙は飛び起き、虚空に手を伸ばした。
「えっ?」
自分の体を見ると寝袋の中にいた
「夢、か。」
龍牙は呟くとゆっくりと周りに視線に向ける。
そこはもう見慣れてしまった、鶯劍が作った土の家『ホーム』の中であった。
今、彼らがいるのはカリウスから東に800㎞ほど歩いた渓谷の中である。
すでにカリウスを出てから半月という時間が経っていた。
(楽しく幸せに生きろ、か。
最後の最後で一番難しいことを頼むなんて燗耶らしいな。)
龍牙は起き上がり、外へと歩いていった。
満天の星空を見あげ、溢れ出てくる感情を押し留め、涙をこらえた。
「馬鹿やろう。」
(俺はもうすでに楽しく過ごしてたんだよ、お前達と一緒にな。)
龍牙は天に向かって精一杯の強がりを見せた。
「もうできないこと頼むなよ、燗耶。」
堪えきれなかった涙が龍牙の頬をつたった。
(さすがにこの顔のままじゃまずいよな)
気持ちが落ち着いてきた龍牙は近くにあったタオルを手に取った。(寝汗も凄いから、近くの水場に行くか。)
龍牙はタオルを肩にかけ、ホームから少し離れた水場に向かった。
「ん?先客がいるのか。」
水場のすぐそばまで来た龍牙は服が脇に寄せて置かれているのに気づいた。
ここからでは岩が邪魔でどんな人がいるか分からない。
(さてと、俺も行こうかな。)
龍牙も先に入っている人にならい、下着以外を脱いで横に置いた後、水場へと近づいた。
「しつれ、ぐはっ!?」
龍牙が壁の影から顔を出した瞬間、拳大の石が飛んできたのだ。
さすがの龍牙もそれはよけられず、意識を失ってしまった。
「あの~、大丈夫ですか?」
「うっ、うん?」
重い瞼を開けると目の前にはあどけない少女の顔があった。
「うわっ!!」
ゴチンッ
龍牙は飛び起きた拍子にその少女と額をぶつけてしまった。
「きゃうううう。」
「いたた。あ、ご、ごめんなさい。」
涙目で額を両手で押さえる少女に額をさすりながら龍牙は何度も頭を下げる。
「い、いいよ。驚かせたこっちにも非があるから。」
「あれ?俺はなんでここに?それに君は誰?」
「 あ、私、紅乘 麗那といいます。
ごめんなさい。私が勝手に覗きだと思ったから、ついつい杭を投げちゃいました。テヘッ。」
(テヘッ、で済ませられるレベルか、これ!?)
傍らに落ちている自分に投げつけられたであろう杭を見ながら、心の中でツッコミを入れる龍牙。
「だったら俺にも非があるよ。そんな女の人が使っているなんて思わずに入ろうとしちゃってさ。 本当にごめん。」
それでも表には出さず謝るあたりはさすがと言うべきだろう。
「いいよ。覗こうとか考えてなかったなら。それよりも君の名前は?」
「ああ、まだ言ってなかったね。俺は龍牙、我狼龍牙って言うんだ。」
龍牙の名前を聞いた途端、麗那の顔から笑みが消えた。
「我狼って、もしかして君、白狼村の人?」
「まあね。今は訳あって旅をしてるけど・・・、知ってるの?」
「逃げて。」
「えっ?」
「早く逃げなきゃ、捕まったら酷い目に合わされちゃうよ。」
龍牙は麗那のその表情にただならぬものを感じた。
「酷い目って誰に?」 龍牙がそう尋ねた瞬間、龍牙達に向かって大量の何かが飛んできた。
それに気づいた龍牙は麗那を抱え、すんでのところでかわした。
龍牙達がさっきまでいたところに刺さっていたのは、
「羽?」
「りゅ、龍牙くん、右!!」
「くっ。」
龍牙はすぐに右手で、背中に差してあった機械剣を抜き出し、それを振り回し羽を全て弾き返した。
「麗那さん、これはいったい?」
「これはね、わ・」『麗那、何をしている?』
麗那の言葉に重ねて、重い声が聞こえた。
「お、お父様。」
『なぜ、龍の村の者と仲良く共にいる』
「これはただ単にたまたまあっただけで、特にそんな深い意味はありません。」
『言い訳などはいい。とにかく、早く村に戻れ。』
その有無を言わせぬドスのきいた声の通り、麗那は歩いて行く。
「お、おい。」
「また、会えるといいね。」
麗那は柔らかい笑顔を向け龍牙の前から忽然と消えた。
『さて、お前の始末もしないとな。
私の村に龍人族が入るなどあってはならん。』
「ああ?」
龍牙はその言葉に怒りを覚えた。
(こいつ一緒だ。あの、世界政府の奴らに。)
その怒りは龍牙の髪は銀色に輝かせ、その眼は煌めき始めた。だが、今までと少し違う。
なぜなら、その龍牙の銀色の瞳は、右は灼眼、左は碧眼にかわり、鶯劍同様にある紋様が浮かんでいたからだ。
右目には九曜の紋様が浮かび、左目にはクルスと呼ばれる紋様が浮かんでいた。
その眼の名前は、
『竈滅眼』と『竈烈眼』。
この2つは龍の一族に伝わる眼の中で最高位に位置するが、それぞれ相反する能力を持つ。
『竃滅眼』は読んで字のごとく、物体を『滅する』ことを第一に置いたものである。
それに対し『竃烈眼』は、物体を『生み出す』ことを第一に置いていた。
だが、今の龍牙にそんなことを考えている余裕はなかった。いや、必要がなかった。
なぜなら今必要とされたのはその2つの『眼』が共通して持つ能力。
「お前、その言葉を言ったことを後悔させてやる。」
『力の流れ』を見るという能力だけだった。
その言葉とともに龍牙は姿を消した。
『その程度のスピードでは私を欺けないぞ。そこだ!!』
どこからかまた羽が撃ち出され、龍牙を貫いた。
『なに!?』
龍牙と思われたそれは、龍牙が着ていた上着だった。
『どこに行った!?』
「ここだ」
空中に跳んでいた龍牙は何もない虚空から男を殴り出した。
今の龍牙には新たに手に入った能力などはっきり言って興味はなかった。
龍牙にとって今重要なことは、
声の主を倒す
ただそれだけだった。
「ぐはっ。」
あまりの威力に男の体は地面に当たりバウンドする。
だが、その時にすかさず腕を振り、生み出した突風を龍牙へとぶつけた。
だが見えないはずの空気の塊は龍牙の左手で容易く受け止められた。
受け止めたその手には無数の銀色の鱗が一定感覚で並んでいるのが蔦轡には見えた。
(なっ?あの風を止めただと?しかも素手でなど、ありえん!?)
男は驚きの数々にまともな思考ができなくなっていた。
そんな男に龍牙が迫り、銀色の拳が振り落とされた。
派手な砂埃が上がるが男は全くダメージを受けていなかった。
やっと追いついてきた思考の中、自分の状況を確認しようとするが、何故自分が無事なのか全く理解ができなかった。
男は風を操り、砂埃をどかすと、そこには鶯劍に押さえつけられた龍牙がいた。
「はあ、はあ。お前は何をやってるんだ!?
これからの交渉相手に手を出すなとあれほど言っていただろ。」
鶯劍は龍牙の顔を覗き込むが、龍牙は鶯劍から目をそらし言った。
「あいつが、みんなを、俺の仲間を、友達を、家族を貶したんだ!!
先生、俺は今、これを止めようとは思わない。
俺はアイツを絶対に許さない、仲間を貶したアイツだけは絶対に。」
龍牙の目は殺気に満ちていた。
「分かった、龍牙。分かったから落ち着け。」
鶯劍は少し力を抜き、龍牙の頭を撫でた。
そして龍牙はそのまま気を失った。
「ふう。よくもまあそんなことを俺の弟子に言ってくれたな、蔦轡。」
「お前は、鶯劍。な、なんのようだ?」
明らかに動揺しているのが見て取れた。
「はっきり言おう。
そちらの神雀を預かりに来た。」