第八話 出立
次の日の朝、龍牙と鶯劍はリビングに揃って、それぞれの荷物の確認をしていた。
「砥石に、ライターに、ライト、飲み水に食料、それに食器類・・・。
先生、準備OKです。」
龍牙は指で丸を作りながら報告した。
「お前、刀はどうした?」
「ああ!!」
ドタドタと走っていく龍牙を見て苦笑しながら、鶯劍は準備を進める。
しかし、鶯劍は手を動かしながらもそれとは別のことを考えていた。
それは昨日の龍王と龍牙との間で交わされた言葉のためだ。
(流石は龍王ってとこか。全くあの御方は隙がない。)
そう自虐的に考えながらもやはり憂鬱になってしまう。
(その内それを話さなければならない時が来る。多分、いや絶対に。
だから、それまでは知らない方がいい。)
荷物をきつめに縛り上げると深く息を吐いた。
(まさか、神龍の所有者を『生贄』にしなくてはならないなんてな。)
「先生、何ぼーとしてるんですか?」
気づくと龍牙は鶯劍の後ろに立っていた。
「い、いや。なんでもない。」
内心冷や汗をかきながらも何事もないかのように装った。
「そうですか。」
幸か不幸か、龍牙は鶯劍が動揺しているのには気づけず、 また何事もなかったかのように装備を整え始めた。
「先生、テントとかどうします?」
「いや、寝袋だけでいい。」
「雨の時はどうするんですか?」
心配そうな顔をする龍牙。
「お前、俺を誰だと思ってんだ?
仮にも、地龍の契約者がいるんだから大丈夫に決まってるだろ。」
「先生って地龍だったんですか。初めて知りましたよ。」
龍牙は本当に知らなかったような顔をした。
「全くお前は・・・
まあいい。もう行くぞ。」
ため息をつきながら荷物を持ち上げる鶯劍に向かって龍牙は敬礼した。
「イェッサー」
それにまた鶯劍は深くため息をついた。
一時間後、龍牙と鶯劍の2人は村の南にある門の前にいた。
その周りには龍牙達を見送ろうという人でごった返していた。
「すごい人ですね、先生。」
「ああ。」
「もう軽くお祭り騒ぎですね。」
「ああ。」
「って、先生聞いてます?」
「ああ。」
「ダメだこりゃ。」
龍牙は空を仰ぎ、鶯劍はぎごちなく歩き、その中心へと向かった。
「あら、龍牙ちゃんおめでとう。」
「ありがとう、おばさん。」
「龍牙、これ持っていきな。」
通りにある店の店主がリンゴを投げてよこした。
「ありがとう、おじさん。」
リンゴを受け取りながら龍牙は礼を言った。
もらったリンゴをシャリシャリかじりながら龍牙達はさらに歩を進めた。
「知り合いが多いんだな。」
通りにいる人たちから声をかけられ、律儀にそれに答える龍牙に向かって鶯劍が言った。
「そりゃあそうですよ。毎日みんなでここに、まああまり長くではないんですけど通ってたんで。」
「・・・そうか。」
「あ、あそこみたいですよ。」
龍牙が指で示した先にあったのは、他の人と話している攫犀の姿だった。
「龍影様~。」
手を振りながら走って行く龍牙を視界の隅に捉えながら、頭を動かさず周りの気配を探った。
(なんだ、この感じは?誰かに見られている?)
歩を進めながら思考を巡らす。
(一応、『竈滅眼』を使うか?
いや、向こうに感ずかれたら話にならない。やはり、様子を見るべきだな。)
そう結論づけたところで鶯劍は龍牙達に追いついた。
「攫犀、俺達はそろそろ出発しようと思うのだが。」
「そうですか。分かりました。龍牙、これを持っていきなさい。」
攫犀が渡したのは、時計と方位磁針だった。
「これは?」
「移動する時はその方位磁針を使うといい。今、お前が何をすべきか教えてくれる。だけど使うのは本当に考えて使えよ?これは3回しか使えないからな。
時計の方は、まあ、その、ピッキングとかの道具が入っているからな。
こっちは使わないことを願うが・・・」
「ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げ、龍牙は時計と方位磁針を受け取った。
「おい。そろそろ行くぞ、龍牙。
早く行かないと日が暮れる。」
そんな龍牙をせかす鶯劍。
「はい。それじゃあ、龍影様、行ってきます。」
「ああ。行ってこい。
鶯劍様、お願いします。」
「ああ。」
龍牙達は門を抜け、外の世界へと足を踏み出した。
「汝に龍のご加護があらんことを。」
そんな2人の背に白狼村の別れそして再会の言葉を攫犀は呟いていた。